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女子会という名の……

本日最後の授業が終わりました。

古典教養の先生――偏屈そうな小柄なおじいさんなのだけれど――が出て行くと、行儀よく着席していた生徒たちがおのおの自由に動き始めます。

男子生徒たちは「あぁ、終わった終わった」と清々したように言いながら外へ出ていき、女子生徒たちはこれからどこでお茶をしようかを楽しそうに話しています。


ちなみに私は蚊帳の外。時々チラチラと視線は感じます。悪意はないけれど、同情でもなくて。

巻き込まれたくない、と怯える視線です。

この授業を一緒に受けている生徒たちは別段ルディガー様・テオドーラ様派でもなかっただけまだマシでしょう。

世界情勢はひどかった。先生ぐるみの悪意を感じたのは私だけでないはず! あの先生、やたら私にガン飛ばしてくるから、飛ばし返してやりましたけどね!


そう思い返しながらも、私は自分の荷物をさっさとまとめてしまいます。

古典教養で宿題が出されていたのでここである程度目処をつけておきたかったところですが、ちょっと空気が悪すぎます。夜に片付けてしまおう。


さぁ、これから夕食までの間、どう過ごそうか……。


普段は早々に自室に戻ってアドリネを話し相手にお茶を飲むか、ヴィルに半ば強引にお茶会に参加させられるかのどちらかです(どちらもやることは同じことは言われなくてもわかっている)。


しかし! 今日という日はどちらもお断りしたいところ!

なぜなら自室にはハンスを置いてまで寮に引きとめようとしたアドリネが待っていて、ヴィルに見つかろうものならめんどくさいことになる。どちらも今日の朝の騒ぎを一部始終知っていることでしょう。


もう少しだけ、ほとぼりを冷まそう。


幸いなことに学院は広いですから、図書室にでも行けば時間を潰せそうです。

これからの方針を決めた私は、さっさと教室を出ました。

アドリネはともかく、ヴィルはいつ襲来してくるかわかりませんからね。彼は校舎から少し歩いたところにある鍛錬場で訓練を受けていましたから、すぐにここまでは来られないはずです。


「フランカ様」


振り向いたところに、頬をほのかに上気させたカティア様が祈るように両手を組み合わせて佇んでいました。授業終わりなのでしょうか。でもそれにしては荷物がない……。


「えっと、あの……」


声をかけた時には私をじっと見つめていたのに、しゃべりだした途端に恥ずかしげに目を伏せてしまいました。何を言おうか迷っていたようでしたが、どうかしましたか、と言えば、意を決したように口を開きます。


「よろしければ、私と、お茶会をしませんか」

「はいよろこんで」

「あっ、そうですよね。急にこんなことを言っても困るだけですもの……って、えぇっ?」


目をまん丸に見開いて驚きを示すカティア様。ずいぶんと可愛くてノリのいい反応をしてくれますね!

それに比べて、食いつくように即答した私! 自分に素直だね!


「えっ、えっ、あの」


展開についていけてないようで、わたわたしているカティア様です。

安心させたくて、力強く頷きました。


「お茶会しましょう、カティア様」


今度は花が咲くようにぱあと顔を輝かせるカティア様。眩しくて目が潰れそうです。

そのままカティア様は私の手を引っ張って、先導していきます。早く早く、と言いたげな勢いです。

親を連れ回す子どもみたい。ちょっと連れ回されてあげる親の気持ちがわかりました。


「あら、フランカ。これからどこへ?」


校舎の入口で今度はイレーネと出会いました。彼女はこれから寮に戻るのだとか。

それからほとんど初対面となるカティア様に目を向けて、首をかしげました。

気持ちはわかる。ほんの数日前までカティア様は「はかなげな美少女」って感じだったものね。


「カティア様。こちらクリッチュ子爵家のイレーネ・クリッチュ様で、私の友人です。……イレーネ、ご存知だとは思いますが、この方はシュテルツェル侯爵家のカティア様です」


以前からの友人と、最近仲良くなった友人が見つめ合っています。

イレーネは藍色に近い髪と目を持つ上に、背も高いのでヘタをすればツンとすましていると思われがちですが、話してみると案外熱いところも持っています。

カティア様もきっと、仲良くなれる……はず、だよね?


「カティア・クラーラ・シュテルツェルです。よろしくお願いします」


ご挨拶をするカティア様。でもなぜぷくっと頬を膨らませて、イレーネを見つめているのでしょうか。

あと私の腕にぎゅっとしがみつくのはなぜ?


一方のイレーネ。彼女は落ち着いたもので、楽しそうに笑みを刻むと、淑女らしく礼を取ります。


「イレーネ・クリッチュですわ。フランカ様の学友です……ただの」


一体「ただの」学友じゃなかったら、なんなんだ。

私の抗議の視線をイレーネは無視して、カティア様と無言の応酬をしているようでした。

カティア様はひたすら敵意を。

イレーネはそれを受け流す。


それはまるで、本妻と浮気相手との修羅場。いや、実見したことはないんだけど。どっちが本妻か浮気相手かわからないけれどさ!


降参するように両手を上げたのはイレーネでした。冗談めいた笑みを浮かべています。


「カティア様。私たち、仲良くなれると思いますわ。私とあなたでは「立ち位置」が違いますもの」


それを見たカティア様は警戒心を緩めないまま、慎重そうに尋ねます。


「と、いうことは、あなたは『違う』のですね?」

「ええ、私は『本当に』ただのお友達ですわ。そして、カティア様とも同じくらい仲良くなりたいと思っております。これが答えになりますか?」


こくり、とカティア様が頷き、私の腕を拘束する力が緩みます。


「それでしたら、私もあなたと仲良くなれると思います。妙な勘違いをしていて、申し訳なかったです」

「いえいえ」


私も少しふざけてしまいましたからね、とイレーネは言い、二人は熱い握手を交わしました。なんなのこのやりとり。わけがわからん。



ともかく、こんなひと悶着があったあと、カティア様の誘いでイレーネも加えたお茶会となりました。

場所はなんと、女子寮監督生専用にして、この間はヴィルとカティア様でお茶をした「秘密基地」です。

なんとカティア様がドルテに頼んだら、あっさりと許可が出たそう。さすが侯爵令嬢です。

私もいつもより堂々と紅茶を飲むことができるわけですね。


ちなみに本日のスイーツは片手でつまめる小さなフルーツタルトです。ここのスイーツもいちいち美味しいから食べ過ぎてしまいそう。


さて、そういう状況で始まったお茶会の話題というと……。


「朝からすっごく話題になっていたわよ、フランカ。テオドーラ様に喧嘩売ったって」

「いや、今日喧嘩売ったのはあっち。私買っただけ」


やっぱり朝の珍事についてになる。今日という日だからやむをえまい。


「お怪我がなくてよかったです。それにしても、あの方たちときたら……」


カティア様は憂鬱そうにため息。


「本来なら私もテオドーラ様と対等に並び立つべきなのですが、すでにあの方はルディガー様を始め、多くの上位貴族たちを取り込んで一派閥を築き上げていますし……お恥ずかしい話、現状、あの方たちを止めるのは私では力不足です」

「それは仕方がありません。今、この学院の頂点はルディガー様ならば、同じ家格でもカティア様よりテオドーラ様が上位に立つのは仕方がないことです。しかも、テオドーラ様のクノーベル侯爵家は現王妃を輩出していますから」

「イレーネ様。だからといって、このままにしておくわけには参りません。今朝のことを見ても、フランカ様に今後も危害が加えられる可能性は十分にあるのです。どうにかして対抗策を練らなければ……」

「ですがカティア様。一朝一夕で学院のパワーバランスを変える対抗派閥はできませんよ。……不躾なことを聞きますが、カティア様はルディガー様を動かせますか」


カティア様は悔しそうに唇を噛み、ふるふると左右に首を振ります。


「できません。あの方はテオドーラ様の言葉の方を優先しますから。それは別にどうでもいいのです。問題は、私がルディガー様に軽んじられていることです。……イレーネ様。正直に申し上げてください。(カティア)はとても哀れだったでしょう」


イレーネは何も言いませんでした。本人を目の前にして、言えることではなかったからです。でも、意味は十分に伝わります。


「『フランカ様のために派閥を作る』。それによって学院内での天秤を『釣り合わせる』。イレーネ様はおそらくそうおっしゃりたいのでしょうが、同時にその先頭に立つのは(カティア)には不向きということは理解しておられるはずです。私には、求心力がありません」

「……時間をかけて、と条件をつけられるなら、『今の』カティア様ならできるでしょうが……今すぐ、なら少し厳しいですね」



イレーネが『今の』、と付けたのは、彼女もカティア様の変化がわかっているからでしょう。

今までの会話のしっかりとした物言いと回転の速さ。そのどちらもが以前にはなかったものです。

少なくとも、私がカティア様を助けたときはもっと意志薄弱だったのです。

きっと見せていなかっただけで、素はこちら。

確かに芯の強いイレーネとも気が合うわけですよ……わ た し を置いてけぼりにしてね。


「あのー」


私は慎重に口を開きました。とたん、飛んでくる二つの視線。おおぅ、突き刺すつもりですか。


「別にそこまでする必要はないと思うんだけれど」


だって泣かされたわけでもあるまいし。撃退したのはこっち。

派閥とかめんどくさい人間関係構築して、めんどくさい交流をすることもないでしょ。


「ある!」

「あります!」


なんなのこの二人。お友達初日でどれだけ通じ合ってるんだ!


「あなたはそれでいいかもしれないけれど、見ている私たちは耐えられないってこと忘れていないかしら! 今朝の騒ぎを聞いたとき、心臓が口から飛び出しそうだったわ!」

「そうです。フランカ様はかっこいいです……かっこいいですが! お手伝いできることがあるなら手伝わせてください!」


ヒ、ヒートアップしてる……。

迫り来る二つの顔に若干引き気味になりつつ、私もちょっと考えてみました。



現在の学院の派閥……と、言っても私が知る限り、テオドーラ様とルディガー様の一強という感じです。

対抗馬がいない。

つまり、それはテオドーラ様とルディガー様にモノを言う人間がおらず、その意見がそのまま学院の総意になっているということです。このふたりのいうことはゼッタイ。道をあけろと言われたら道があき、風を吹かせろと言われたら扇であおがれる。誰も文句は言えません。


今までの私だったら、それを対岸の火事のように見つめて、「ま、勝手にやってろ」と言っているところですが、そうもいかなくなりました。

始めはカティア様への仕打ちが黙って見られなくなったから。

その時点で、こうなることはまあ予測が尽きました。思ったよりも孤立していなくてびっくりですが。


私はテオドーラ様とルディガー様の派閥からはもっとも遠いところにいるわけです。

その中で、派閥を作るとなると……。


今思いつく限りで、ここにいる私、カティア様、イレーネ。弟はまあ勝手についてくるだろうし……でも、それだけでは弱いでしょう。あと、カティア様はさきほどの話のとおり、矢面には立たせたくありません。

ダンスのとき、私の喧嘩をルディガー様が買ったのも、そういう理由なんでしょうね。ヤツは自分のパートナーには紳士と見える。



だったら、「誰が」ルディガー様、テオドーラ様に対抗する?

……幸いなことに、学院は貴族の縮小図と言えますが、貴族社会そのものでもなく、そして私たちは学生で、少しの自由が与えられます。


だからと言ってはなんですが………下克上。

このまま私の周囲の人々が私から離れようとしなかったら、間違いなく彼らはそちらにも目を向けることになるでしょう。今度はそちらが孤立してしまう。私はそれを防ぎたいわけです。


イレーネはカティア様では間に合わないと言いました。そうですね、カティア様はだめです。

他にうってつけの人材がいるでしょう。

すでに二人に目を付けられている、私。

私が表に立てばいい。



そうやって、ルディガー様、テオドーラ様をぷちっと潰しちゃえばいいでしょう?

そうすれば学院内の雰囲気だって少しはよくなるんじゃない? うん、いい考えかも。


要は学院内での喧嘩です。喧嘩なら負けません。私がガキ大将になればいいのです。すると全部がまるっと解決。二人が謝ったら許して差し上げましょう。


私は意を決して言いました。


「悪いんだけれども、二人とも。私に巻き込まれてくれない?」


じっ、と私を見ていたイレーネが唇の端を釣り上げました。


「覚悟、決まったみたいね」


うわー、策士っぽい。たぶん、こうなることがわかっていたんだろうなぁ。だよね、私がトップになるって知ってた顔だよね、絶対。

カティア様は私の両手を握って、灰色の目をキラキラさせました。


「応援しております、フランカ様!」


うん、ありがとう。でもあまりブンブンとふらないでおくれ。腕がもげそう。



コホン、と咳払い。


「でも派閥って具体的にどうすればいいの? どうやって作るの。交渉とか社交とかあまり得意ではないんだけれど……」

「うーん。あてがないわけではないんだけれどね……」


イレーネは思案顔。一方でニコニコしだしたのは、カティア様です。


「そのあては「あて」になりそうですよ、イレーネ様。あの方曰く、それなりの人数を確保できそうですって。ここ数日のフランカ様の行動が注目を集めたそうなので」

「あー……」


なぜかかわいそうなものを見る目をするイレーネ。私なにかしたか。


「あの方って誰よ」


と、言いながらいやーな悪寒がする私。いやよ私。


「ふふふふふ」

「うふふふふ」


二人して微笑まないで! とくにイレーネ! 邪気がすごいんだけど!




女子会という名の「作戦会議」でした。

次回はその「作戦会議」の裏で行われていたあの人の暗躍です。

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