ご令嬢は高笑いがお好き
新連載始めました。どうぞよろしくお願いいたします(^-^)
地上に今にも落ちてきそうな青い空。海の青さを写し取っているって本当かしら?
燦々とふりそそぐ仲良しの二つの太陽の光がまぶしくて、目がしぱしぱします。
私がぼけっとアホみたいに空を眺めている間にも、ごとんごとん、と幌馬車は草原に走る一本径を、音を立てながら動きます。私はその後ろの端にちょこんと座って、足をぶらぶらさせていました。黄色い枯れ草の先端が私のハイヒールの踵に触れています。こんな靴をなんで履いてきたのかしらそうかほんの数時間前までこうなること誰もわからなかったからだわ。まったくもって馬鹿らしい。バカ、私は本当にバカだ。
私は優しげな蒲公英色のドレスを着ていました。頭だってさきほどまで綺麗に結って、髪飾りをつけていたのです。それなのにドレスの裾はぐちゃぐちゃ、髪はぐしゃぐしゃ。こんな姿だれが見たってぎょっとするわ私だってするし。あぁ~なんでこうなったんだっけ?と我が身の不幸を嘆いてみても、思いつくものがひとつもない。むしろ、私悪くないんじゃね?と開き直れる自信が大アリです。だって、そもそも私貴族よ? 一応お嬢よ? 幌馬車にがたがた揺られている理由がないじゃないの。
あぁ、そうそう自己紹介が遅れました。私、フランカ・ヤナ・ツヴィックナーグルと言います。ツヴィックナーグル伯爵令嬢です。貴族の子弟が通うアーレンス学院に通うごくごく平凡な十七歳の乙女(のはず)です。しかし、今、自分がどこにいるのかわかりません。迷子じゃありません。正確には誘拐されました。今も誘拐中だそうです。
ところでもう一つ重要なことがあるのです。えぇ、今に限定するならば、学食の月一メニューの山盛りのローストビーフを食べ損ねたよりも、実家に併設されているツヴィックナーグル騎士団(と書いて筋肉パラダイスと読む)を堪能できないことよりも優先して考えるべきことがあるのです。
ごとん、ごとん。
幌馬車が動き続けるだけ、私の希望は遠のいていくのがわかります。だって、こんな草原、私のいた国にはありませんでした。ここまで乾燥した土地は持っていませんでしたからね。さらにはこんなに周りに何もない、ということも。おかしいでしょう? 目覚めに見た景色がこんなんだなんて私だって疑いますよ。見た目は牧歌的で、わあいのどかだぁと叫びたくなるような光景ではありますが、実際のところは私は誘拐された令嬢で、この幌馬車は私をどこかへ連れ去る護送車のようなものです。
付け足せば、今すぐハイヒールですたっと荷台から降りて逃げようとしたって、こんな格好で逃げ続けることも無理で、前方で御者をしている男にすぐに捕まってしまうことでしょう。あの男は強いです。足をひっかけられて無様にすっころぶのがオチでしょう。そのあとはきっと軽々と肩に担ぎ上げられて、荷台にべちゃっと潰れ饅頭のように投げ捨てられるのが目に見えます。なんて野蛮なっ!
と、いうわけで私は妙案が思いつくまでは足をぶらぶらと揺らしながら、ぼけっと空を眺めることで諦めたフリをしています。あー、肉が食いたい……いやいや、帰りたーい。結婚したくなーい。
え? どうしてここで「結婚」かって? だって、言いたくもなるでしょう。幌馬車を操っている男は、誘拐犯である一方で……「私の未来の旦那様」らしいんです。これから誘拐先で結婚式を挙げるそうですよ。
どこから突っ込めって?私も突っ込みたい。そもそも私に婚約者いたことないよ? 婚約者ナニソレオイシイノ? いや、「肉」であることに間違いはなくて……いやいやいやいや、疲れているな、自分!
くそう。ここが山とか森だったらなー。「ツヴィックナーグルの野猿」と呼ばれたサバイバル術を駆使して、熊やら鹿やら雉やら取れるのになー……熊はムリかー。草原じゃなー、草だもんなー、食べられるかなー………うん、苦いね!
「あー、私は、お祖父様より強い筋肉ムキムキの殿方がタイプなのよぉー!!」
盛り上がる上腕二頭筋にウットリしたいこの年頃。「イケメンより筋肉」コレゼッタイ。
ヤケになって叫んだ私は、そのまま背中を後ろに倒しました。あぁぁぁぁぁぁと声までも揺れに合わせて振動します。前にいる「誘拐犯」はきっと全部聞こえたはず。
――さぁ私を愛しているのならば、まずは筋肉をモリモリにするんだっ!
いや、違うだろ、ということはさておき。
「おほほほほほほほほほほほっ!」
ヤケクソに悪女よろしく高笑いし始めた私を誰か止めて。