『お姉様』立つ。
○○立つ、みたいなパロですが、本編とは何の関係もありません。
会名変更しております。
昔からよくわからないことがあります。
なぜ動物に嫌われるのか――捕まえてもすぐ逃げられる。うちのミーチャぐらいしかなついてくれない。
なぜ武芸が上手くならないのか――すっぱり諦め、代わりにナイフ一本でサバイバルする方針に変えた。
なぜうちのヴィルはシスコンなのか――立派な姉でいたつもりは微塵もない。過剰に構ったつもりもない。
なぜ知らぬうちに子分が増えるのか――募集かけてない。いらない。
………そして、なぜ。
「自分、〈お姉様を愛でる会〉の〈そっとお姉様を見守り隊〉隊長のティノであります! 改めてお姉様にご挨拶申し上げるべく参上いたしました! 僕のお姉様になってください!」
「同じく副隊長のルーファスであります。我々二名が本日お姉様の護衛に付くことになりました。よろしくお願いいたします」
放課後になって荷物をまとめて。イレーネとカティアと廊下で合流して話していると、ちびっことのっぽのコンビがやってきました。ちびっこの方はティノ。のっぽがルーファス。どちらも子爵家の御子息です。
二人とも学年こそ違いますが、弟とは仲のいい友達で、私に対してもすれ違えばお辞儀をしてくれる育ちのよさそうな坊ちゃんたち……だったはずなのですが、どうしてこうなった。
「お姉様」ってナンデスカ。実の弟でさえ「姉さん」なのに。
なぜこんなキラキラした目で見てくるんだ、姉さん直視できないわ。
あれだ、散々遊び散らかした城下町にいた子どもたちが私を見上げてくる目とおんなじだよ。
「お姉様」は「子分」の進化形か。
硬直すること数秒。
私はぎこちない動作で自分に人差し指を向けて、
「……お姉様?」
「「はい」」
あぁー……クラクラする。まじか。マジで? マジなんだー……へぇ。
もう一個確認。
「〈お姉様を愛でる会〉って?」
「文字通り、お姉様を愛でるのを目的とした会であります! 現在会員は学院一年目から二年目の男子二十名、皆お姉様への崇敬の念を抱いております! なんでもご命令くださいお姉様!」
ティノ君がびしっと気を付けの姿勢でハキハキと言い、その横にいるルーファス君も直立不動の姿勢を崩しません。
この感じ、微妙に既視感が……。厳密に言えば、おじい様の前に整列した騎士団たちの振る舞いと酷似している……。いろいろ甘い部分もあるけれど。
会のネーミングセンスといい、この訓練……もとい『調教』具合といい……犯人はヤツか。
以前カティアがアテがあるっていうのは、これか。
ヤツは私のお菓子を作りまくって、着々と私の胃袋を満たしている間にもこんなことまでやらかしていたのね。
あぁ、よそ様のお坊ちゃんまでもが、道ならぬ道に踏み出そうとしている……。
純粋培養だからこそ、染まりやすいのか。君たち、もうちょい疑ってかかったほうがいいよ。うちの弟やることは相当えげつないんだからね! 面の皮の下は姉に対する執着で淀みきっているんだよ、本性に気づきたまえ!
平静……平静を保つんだ、フランカ・ツヴィックナーグル。
そう、彼らはきっと勘違いしているんだとも。二十名も……二十名、かぁ(遠い目)。
現実逃避したい。今日の夕食はビーフシチューだっけ。ビーフ。なかなかよろしいメニューじゃありませんか。
「フランカ。これ、現実。現実よ」
イレーネは容赦なく飛びそうになる私の意識をつなぎ止めました。
「あぁ、うん。ほんとね。ほんと、どうしてくれようか、あの愚弟……」
だって、姉さんを好きな気持ちをみんなと共有したかったんだもの、とのんきに笑う弟の姿が目に浮かびます。バカ野郎。一発殴らせろ。
「〈お姉様を愛でる会〉……フランカ様を愛でる会ですよね。それって、女子禁制なのかしら」
「い、いいえ、カティア様。とくに決まっておりません。なぁ、ルーファス」
「はい。一応、会長のヴィルヘルム様に許可を求める必要はあると思います」
「あら。それぐらいだったら今度お願いしてみようかしら……。気が早いかもしれないけれど、カティア・シュテルツェルと言います。よろしくお願いしますね」
「「こちらこそ、よろしくお願いします、同士よ」」
……知らぬ間に密約が交わされようとしている。受け入れられちゃっているよカティア。ちょっと待て、カティア。あなたは私の「お友達」枠だったはずだよね?
「カティア。えーと」
「はい、どうかしましたか?」
カティア様は満面の笑顔。……楽しいのなら、いいか。
私はやっぱり美少女に弱い。
閑話休題。
「剣を交えている男子生徒ふたりの『熱い友情』にときめきを覚えるのもイイけれど、今日はあいにくスケッチブックを持っていないの。描きたいのに描けないジレンマに陥るよりは、最初から見ない方がマシだと判断したわ」
と、図書室で本を読むというイレーネと事情を知るだけに半笑いで別れ、私たちは一路、鍛錬場に向かうことになりました。
ちなみに。私も男同士の『熱い友情』は好きだけれども、たぶん種類が違います。時として鼻血さえ出してしまうほどの血走った顔はしていないんで。
さらば友よ。今日は君の鼻血の処理をしなくてすみそうです。
鍛錬場はほとんど屋外にあります。武器庫などが入った関連施設がぽつん、とあるきりで、基本は地面を均しただけの野ざらし状態。うちの領のものよりは立派ではありませんが、広さだけはそれなりに確保されているでしょうか。
だだ広いだけで使わないから、さっさと潰して散策路を含めた庭園を増設しようと言ったクレームが毎年何件かは出ている模様。剣術は必須科目ではないからねー。
授業だけでなく、早朝や放課後まで利用する生徒となると、本当に将来軍に入りたい貴族の次男坊や三男坊とかうちと同じように軍事に力を入れている家柄の子ぐらいじゃないかなぁ。代表格がうちの弟。
さすがに彼らのレベルになってくるとフランカさん的筋肉評価が良の生徒もちらほらいますね。悪くて可の生徒かな。学院内の一割にも満たない良と可の生徒が集中しているのです。どうぞこのまま優評価を目指してくださいね。
校舎との間を隔てる林を抜けて、視界が開けると。案の定、ヴィルとその他よく一緒に鍛錬している愉快な仲間たちが集団での模擬戦闘を行っている模様。
どうやら白と紫のハチマキで組み分けしているようですね。白いハチマキで仲間たちを顎でこきつかっているのがヴィル。私が絡まない限り、うちの弟は万事に関して冷淡というか、鬼畜性分です。
動きが悪いやつがいたら敵味方関係なく、木剣で背中をぶっ叩くんですよ、あの弟。
「お前ら、木刀に当たりたくないからって体を丸めるな! ダンゴムシ並みの頭脳しかないとは言わせんぞ。今日言ったよなお前、『今日こそはヴィルヘルムに勝つ』ってな。今の死んだような目を見ていると、嘘だとしか思えないのだが? それが作戦か? 残念だな、今の僕は屈辱に満ちたお前を見ると、体が軽く感じるんだ、よっ!」
ヴィルの木刀が相手の腹にめり込みます。あぁ、相手の子、崩れ落ちて吐いてるじゃん。
その間にもヴィルが別の相手と木剣を交えて、すぐに足払いで体勢を崩して仕留める。
次の相手は別方向から来た味方の方へと誘導されて、互いにもつれあって戦闘不能。
その次の相手は怯えて逃げようとしたところを背中からのしかかられて、キツイ嘲りの言葉とともに気絶。こうしてヴィルは一個の竜巻のごとく敵を蹂躙し、ついでに気の抜けた味方に容赦なく指摘したあと、木剣での一撃で地に伏せる。
結果的に味方に犠牲(?)を出しつつも、敵は全滅。
ここで観察しているだけだとうちの弟最強! みたいに見えるかもしれないですが、もちろんそういうわけではありません。学院のレベルが低すぎるだけ。
終わったあとでいまいち不満そうな顔をしているのも、それを裏付けるでしょう。
うちの実家じゃこうはいきませんからね。むしろ、幹部連中相手だったらヴィルはボロボロにされる。
うちで最強のおじい様だと、ボロボロどころか塵も残らないという。
「あ、姉さん」
死屍累々の山を足蹴にしながら弟がたったかたったかと木剣持ったまま私のほうまで走ってきました。
ものすごい笑顔だな、全身で「構ってよ姉さん」と主張している。デフォルトだ。
それと同時にヴィルの後ろでゆらり、と。積み上げられた死体未遂の山から次々と男たちが立ち上がりましたよ。なんだなんだ。おぅ、そのうちのひとりと目があったわ。
見る見る間に死んだような目に光が灯り……猛然とダッシュ! それは他の人にも伝わって、ドドドド、と土煙をあげるほどの勢いになって、ヴィルの横に整列します。
「気を付け! 点呼!」
「1!」「2!」「3!」「4!」……「18!」「19!」
「本日の護衛以外、全員そろっております、会長!」
「うむ、よろしい」
ここまではまぁ……普通ですね。たぶん、「護衛」って横に居るティノとルーファスのことだよなー……。護衛する意味があるかどうかは別として。ぶっちゃけいらんけれども。
……いや、待て。この二人「以外」ってことはさー、もしかしなくても彼らってさ……。
ある疑いを持った目で見る私。対して彼らはやっぱりキラキラとした眼差しを注いでくるわけで。
次の言葉がトドメ。
「「「お目にかかれて光栄です、お姉様!」」」
お ま え ら も か ー !
心の中で叫び倒すだけでとどめた私エライ。
とてもじゃないけれども、顔色変えずにはいられませんね。頬がぴくぴくするのも仕方がない。
「すごいですねぇ」
「会長が声をかえたおかげでだいぶ人数が増えたのですよ!」
「学院内でもこれほどまとまった組織はいないものと自負しております」
カティアはのんびりと、それでいて感心したように言い、ティノとルーファスはちょっぴり自慢げに返す。
なぜ普通に受け入れちゃってるのどう考えてもおかしくない?
調教どころか洗脳じゃないの、コレはっ!
〈お姉様をそっと見守り隊〉の隊員たちがひとりひとり自己紹介する間にも、私の頭では処理が追いつかないです。
確かにね、派閥を作って対抗しようと決意しましたよ。仲間、つくる予定でしたよ。なのに、これじゃできるのは仲間じゃなくて、下僕じゃありませんこと? テオドーラ様の取り巻きみたく崇められたいわけじゃないのですが。
目の前ではそれぞれの挨拶が終わり、今度はヴィルが進み出た。すんごいいい笑顔だな!
「じゃ、最後は僕だね。知っているとおり、ヴィルヘルム・ツヴィックナーグル。〈お姉様を愛でる会〉の会長にして、ただひとりである〈姉さんを自分の物にし隊〉の隊長兼副隊長兼隊員だ。あらためてよろしくね」
絶句。
あ……あ、アカン。今すぐこの弟を更生させないと私の貞操その他もろもろがヤバイ気がしてきた。
弟よ、気づけ。〈姉さんを自分の物にし隊〉なんて欲望まみれのネーミングセンスについていけるのは発案者だけ! あとドン引きだよ! なぜ無駄に言い切ったような清々しさまで感じさせるんだ! アホだろ!
ヴィルが握手を求めるように、手を差し出している。
パターンはわかっている。握ったら最後それを引いて抱きつく算段だ。そう、それに乗ってはいけない。
引き際はわきまえて。すべては簡潔に終わらせよう。
私はすぅ、と大きく息を吸ってー、吐いてー。……カティアが〈姉さんを自分の物にし隊〉に入ろうと交渉をはじめても気にしなーい。
……よし、十分に落ち着いたぞ。さぁ、いざゆかん。
あたりを見渡して、自分に注目が集まったのを確認してから、宣言だ!
「〈お姉様を愛でる会〉のことですが、洗の……じゃなくて、色々と問題があったようですので、これ以上の活動は厳しいと思うのです」
「姉さん?」
「「「お姉様?」」」
令嬢モードでそういえば、怪訝そうな視線がいくつも返ってきます。だが頼む。お姉様はやめてくれ。
カティアもお姉様、と可愛らしく小首をかしげないで!お姉様一生のお願いだから!
思わぬダメージを受けながらも私の意志は岩のごとく硬かったです。
「……解散で」
「「「は?」」」
「〈お姉様を愛でる会〉は本日を持って解散を宣言いたします! 〈お姉様〉の名を持って!!」
〈お姉様〉の名って……本人さえも価値を知らんがな。




