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土下座と王子様

別に王子様が土下座する話ではありません……今のところ。

〈お姉様を愛でる会〉解散騒動の翌日。弟の呼び出しに応じて、またもや鍛錬場を訪れております。

 なんでも、『彼ら』が謝りたいとかなんとか。

 大丈夫かな、と思わないでもないですよ。

 なにせ、昨日の私の話は抽象的過ぎました。つまり、私が言いたいことを身も蓋もなく言ってしまえば、


「私の味方になってくれるのはいいけれど、それって自分たちがただ単に私に依存したいからじゃないの。本当に他人の意志でなくて、自分たちの意志で決めているの? 楽な方に流された結果の『下僕』ならいりませんよ」 


ってことなんですよね。

いやー、仮にも尊敬している〈お姉様〉に言われたら、傷つくどころの話じゃない。

今まで抱いていた幻想(笑)が全部パアになるでしょうね。

でも実際にそういうことなんです。私は別に唯々諾々と従ってくれる『下僕』が欲しいんじゃなくて、協力してくれる『仲間』が欲しい。対等に話してくれる仲間。自分の役割を理解して動いてくれれば理想的でしょう。


……うん、わかってる。選り好みしすぎ、お前何様だよってことぐらい。

男子って妙なところでプライドがあるから、謝罪と言いながら逆ギレされてもおかしくありません。でも口に出した言葉は戻ってこない、開き直ろう。


鍛錬場に踏み込んだ時、私の心持ちは大体こんな感じでしたよ。

で、今は。


「「「申し訳ございませんでした、お姉様!!」」」


横一直線に並んだ彼らは、跪いて頭を地面に擦りつけるというポーズを取っています。一番右端にいた茶色頭はうちの弟。おそらく上官の責任というやつでしょうか。そのあたりは軍隊脳というか。


「……一体、これは」

「土下座です、フランカ」


今日も私のお供のように付いてきたカティアが答えました。

ちなみにイレーネは昨日と同じ理由で不参加です。……いや、それはともかくとして、何この状況。


「実は今朝になって、フランカに誠意を持って謝罪するにはどうすればよいのかという相談を受けまして。しかも最上級の謝罪用ということで、土下座を提案しましたの」

「……そんなものあったっけ」

「いえ、わたしの夢の産物です。こうやって頭を差し出すことで、彼らは自分の命を投げ出すぐらいの謝罪の意を示したいのですわ」

「なるほど」


わかるような、わからないような。

しかし、謝りたいという気持ちがあることはわかりましたよ。……「何について」がすっぽ抜けているままだけれど。

少なくとも、昨日の時点でカティアとヴィルは理解していたはず。他はどうだったのでしょうか。

私がじっと押し黙ったままでいると、二つの頭がにょっきりとキノコのごとく生えてきました。まあ、立ち上がっただけなんですけれども。ちびっこティノとのっぽルーファスです。


「お姉様がおっしゃりたかったこと、昨日会長から諭されて、とても恥ずかしくなりました。僕たち、お姉様を助けたいと言いながら、実際はお姉様に擦り寄って、守られようとしていたんです」

「これは僕たちの甘えでした。男子たるもの、女性は守るべきものだというのに、強いお姉様に頼って、自分たちがえらく振る舞いたいという浅ましい思いがありました。これでは男としても、貴族としても失格です。ご教授いただきありがとうございました」


二人して、直角のお辞儀をします。うん、凸凹コンビですね。腰の位置がだいぶ違います。

それに対する私ですが、実のところほっとしています。

ちゃんと伝わっていました。しかも、素直でいい子たちじゃないですか。

この子たちの爪の垢を煎じて、弟に飲ませてやりたい。弟よ、あの素直さを見習え。


「皆さん、顔を上げてください」


私は淑女モードになって、できるだけ優しい声を出しました。

彼らがこのまま健やかに育ってくれたならば、王国の未来も少しは明るくなるでしょう。弟指導の元鍛えているようなので、今後の筋肉にも期待。


「私などは大したことは何もしておりません。ただ、皆さんの顔がとても頼もしくなられたのは素晴らしいことだと思います」


淑女は謙虚の塊。しかし謙虚すぎないようにする言い回しも大事です。……となると、言い方がとんでもなく胡散臭いことになるわけで。内心の私は、密かに遠い目をしています。社交界キライ。

だがまだ微笑みの仮面を貼り付けるんだ私! このまま颯爽と帰っていくまでが淑女、寮の部屋まで帰るまでが淑女なんです。これ以上、少年たちに〈お姉様〉像を壊してしまうのはいたたまれないんです。


「ではごきげんよう」


足早に去ろうとする私。ガッ、と腕を掴まれたと思ったら、ヴィルがにっこり笑ってる。……嫌な予感。


「「「お姉様! 我々の崇拝はいつまでもお姉様とともに!!」」」



悪化していました。

尊敬どころか崇拝です。〈お姉様を愛でる会〉どころか〈お姉様教〉が出来そう。


ごめん、お姉様にはあなた方の思考がいまいちわかりません。


「〈お姉様を愛でる会〉は一応解散したのだけれどね。姉さんの真意を説明したら、彼ら、とても感動していたよ。天を仰いで『神よ、お姉様と引き合わせてくださってありがとうございます!』って祈り出すやつまでいたよ。会という形ではないけれど、彼らはそれでも姉さんの味方になりたいんだってさ」

「そう……ありがたい話ね」


でも熱気に当てられて、若干引いてしまうのは仕方がありません。顔がひきつるのは不可抗力です。

常識的に考えておかしいですよ。

絶対ヴィルが上手く説得したに違いありません。

どうしましょう、うちの弟にカリスマ教祖の才能が。……今後とも暴走しないようしっかり見張っておく重要性をひしひしと感じている姉です。


「まあ、そんな感じだから拒否しないでやってよ。またここに来てくれるだけでいいんだ。ここにいる貴族のご令嬢って、ここみたいなむさくるしいところを毛嫌いしているから、気兼ねなく話しかけてくれる姉さんの存在って意外と貴重なんだよ。ね、頼むよ」

「いや、私みたいなのも探せばいると思うのだけれどね……。現にカティアとか今ここにいるし、イレーネも……『道具』さえあれば毎日のように入り浸るだろうし」


と、言いながら弟を見上げてみると、以前よりまた身長差が広がった気がしますね。

私の身長は割と高めなのですが、弟はさらに高くなっています。頭半分ぐらいの差が頭一個分の差になっていたのが、なんとなくさみしいというか。弟の発言も全面的に甘えているようで、彼らのリーダーの意識から出ているものだったので、余計に弟の成長を実感します。普段が普段だけに、こうやってしみじみとすることは滅多にないのですけれども。


自然に笑みがこぼれました。


「ま、何もなくても今までどおりに来るわ。指揮官として頑張りなさいよ、ヴィル」

「……う、うん!」


ヴィルは一瞬だけほけっとした顔になると、子犬のように元気なお返事を返してくれました。躾をしている気分にならんこともない。普通に激励しただけなのに、すごく嬉しそうにしているうちのヴィルくんは実は単細胞疑惑が浮上してきそうです。

突き刺さってきた視線の先にいた他の少年たちにも軽く手を振ってから、その場を立ち去ります。

少年たちはこの間にもずっと土下座状態を守っていた。素直すぎるのも考えものです。


「ヴィルヘルム様が羨ましいです……あんな笑顔を向けてもらえるなんて……。嫉妬です」

「え? どこに嫉妬する要素があったの」

「……無自覚なのが問題なのです」


隣を歩くカティアはちょっぴり悔しげな顔で嘆息。

友人と弟じゃ比重が違うからね? どちらが上、ということもないけれど。特別な笑顔ってわけでもないし。

カティアの機嫌もそのうち直り、のちイレーネを巻き込んでの「秘密基地」でのお茶会と相成りました。

二人の顔を眺めながら決意したこと。


――よし、今度はこの二人も巻き込んで、鍛錬場に行こう!


この際、皆〈お姉様〉になればいいと思います。彼らの将来的にもご令嬢との適切な距離を測ってもらおう。このままだといたたまれなくなるのです、私が。


















―――君の味方になってあげよう。


私は何度もその言葉を頭の中で繰り返した。こびりついて、もう二度と忘れないほどに。

今、私を支えているのはそれだけだった。

何日も何日も私はここから出られない。今も部屋の外で誰かが嘲笑っている。あの日の私の惨めな格好を思い返して、口々に。

あの時、誰も助けてくれなかった。ルディガー様でさえ、私から離れようとした。

赤いドレスはもうぐしゃぐしゃのベトベトで着れたものじゃない。見るたびに記憶が蘇るので捨てさせた。

鳥はもう見たくもない。

誰のせいかは聞くまでもない。フランカ・ツヴィックナーグルのせい。

証拠はないけど、絶対そうに決まっている。


学院を辞めてしまおうか。


そんな考えがずっと頭をよぎっていた。

でもそうすると、お父様もお母様も私を責める。生意気な妹は見下したような笑みを浮かべることだろう。虐げた使用人でさえ、私の「失敗」に満足気な顔をする。

クノーベル侯爵家に不適格。そんな烙印が押されるのには耐えられない。

私の望みはえらい方の元に嫁いで、とびっきりの贅沢をすること。王妃になった叔母様のように。


叔母様のはめている指輪、首飾り、ドレス――それに囲まれている叔母様自身も憧れだった。宝石のようにキラキラと輝く叔母様。それに、叔母様が不愉快な顔をするだけで、侍女が一人一人消えていくのもいい。

自分の思うように、気ままに振る舞えるのは素敵。

私も自分の派閥の男たちに囲まれて、恭しくかしずかれていたいわ。気が向いたら「味見」をする。


でも今王家にいるのは王子様じゃなくて、王女様だから王家に嫁ぐのは無理だった。

だったら、と思って目をつけたのが公爵家。ルディガー様。あの方が現時点で最高の条件を兼ね備えていた。婚約者は追っ払って、私がその座に座るつもりだった。ルディガー様は簡単に私を好きになったし、後は時間の問題……というところだったのに。邪魔が入って、全部駄目になった。

何日もこうしているのに、お見舞いの一つよこさないということは、ルディガー様はもうその気がないのだわ。そう思うと、ちょっとだけ悲しくなったが、ドアの隙間にそっと差し込まれていた手紙の内容を見て思い直した。――大丈夫、私にはまだ「彼」がいる。


私の、「王子様」。


ベッドの中で目を閉じた。

明日の朝は学院に行こうと決意した私は、そのまま眠ってしまう。

見知らぬ王子の夢を見ることを願いながら。





―――君の味方になってあげよう。


―――君がこの先も平穏に生きていたいのなら。


―――僕の言うことを聞いていれば間違いない。


―――僕は君に注目している。だから、もう一度外に出ておいで。









―――噂のコプランツの王子より。麗しのテオドーラ嬢へ。




〈解説〉

カティア様は転生少女ですが、その記憶は鮮明な夢だと解釈しています。

で、土下座は文化的に異世界にはないだろうということで登場させてみました。

言葉については異世界間の翻訳機能的な感じで華麗にスルーしてやってください。近い概念はあるはずなので。

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