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ダンスレッスンの罠、再び。

 今日もルヴィッチ先生は手を叩きながらきびきびとカウントを取っています。


「はい、一、二、三。一、二、三!」


それに合わせて足を動かす私。きっと貼り付けた笑顔がものすごく痛々しくなっていることでしょう。でも申し訳程度でも笑顔を浮かべなくてはルヴィッチ先生にばれた挙句、またもやワンツーマンレッスンになってしまう。それはもう嫌です。


なぜ学院ではダンスレッスンが必須になっているのでしょうか。

私には必要ありませんので、免除……にはならないですよね。わかっています、やりますよもちろん。


脳内会話をしていた私ですが、ふいに規則正しく動いていた足が妙な方向へ動き出そうとするのに慌てました。そこをぐっと腰を引かれて、体勢を立て直されます。


「落ち着いて」

「……う」

「大丈夫。少しずつ慣れていけばいいのだから」

「……ん」


情けない。情けなさすぎる。

さすがの私にも多少の気まずさはある。あくまで多少だけれども。

いつまで経っても上達しないダンス。先生はもはや目を皿のようにしてつきっきりで私の指導に励む。

フロアの隅の方にいたにも関わらず、突き刺さる視線。私たちを見ている目が何を言っているかというと―――「そんな馬鹿な」、「これは面白いことになったぞ」辺りか。貴族とは言え、野次馬のような好奇心を持ち合わせているということか、よくわかった。だからほっとけ。

お返しにじっと見返してやると、すぐにそらされたのでひとまず満足。


「よそ見はいけないよ」


……耳元で囁かれて、体中の毛が逆立ちそうです。

世の乙女たちはこれで顔を赤らめるのだろうが、私には無理だ。イケメンな時点でダメだ。いい筋肉にがばっと抱きつかれたのが私の幸せです。


「あ、の……」

「……ん?」


相手が浮かべた輝かんばかりの笑顔に、戦慄します。


こいつは最初からわかってて相手をしている!

ダンスをしている時だけはどんな反論も口に出す余裕もない。

この隙に乗じて、彼は「復讐」をしているに違いない!


「あ、愛想がよすぎて、気持ち悪……」

「……フランカ嬢」


あ。呆れたようにはあっとため息をつかれました。まだ紳士の仮面が剥がれませんね。

……あぁ、ほんと。何を考えているんだか。




テオドーラ様に恥をかかされ。婚約者にも捨てられ。

「彼」の学院での影響力は以前ほどではないはず。

「彼」も後がないのかもしれない。



「ルディガー様にフランカ様。今日はこの辺りで」


ルヴィッチ先生がようやくカウントをやめてくれました。

ほっと肩から息をつきます。


「お付き合いくださり、ありがとうございました。ルディガー様」


練習用のシンプルなドレスの裾をつまんで、礼を取ります。やっと普通に話せますよ。


「いいえ、こちらこそ。フランカ嬢」


彼は穏やかなまま。……なんだろう、やたらキラキラしてる。金色の鱗粉を塗りたくったわけでもないでしょうに。


「……一応警告しておきますが」

「なんでしょう」


互いに小声になっているのはこれが内緒話だから。さぞや親密な仲だろうと傍から見えても……それは気のせいだったりするのですよね。


「ツヴィックナーグル家はネリウス公爵家と繋がりを持つ気はありません。だから私にカティアやテオドーラ様の代わりを求めるのは間違いです」


あからさまに態度が変わるとすれば、単純に考えて、そこに下心があるからです。

ツヴィックナーグル家は良くも悪くも特殊な家柄です。軍事力ばかりがやたら強大なんですね。そして代々それが許されたのは、当主をはじめとした一族の者、領民、騎士たちが多く国のために尽くしてきたから。言わば、忠誠心を示し続けてきたということですよ。


それと同時に一族は自分たちが政治には向かない不器用な性分だと知っていたので、中央の争いには基本不干渉を貫いています。そのご令嬢である私がデビュタントしないのも、そういった事情が含まれているのですよ。私を通じて、軍事力を引き出そうとしてもらっても困りますしね。


かつて騎士団で教育を受けていた者ならば、皆私の顔を知っています。私自身も深く関わっていましたから、軍事面に関しては意外とコプランツ王国全体に情報網を張り巡らせる程度のことはできてしまうのです。危なすぎるからやらないけど。その辺りは私の教育面をがっちり握っていたおばあ様からこんこんと言い聞かされているのですね。


社交はしなくとも、自分の家の事情ぐらい存じておりますとも。

特殊な伯爵家の出の私が、侯爵家の出のカティアやテオドーラほどでなくとも、ルディガー様が「落として」おいて損がない相手だってことぐらいは。


わざわざ教えてやるのは、なけなしの親切心からだけどね!

だって、これ以上紳士的に振舞われても気持ち悪いだけだもの!


「……ふん。自意識過剰じゃないのか。ブタ」

「用心深いことに越したことはありませんわ。ツヴィックナーグル家の令嬢が他家の者に利用されてしまえば目も当てられませんもの」


やっと「仮面」を外したルディガー様に私はさらりと流しました。

しかし内心では「私をブタと呼ぶでない」と非難轟々ですよ。


ツヴィックナーグル家に生まれた女には実は二つの選択肢が与えられるのです。

一つは他家に嫁ぐこと。

もう一つは家に残り、領地経営に携わること。


それを分ける条件もあるのですよ。

「今後もツヴィックナーグル騎士団に関わっていくか、否か」。

後者であれば、デビュタントして、他家に嫁ぎます。

前者であれば、デビュタントせずに騎士団ゆかりの者を婿取りするか、未婚のままです。


国内最強の騎士団に深く繋がるということはそれほど重要なことなのですよ。

国中に人脈を張れるほどの立場になってしまえば、おいそれと他家に嫁がせるわけにもいきませんからね。

単純に人手が足りないということもあります。常に中央で国の軍部に関わる者と、領地と騎士団を守る方とで、分けなければならないのですよ。現に後継だったお父様を亡くしたおじい様は中央の職を辞し、今は領地を守り、その代わりにおじい様の弟が軍部のほうで活躍していますしね。


うちの一族はあんまり頭良くないからこそ、こういった慎重策を取られます。

なんでも、昔実際に、ご先祖様の一人があっさり利用されたことがあったんだそうな。

そのために国内では内乱が起き、多くの者が死んでしまった。

そのご先祖様も責任を取って自害してしまったという後味の悪い教訓です。


だから本来ならば、私が学院(ここ)にいるのは教訓に反しているのですよね。

私が九歳の時に選んだ道は、後者でした。

貴族とは結婚しない、と自分で決め、社交界にも一切関わらないつもりだったのですがね。

国王陛下直々の入学命令だったから、ここに来たのです。


こんな状況なものですから、私の外見と中身を除いてしまえば、たぶん私も学院の優良物件の一人なのですよね。特に自分の騎士団を増強させたいとか思っている輩に。


彼らがどうやって最強になり得たのか。

その軍略は、武器は、訓練は?

手っ取り早く強くなるための軍人の引き抜き、とかね。説得できる自信は、ある。


ルディガー様がどこまで知っているのかわからなかったので、あえて掠めるようなことを言い、鎌をかけてみましたが、ビンゴ。意味を噛み締めるかのように黙り込んでしまいましたよ。


こりゃ、実家の方から何かするようにと言われているに違いない。


社交界に出ない私を取り込みたいのなら、それはもうこの学院で関わりを持つしかないですからね。

あぁ、嫌だ。家の思惑とか考えるの、めんどくさい!


私個人の「お友達」なら大歓迎だけれども、家を含めた「お付き合い」はいらないのですよ、まったく。

異性に関しては私も手厳しくならざるを得ないのですよね、この学院では。

誰も彼も腹の中真っ黒だわ、ゼッタイ。



毒にも薬にもならないと思われていた地味なツヴィックナーグル家令嬢が目立つようになった弊害です。目立つからこそ、お家事情とか探られたのでしょうねえ。偉い立場の方々ならいろいろ聞いているだろうし。


「ルディガー様、無理はなさらないでください。次期公爵なら、きっとまた良い縁談が見つかりましょう」


たとえ、鼻血を出し。鳥の糞にまみれ、皆にそれを噂されようとも!

それでもあなたは、次期公爵! どんなに私にコケにされたところで痛くも痒くもありませんよ!

だから安心してください! その山より高いプライドがボッキボキになっても、お嫁さんは見つかるよ!


「……つまり、私にはそういう『立場』しか誇るものがないと? そう言いたいのか」


恨めしげな顔をしているルディガー様。……ふうん。言外の意味を読み取っているな。

こう面と向かっていると、意外とこの人には学習能力があるのかもしれないと思います。


高飛車令嬢からまったくブレないテオドーラ様と違って、ルディガー様は暴君でありながらも柔軟。

「演じる」ことを知っている。さすが腐っても公爵令息。ここまで来ても、以前と違って大声を出さない。


鳥の糞騒ぎも私の仕業だと直感しているだろうに。でも「証拠」がないから動かない。感情的にならない。

そこまで考えたとしたら?

いいじゃないですか、素敵ですよ、ルディガー様。


「私などでは貴族の事情など知らぬことも多いですが……今後のルディガー様には期待せざるを得ませんわ」


「敵」として、だけど! この時の私はきっとイイ笑顔。いやまあ、喧嘩する時ってなんか妙にワクワクするよね! テオドーラ様がドロップアウトなされた今となっては、ルディガー様の言動が今後を左右するのですから。


「なんて偉そうな女だ」

「ルディガー様が私を貶したので、お互い様ですよ」

「……失礼する!」

「ええ、ごきげんよう」


ひらひら~と手まで振ってあげる私は、なんとわざとらしいのか。

気づけば、皆が固唾を飲んで見守っていました。

と。

出入り口がざわめきました。

遠ざかるばかりだったルディガー様の背中も止まります。

灰色の制服をまとったその人は。


「テオドーラ様……」


誰かがひっそりと呟きました。

数日ぶりにみるテオドーラ様は少々やつれたようではありましたが、すこぶるお元気そうです。

相変わらず、毒々しい微笑みを浮かべていらっしゃる。

すっと視線を私の方に向けて、目を眇める様は悪女そのものですよ。


さて。その方はどこまで「成長」されたのでしょうか。

第二ラウンド、どんとこい。返り討ちにしてさしあげますよ。


私はそんな意思を込めて、微笑みます。そして、次の彼女の行動を眺めます。

彼女はルディガー様を見つけると、真っ赤な唇を吊り上げました。どう考えてもそこに愛情はありませんね。


どうやらこのふたりは本格的に破局した模様。

今後の方針としては個々撃破でしょうかね。追い落としは順調なようですよ。


「テオドーラ嬢。やっと病が癒えたようでなにより」

「ええ! 色々とありましたから。これもよい機会でございましたわ」


何とも白々しい会話。

舞台はこの二人のためにある、というか。さながら私たちは皆観客です。

この二人にとっては重要なのでしょう。今後の関係性を周囲に知らしめるという意味で。

少なくとも、ルディガー様のほうがテオドーラ様から距離を保ちたいというのはわかります。

テオドーラ『嬢』と呼ぶところからして、お察しです。


「本日は間に合いませんでしたが、次回は必ず参加いたしますわ。ちなみに、本日のパートナーは誰でしたの?」

「あぁ、フランカ嬢だが。ルヴィッチ女史たっての希望でね」


二人の視線が私に向きました。

睨まれはしないものの、怪訝そうです。……気持ちはわかる。

ルヴィッチ先生はとことん楽天家ではなかろうか。皆がダンスをすれば世界が平和になるとか本気で思っていそう。ルディガー様と私を組み合わせることで、仲良くならないかなぁ、みたいな?

押しの強い笑顔で、しばらくあなたたちは固定ペアですよ、と告げられた時にはあ、と真顔で聞き返さなかった私エライ。ルディガー様なぞ、それを思いっきり外に出しちゃってましたよ、はあ?って。


「珍しいこともあるものですわ」


気を取り直したようにテオドーラ様が言っています。

ルディガー様もそうだな、と穏やかな顔を保ちつつ応対。周囲の方がハラハラ。私はイライラ。……二人で出入り口を塞いでいるので出られないんですよねー。


ホント、今すぐ出ていきたいところなんですよ。

いやほらなぜって。さっきからビンビンに感じているんですよね。……弟の視線を。


ダンスレッスン始まってすぐに私にペアを申し込みに来たのに、ルヴィッチ先生に却下され撃沈、未練タラタラでじいっと見ていれば、私は(傍目には)ルディガー様と親しげに話している。目は血走り、歯噛みしちゃっている。パートナーの子なんか死んだ目をしちゃっている。馬鹿な弟でごめん。


「姉さん姉さん姉さん姉さん……ぶつぶつぶつ」


とうとう呟くようにまで。

私は逃げたい。

多少時間をおけばマシになることを経験上私は知っている。


「テオドーラ様。何か御用ですか」

「ええ、ルヴィッチ先生。少し授業を休んでしまいましたので……」


その間にも話し始めるテオドーラ様とルヴィッチ先生。

ルディガー様は扉を出ていきます。そして二人も出入り口から離れたところに移動したので皆が出ていきます。

私も出て行きましたが……正直意外な思いでいっぱいです。


テオドーラ様が授業を出なかったことを詫びていた。

あのテオドーラ様が。

ダンスだとマシでも、先生を先生とも思わぬテオドーラ様が。

ありえない。


テオドーラ様は私を見るなり、飛びかかってくる勢いで責め立ててくるという予想を立てていたのですが。

さらに言えば、欠片も今までの傍若無人ぶりを反省しないだろうと思っていたのですが。


私の考えるテオドーラ様像と違う。しっくりこない。

どうして彼女は灰色の制服を身にまといながら、敗北などしていないような顔ができる?

これではまるで……。





―――彼女には、私の知らない何かがあるのではなかろうか。










シリアス調で終わりましたが、この後すぐにヴィルが抱きついてくるのでいろいろ台無し。


ちなみに現在における男性陣への好感度は、家族特権で弟が一番高い。

今回のことでルディガー様に対する好感度もちょっとだけプラス。

逆に一番低いのはパルノフ先生。ルディガー様の元々の好感度と比べても負けてる。好感度をマイナス成長させられるのはこの人ぐらい。

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