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F嬢の喜劇。

~その頃のあの人は~ その2 

F嬢=フランカ嬢です。

いろんな意味で汚い話。

テオドーラ様はそれはもう派手な悲鳴を上げてくださった。

キャアって。よくそこまで高い音でるな、わたしなら百歩譲ってうわあ、だようわあ。

なるほどこれが生粋の令嬢ってやつか。


サロンのある建物近くの茂みの影。座り込んで、ひと仕事を終えたあと冷静に事の成り行きを見守っているわたしはある意味テオドーラ様に対して初めての感心を抱きました。


ちなみに。「ひと仕事」っていうのはアレですよ。テオドーラ様が羞恥心と恥辱と嫉妬と怒りを抱いたであろう、あの無駄に色気のあるお声です。有り体に言えば、いかにも事の最中であると思わせる喘ぎ声。

ふっ……演技力抜群かつ、美少女ボイスを持つフランカさんにかかれば、このようなことは朝飯前なのさ。

もちろん、実体験ではありませんよ! 耳年増なだけ! 自分の武器を生かした結果ということでよろしこ。


我を失ったテオドーラ様が出てくるのを見計らって、わたしはそっとこの場所に来ました。

そこで第二の罠発動。アオミトリの大量の糞がテオドーラ様めがけて降ってきます。

それはもう、みぞれのようにぼたぼたと。……うん、空に数十羽の群れが。呼びすぎちゃったかも。


「テオドーラ! ……な、なにがあったっ?」

「ルディガー様……! 教えてくださいまし! さきほどまで、何をなさっておいでだったのかしら? いいえそのようなことはどうでもいいので、キャッ、またドレスが……あの、あの馬鹿鳥をどうにかなさってください!」


「ふ、服が!」

「そんなことより! どこの女ですの! あなたがご執心だという女はっ!」

「し、知らん。それよりも、ふ、糞が袖に!」



シュラバダバー(修羅場だわー)。

ルディガー様に抱きついて難を逃れようとするテオドーラ様。

白黒の糞だらけになった赤茶けた頭からどうにか自分から離そうともがくルディガー様。

その周りをオロオロしながらもたまにくるアオミトリの「攻撃」におののく取り巻きたち。

さらにその周りをあっけにとられた様子で見守る「善意」の生徒たち。


……この中の何人が、真実にたどり着けるのでしょうね。


ちょっとだけワクワクします。推理小説でおなじみの犯人はお前だー!をやられてみたい。



それはともかく。突然ですがお勉強の時間です。ハーイ、ちゅーもくですよ~(明るく元気な美人女教師風に)。

今日取り上げるのはアオミトリの習性でーす。

コプランツ国民なら誰でも知っているアオミトリは、国のシンボルとしても有名ですね~。

すみずみまで真っ青な羽根! つぶらな黒い瞳! そして延々と主食の虫を食べる旺盛な食欲!

都市部には少ないですが、村や田園地帯には非常に多く生息しておりますよ、群れで!(ココ大事)

アオミトリの群れは数羽から数十羽にもなりますよ~。大体みんなご家族ですね。

ですが忘れることなかれ。群れの雌雄の比率がとんでもないんだなー。だいたいの群れでメスはたった一羽のみ! あと全部オス。アオミトリは逆ハーの鳥なんですねぇ。メスの生まれる確率が極端に低いのです。

さらにメスが生まれると母親から新しい群れを作ります。母親の死期が近ければその群れをそのまま継ぐことになりますが、これは例外的。オスだったらある程度育つと新しい群れを探して元の群れを追い出されます。

で、このオスがどうやって新しい群れを探すのに使うのが、嗅覚です。メスの体にあるフェロモンの匂いをたどるんですね。これまたいい匂いのやつ。この匂いにも人間の嗅覚にはわからない個体差があるようで、自分の群れのメスの匂いを嗅ぎ分けることができるのだとか。

これでメスが見失っても、体から発せられるフェロモンで探せちゃうというわけ。

さらに。メスがいるところが彼らの巣と彼らには認識されるようで。巣にいる彼らは……まぁ、すごい量の糞をするわけですよ。あとはお察しください。


これを利用したのが本日の作戦です。

まず前日までにアオミトリのメスを捕獲。自室の鳥かごにて待機。ハンカチでフェロモン採取。

鬘をかぶったイレーネが何も知らない新入生のふりして、サロンに潜入。ハンカチを落とす。

香水好きのテオドーラ様が釣られてハンカチを手にとったところに、ルディガー様浮気疑惑浮上。

怒りのあまりそのまま出てくる。そこへ付近に縄張りを持つアオミトリ襲来。

大事なメスが帰ってきたと思い、テオドーラ様を巣と認識。我慢していた糞が大量放出。

同時にカティアがルディガー様を呼び出し、周辺に留めていたので、テオドーラ様の悲鳴を聞きつけ合流。

でもテオドーラ様は色々な意味で『頭』にきているので、ルディガー様が浮気したと疑い、激高。

ルディガー様困惑するも、相手は話を聞いてくれない。

結果、修羅場。ふたりの仲にひびが入るというわけ。


あぁ、あと多くの生徒に目撃されるよう、カティアにはルディガーと目立つように振舞ってもらいました。

今日中にも惨事は伝わることでしょう。

もちろん、最後まで気は抜けません。

下手に証拠が残ってもいけませんから、今頃女子寮に戻っているはずのカティアとイレーネのどちらかが私の部屋にいるアオミトリを逃がしてくれていることでしょう。証拠隠滅。


フェロモンも数時間で効果がなくなるものですし、たとえハンカチを持っていても赤と青といった派手なカラーを身に着けなければメスと認識できません。はじめハンカチを持っていたイレーネが糞にまみれなかったのもそういうわけです。つまり、テオドーラ様はきちんと制服を着ていれば、こんな目には合わなかったんですねぇ。アハハ、我ながらえげつないなー。


しかしながら、この作戦には穴があるのですよね。というより隙でしょうか。

変装した同級生(イレーネ)にも気づく可能性があるということもありますが、アオミトリの習性は教養人や庶民にはわりと広く知られている知識だということがその最たるものでしょう。

図書室の本にも記されていましたしね。またよく市街に降りていく貴族ならば知っていたことでしょう。フェロモンだって、身近に接することがあればわかったはず。それがなぜいい匂いなのに香水として売られていないのかを少しでも考えれば。


これに気付かなかったのなら勉強不足なのですよ、正直。社会勉強が足りん。

ふぅ。……修羅場見るの、飽きてきたな。

視線を逸らして、今度は足元へ。芝生に置いてあるのは一冊の赤い小冊子です。サロンに入る前にイレーネから渡されたのです。それはもうすんばらしい笑顔で。


『これ……自信作なの。ぜひ、見てみて!』


自信作……それはそれはものすごいのだろうなー……。

イレーネ・クリッチュ。趣味は描画。専門は男「たち」の裸体画。

私は友がどこを目指しているのかもうわかりません。

そのうちカティアにも布教しだすのだろうか……。

たぶん彼女も私と同じく素養はないんだと思うだけどなー。あぁ、でも私の場合、ガチムチマッチョ同士だったらやぶさかじゃないかもしれん、エヘ。あぁ、でもあんまり生々しいのも困るというか……悩ましいところです。


まぁ、それでも友人だからと一通り目を通すだけ、抵抗感はないのでしょう。

あと筋肉の描写のチェックを兼ねている部分もあるでしょうし。


簡素な見た目にも関わらず、中身がとてつもなく濃ゆい内容のそれを手に取って、ため息。


なんでこんなときに渡してくるのかなぁ、と。


別に寮で受け渡しができるのに。そこまでして早く見て欲しかったのか。

私のことを考えても見ろ。これ、誰かに見られたら、私が社会的に死にそうになるんだけど!


これ以上ここにいて小冊子のことを誰かに追求される危険を冒してまで、もうここに留まる必要もないでしょう。さっさと帰ろ。


誰にも見られないように、そろ~とその場を離れようとした私。

その肩を掴まれます。振り向けば……。


「フランカ様。ここでのぞき見とは趣味がよろしくないですね?」


金色の瞳が笑っていないパルノフ先生が立っている。うわぉ。

なんてベストタイミング? いや、バットタイミングか。


「先生こそ、どうしてこちらに?」


パルノフ先生には散歩の趣味はなかったはず。あったのはメルボルト先生の方。それでも生徒の少ない早朝の散歩だったと思う。

そもそも教授陣はよほどじゃない限り、校舎や職員寮から出ないんじゃなかったっけ。ほら、生徒と余計な摩擦を起こすのは面倒だし。この状況になっても彼らがここに来て事態を収拾しないのも。

アーレンス学院の教師たちはとても消極的に生徒と関わっているのだから。

それなのにここにいるのは、変。むしろ、無言の慣習を破っているんじゃない?


サロンから悲鳴が聞こえてきたとでも? そんなはずはないでしょう。ここは学院の端にありますから、校舎や職員寮から離れています。

そして本来、サロンの建物は生徒・職員共用で建てられたものでした。独占していたテオドーラ様たちのほうがルール違反なので、教授陣たちは黙認する算段だったのに。


他のひとに告げ口するつもりというのも考えにくいですね。だったらどうしてここで私に声をかけて、警戒心を抱かせるのかという話になります。臆病な学院の教師なら、告げ口したのが自分だということを知られたくはないでしょうに。


「先生こそ、騒ぎをのぞき見しにいらっしゃったのですか。趣味が悪いですね」


私はいかにも先生とたまたま会って話をしていますよ~という雰囲気を作りながら、その場に向き直りました。ちょっと不思議そうにこちらを見つめてくる生徒がちらほらいますが、すぐに通り過ぎて行きます。どうぞ行ってください。あちらの方にはもっと面白い見世物がまだまだ継続中ですよ!


で、逆行するように歩きます。それとな~く、自然に、です。


先生はすうっと黒髪に隠れがちな金色の目を細めました。弓形を描く唇。……おおぅ、ご機嫌麗しくないようですよ、ならなぜ私に声をかけた。

彼は一言だけ私に呟きました。


「アオミトリ」

「は?」


だからなんだ、と私は言いかけて……ふうん、と同じく口の端を釣り上げてみます。さぞかし悪人っぽいことでしょう。

きっとどこかから私の動きを勘付いたのでしょうね。

先日私が生卵を頭からかぶった珍事にも途中から加わっていましたし。あのときもアオミトリの糞がどうたらと脅しましたから。


誰からか私の発言を指摘する輩が出てくることは必至だったのですが、それがパルノフ先生とは。世の中は面白い具合にできているようです。


「先生は驚きましたよ。フランカ様がアオミトリの習性を用いて、こんな大胆なイタズラを思いつかれるとは。逃げ道を用意しておきながら、庶民と貴族の知識のギリギリのズレをついて、『わからなかった方が拙い』というような罠にまんまとはまらせるだなんて、相手からすれば二重に恥ずかしく思うことでしょう。私にはとても思いつきませんでしたよ」


いかにも嬉しそうに言っていますが、さきほど述べていた通り、彼は『ご機嫌が麗しくない』。

私にはとても思いつきませんでした、というあたり、馬鹿にするような悪意を感じる。

それは別にいい。私とパルノフとの戦闘史における平常攻撃なので、何も思うことはない。

ただ……この男、『どこから』見ていたんだ。むしろ、全貌を勘付かれている気がするぞ? いやー、まさかな。そこまでして、私と場外乱闘したいわけでもあるまい。


「おほめいただきありがとうございます……と、言っておきますが、なんのことやらサッパリですわ」


ニッコリ。それはもう盛大にネコかぶってやりました。黙認されるだろうと思っていても、表向き否定すること大事。

すると先生は大きな爆弾を落としてきましたよ。


「では君は、たった一人でこそこそ隠れながらよがり声を上げていたと。そういうわけですね?」


おおぅ。これはこれは。先生のほうこそ趣味が悪いですな。……つまり、場外乱闘上等、と。なるほどなるほど。乗ってやろうじゃないか!

フランカ・ツヴィックナーグルの辞書に恥という単語はないのだ!


いかにも気鬱げな様子で首を傾げます。自分で鏡を見たら、絶対わざとらしいなと爆笑する露骨さで。


「もちろん。女はいつどんなとき『演技』が必要になるのかわかりませんものね。将来のための予行演習ですわ」


これ、ほんとうにやっている人がいたら、ドン引きだけど。シュールすぎる。

先生は楽しそうに声を上げて笑っています。

でも繰り返し告げておきたい。先生のご機嫌は決して麗しくない。


「それにしては真に迫っていたようですが、誰に教わったのでしょうかね。この国の女性は貞淑さをとくに求められているはずですがね。先生は彼女らの認識を改めなければならないのでしょうか。さらにフランカ様に対して、倫理観や道徳観をちょうきょ……教育しなければならないのかと思うと、今からとても気が重いですね」


ちょっと待て。今、調教と言いかけたでしょ! 私はイヌかネコではないのですが!

ぴくぴくと頬を引きつらせながら、内心では我慢我慢と唱え続けます。


「ご心配なく。間に合っておりますから。誤解なきように申し上げたいのですが、これは同性から聞いたものを真似ただけですから。ですが先生をドキリとさせられたならしめたもの。なかなかの攻撃力があるようですね。それだけでも今日は収穫です」

「先生はドキリとしませんでしたよ」

「そうですね。……前かがみになっておられないようですし」


今度は先生のこめかみに青筋が浮かぶよう。ピキピキ。

私は鼻で笑ってやりました。これぞ勝者の余裕。

ちなみに私の喘ぎ声の破壊力はテオドーラ様はじめとして、修行に付き合ってくださった地元の娼館のお姉さま方により証明済みです。これで何も想像しなかったら男じゃないだそうで。


「先生、一応言っておきますが……物理的な証拠は何もありませんからね。それに生徒同士の『可愛い』喧嘩に教師が介入するのも外聞が悪いでしょう。だから先生は肝心の現場は何も見ておられない。そういうふうになりますわ」


ルディガー様、テオドーラ様にしても表向きは隠そうとするでしょうから、パルノフ先生には何もできません。まぁ、この様子だと別に先生自身が何かをしたかったわけでもなさそうです。敢えて言うならば、いつもの問題児が騒動を起こしたことに興味を持った。そんなところでしょうか。

パルノフ先生にしても私の言葉に平然としています。あくまで怒りを抑えて、でしょうが。


「私は君の喧嘩に口を出そうとは思っていませんよ。ただ、君の手腕の程が気になっただけです」

「どうでした?」

「三十点ですよ。なりふり構わず捨て身という時点で大幅減点ですね」

「まぁ、妥当ですね」


いろいろな意味でも汚い作戦ですからね。でも後悔はない。大変に愉快な見世物だったわ。

それで話が終わりかと思いきや、先生はまだまだ追及したりないらしい。


「あと、君、鍵開けの技術でも持っているんですかね」


……う~ん。これは知られていると考えるべきか。

とりあえずごまかそう。

令嬢の皮をかぶった「何か」であるところの私ですが、鍵開け技術を持っているとバレると警戒されて、今まで忍び込めていたあーんなところやこーんなところに出入りできなくなっても困る。第一、こんな特技は必要時に使うのであって、見せびらかすものではないのですよ、うん。


「おおっと~、すみません、荷物を落としてしまいましたわー(棒読み)」

「わざとらしい演技ですね、フランカ様」


と、言いながら私が落とした男だらけの濃ゆい赤い小冊子を拾うパルノフ先生。ついでとばかりぺらぺらとめくり、中の絵を凝視しております。……先生、赤は情熱の色なんですよ。


お、先生が頭を抱えております! なんてレアな光景。

私が実況している時も先生の目は紙の上で滑る滑る。だんだんと虚ろになっていきまして、ほんとうのお月様のようになってしまいましたとさ。


「……これ、フランカ様のものでしょうか」

「そうですわ」

「この組み敷かれているのは、私でしょうかね」

「ええ、お相手はメルボルト先生です」


『メルパルって素敵なのよ! 包容力のあるヒゲのおじさまと異国の青年の間に生まれたロマンス! パルノフ先生は過去の失恋を引きずったまま逃げるようにこの国に来てメルボルト先生に出会ってしまうの。その紳士的な優しさにほだされて心惹かれていくんだけれど、実はメルボルト先生自身にもパルノフ先生を受け入れられない理由があって……! でも、体は正直なのよ。なし崩し的に関係を持ってしまうのだわ……!』


あぁ、イレーネ……。合掌。

ためらいなく男性の全裸を描ききれるあなたは将来何になりたいのでせう。


「……フランカ様のご趣味で?」

「ええ(嘘だけど)」

「私は男性に組み敷かれるよりも、女性を組み敷きたいのですがね」

「想像の羽根をどう伸ばすのかは個人の自由でしょう(ニッコリ)」


パルノフ先生、唖然。よほどショッキングだったんだなぁ。わかるよ、自分のことをネタにされているって知ったら、人に言えないよね。それも狙ってます。開き直りからの脅迫。


俺の筋肉ってそんなに貧弱に見えるのかとかぶつぶつ言い始めたパルノフ先生にはちょっとだけ同情してあげてもいい。すぐあとに「没収」と言われて取り上げられそうになったのは全力で阻止しましたが。


あと一番不満だったことはコレ。


「俺のムスコはもっと大きい」


それは女子生徒に宣言することじゃない。知りたくなかったですよ、とても。

もうしょうがないので一人称が「私」から「俺」になったところを突っ込めばいいですか。



















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