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K嬢の逆転劇。

~その頃のあの人は~ その一 K嬢=カティア様視点です。

――ほぼ同時刻。学院内、某所。


わたしは整然と整えられた学院の散策路を歩いていました。


散策路は蛇行しながら学院の外周をぐるりとめぐり、ほどよく季節の木々や草花を楽しめるように整備されています。ゆっくりと歩けば三十分ほどで一周できるので、ときどきお散歩コースとして使っています。

今日は幸いにもいい天気です。この世界にある二つの太陽が仲良く二つ並び、遮る雲もありません。

今日の夕暮れはとても美しくなりそうです。


夕暮れのほんの一時間だけ、西に沈む弟の太陽と東に昇る姉月が地平線の両端に並ぶのですが、これは「逢瀬の刻」とも言われているのです。この国では二つの太陽を兄弟として、二つの月は姉妹で例えられますから、そこからの発想でしょう。

そして、今日は月に一度の満月です。

わたしの大切なフランカの企みごとが成就したあとで見る夕暮れもまた格別でしょう。このあとお誘いしてみようかしら。


思いを巡らせながら、今度は目の前の出来事に集中します。

わたしの左手には、実家から届いたばかりの手紙。右側……いえ、正確には右前方ですが、そこにはくせっ毛のある濃い金髪を揺らしながら、不機嫌そうに歩いておられる同行者――ルディガー・ネリウス様がいらっしゃいます。


そう、わたしは今、公爵令息と歩いているのです。そこはかとなく、多くの視線を集めているのを感じながら。

放課後の散策路ですものね、無人ということもなく、授業からの開放感を楽しんでいる生徒も多いことでしょう。

普通の男女なら、ある程度観察されつつも微笑ましく見られたかもしれません。

でもここにいるのは冷え切った関係と思われていたはずのルディガー・ネリウスとカティア・シュテルツェル。わたしたちは両方とも高位の貴族で、わたしたちを眺めているのも、貴族の子女なのです。噂話のネタを仕入れるついでに近くに寄ってみよう、という気持ちにもなるでしょう。


ええ、いっこうに構いません。どうぞ興味のままについてきてくださいませ。


この状況はわたしが望んだものです。わたしこそが、ルディガー様を呼び出した張本人なのですから。


「……いつまで黙って歩いているつもりだ?」


いつまで経っても本題を切り出さないで歩いているわたしにしびれを利かしたのでしょう。彼が振り返りました。とても、怒っていらっしゃる。それでも見目麗しく、王子さまとはこういうものだろうかと人に思わせるには十分な美形です。


ただ……やはり、この方を「好き」にはなれません。

「いい方だ」と思うことさえないのです。

正直言いまして、この方がどうなろうとどうでもいい。

テオドーラ様と付き合おうが、愛人を作ろうが。怪我しても、死んでも、何も思えません。

フランカと比べれば、この方は大層みすぼらしい。

だって、フランカのことを考えると心が浮き立ちます。抱きしめられたら、これ以上ないぐらい幸せな気分になれるでしょう。

それだけでわたしの中でこの方が無価値だということがわかるものです。


しみじみとそんなことを思いながら、この辺りでいいだろうと足を止めます。


「わたし、父に手紙を出しましたの」


それがなんだ、とルディガー様は片眉を上げました。

それごときで俺を呼び出したのか、と言いたげです。ええ、あなたならそうおっしゃるでしょう。

あなたに興味はなくとも、わたしは長い間見ていましたもの。……『分析』していなかっただけで。


内心でほくそえみながら、右手に持っていた手紙を見せました。


「この手紙は父からの返事なのです。……おそらくルディガー様のご実家のほうからももうじき連絡がくると思われますが、一応礼儀としてお伝えしなければ、と感じましたので、今日こうやってお時間を割いていただくことになったのです」


ルディガー様がこの誘いに乗るか否か、というのもフランカの計画の中ではそれなりに重要でした。

必須ではありませんが、こうしたほうがもっと傷口をえぐることになりますものね。

もちろん、それはわたしの手腕のしどころ。と、言っても普段まったく自分から関わろうとしなかった婚約者が声を上げたのですもの、気にならないはずがないですね。日ごろの行いの積み重ねが効いたのでしょう。

さぁ。わたしはフランカを全面的に賛同しますから、思う存分やってくださいませ。


そのためなら……カティア・シュテルツェルをどうぞ利用なさってください。


あなたに与えられた役目は、きちんと全うしますから。あとで可愛がってくださいね。


「それで、なんだというんだ」


ルディガー様は苛々と体を揺らしています。

今すぐにでもテオドーラ様のところに行きたいのでしょう。

放課後は、いつも一緒でしたものね。いいえ、それどころかわたしの見る限り、いつもべったりと。


ゆっくりと、ルディガー様が理解できるように歯切れよく本題を切り出します。


「よいお知らせを告げに参りましたの。わたしにも、ルディガー様にもよいお話ですわ。父から婚約解消のお許しがでましたの。ルディガー様は、晴れて自由の身ですわ」


ルディガー様が驚愕のあまり目を見開いておいでです。ついで、喜色と困惑がそのお顔に表れました。


「……なにがあった?」


信じられないのも無理はないでしょうね。

ルディガー様のお気持ちはテオドーラ様一色でも、周囲の者たちが望んでいたのはカティア・シュテルツェルですもの。それは家同士の関係による結果です。

ルディガー様がご存知かはわかりませんが、そもそも婚約に乗り気だったのは、ネリウス公爵家の方。

そしてわたしは一人娘ですから、お父様だって手放したくなかったけれど、家格ではあちらの方が上ですもの。今から思えば、断りにくい話ではあったと思います。


ふふ、とわたしは笑います。今までしていたような、惰性のような気のない微笑ではなくて、意図的に威圧を与えるような微笑を。


「簡単ですわ。父に手紙を送ったと申し上げたでしょう。あれに婚約解消の件をお願いしましたの」


フランカに助けられてから、わたしはすぐに婚約解消に向けて手紙を書き始めました。

今まで黙っていたけれど言えなかった数々――たとえばルディガー様のわたしへの仕打ちや、ルディガー様の学院での態度、テオドーラ様との関係、テオドーラ様自身がしでかしてしまった事、わたしがルディガー様を切り捨てるに至った経緯とか――を懇切丁寧に書きました。その上で、わたしはルディガー様と上手くやっていけないと思った理由を百ぐらい挙げ、今回の婚約解消におけるメリットとデメリットを説明することで理路整然と「だから婚約解消に思い至った」のだ、と。

驚くほどの量になりました。枚数にして五十枚。受け取ったお父様はさぞやぎょっとしたことでしょう。


お父様はお忙しい方ですから、学院にくる時間は取れないでしょうから、そのぐらいはしないといけなかったのです。


何も考えてはいけないよ――


わたしの胸に強迫観念のように刻みつけている言葉。今まではただ盲目的に信じていましたが、お父様はこう言いたかったのでしょう。


『君の話している夢の話はあまりにも今の常識とはかけ離れていて、それを吹聴してばかりでカティアが周囲から浮いてしまうといけないから、その夢について』何も考えてはいけないよ――


お父様はわたしを愛していたから、こうおっしゃった。そう感じたからこそ、手紙を送っても大丈夫だと信じたのです。


今までのくもったガラス窓の向かい側を眺めているような、ひどくぼんやりとした感覚が取り払われてからはじめて、わたしは自分自身を覆っていたそういった感覚に気が付くことができました。今はとても自由で、なんにでも頭が働きます。今まで気づこうとしなかった事実にも思い至れたのです。


わたしの今は、カティア・シュテルツェル。たとえ、前世のような記憶があったって、わたしはわたしなんだって。フランカと仲良くなりたくて、わたしはもう一度考え始めました。

手紙を書いた段階で、ある程度の勝算はあったのです。


ルディガー様はわたしを軽んじられていましたから。

そのことが今とても婚約破棄の理由付けに都合がよかったのです。


「こちらがその手紙になります。もちろんここでこれを開封することはできませんが、少しだけ内容についても述べますと――シュテルツェル侯爵家は、正当な理由を持ってネリウス公爵家の長子ルディガー・ネリウスに重大な抗議と謝罪、婚約破棄を求めることになりました」

「なんだとっ!」


ルディガー様はいきり立ったままわたしを睨みつけています。自分が捨てているつもりだった女に捨てられている現実に怒っているのでしょう。

今にもこちらに詰め寄ってきそうで怖いという気持ちは確かにありますが、毅然と立ち振舞っている自分もいます。

この方は、まだ子どもなのでしょう。テオドーラ様には紳士として振舞うことができても、周囲をまるでみていらっしゃらない。ネリウス公爵家の未来は悲劇的ではないでしょうか。


「お、お前、いったい何を書いたんだっ!」

「ありのままを」


わたしは静かに述べました。


「でもよかったではありませんか。これでテオドーラ様と結婚できるでしょう? 家同士の都合など存じ上げませんが」


おめでとうございます、まで言えたわたしは、ほんとうに薄情者かもしれません。

あぁ、こんなところ、フランカには見られたくありません。笑って気にされないでしょうが、隠せるうちは隠しておきたいところですもの。


「僕を馬鹿にしたかったのか、カティア。その人形みたいな何考えているかわからない顔で、父親に泣きついたというのか! 恥ずかしくはないのか!」


久々にこの方の口からわたしの名前が出たので、少し驚きました。とうに記憶の彼方とでも思っておりましたから。


「ええ、確かに今までのわたしは恥ずかしいものでした。与えられた言葉をそのまま真意もわからずに受け入れていましたの。でもそんな自分を変えることにしたのです。人形はおしまいですわ」


それは同時に、シュテルツェル侯爵家がわたしという『先行投資』をルディガー様に対してするだけの価値がないという結論にもつながったということです。わたしがそう仕向けたということもありますけれど。


「もちろん、ルディガー様を馬鹿にするなどという意図はございませんでした。積み重ねの結果、です」


いい意味でも悪い意味でも、と心の中で付け足しておきつつ、わたしは耳を澄ませました。

目の前の元婚約者がわめくのをよそに、木々を揺らす風の音に混じってくるはずの……悲鳴を。



キャアアアアアアアアアッ。


地獄の底に落ちていくような声があたりに響き渡り、ルディガー様とその様子を『見守っていた』方たちが一斉に悲鳴の方向へと目を向けます。

わたしも、今はじめて気がついたかのように「なんでしょう!」とさも驚いたかのような声をあげました。


「テオドーラっ!」


まっすぐにテオドーラ様のほうへと駆けるルディガー様。

愛は偉大なようです。会話をしていたわたしはおいてけぼり。

ふぅ。仕方がありません。わたしは寮の秘密基地で戦果をお待ちしていましょう。

今の状況でルディガー様と一緒に現れると、余計な誤解を受けてさらにややこしくなってしまいそうですから。

その場を立ち去ろうとするわたしの背中に、かすかな声が届きました。


「テオドーラ! ……な、なにがあったっ?」

「ルディガー様……! 教えてくださいまし! さきほどまで、何をなさっておいでだったのかしら? いいえそのようなことはどうでもいいので、キャッ、またドレスが……あの、あの馬鹿鳥をどうにかなさってください!」


「ふ、服が!」

「そんなことより! どこの女ですの! あなたがご執心だという女はっ!」

「し、知らん。それよりも、ふ、糞が袖に!」


男と女の修羅場は醜いもので、このようなときこそ、お互いの真価がわかるというもの。

これを乗り越えられたらたいしたものですが、どうでしょうか。

でもフランカがこの手段を選んだということから、多少は察せられます。

身分が低い者が上の者にたてつくということ。ただそれだけでも、彼女は失敗が許されないのです。

だから容赦なく、確実だと思われる手段を取ったのでしょう。


次々と騒ぎの元へと行く生徒たちと逆行するように、わたしは散策を楽しんだのでした。







言い忘れていましたが、前回のT嬢は、もちろんテオドーラ様でした。


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