3-2
遂に、午前のショータイムの時間が訪れた。
勇ましいテーマ曲に乗り、舞台の袖から表側へと繰り出す、戦隊ヒーローたち。
「緑」は、「赤」、「青」、「黄」、「桃」の次。
つまりは、五人中五番目で後ろには誰もいない、殿。序列ビリである。
ヒーローの世界に序列なんてあるの?
そんなことを思った人もいるかもしれない。だが、序列はヒーローの世界にも歴然としてある。
この二十一世紀にも――そしてもちろん、未来永劫に。
それが、事実なのだ。
ヒデヒロの被ったヘルメットのサンバイザーから見えた景色は、表舞台の前に群がる子どもたちの姿だった。後方には、肩車で子供を背負う、父親の姿もある。
何となく、嬉しかった。
子どもの頃から成りたくても成れなかったヒーローとなって今、自分は脚光を浴びている。子どもたちから熱烈な声援を受けた彼の「やる気」は、一気に急上昇していった。
が、残念なことに、体力が続かない。
全身タイツとその上のかさ張った装備が、ヒデヒロの体力を奪っていく――。
ニートの体力の無さが、身に染みる。
メインヒーローの「赤」が活躍する傍らで、五番目の「緑」はたいしたセリフもない。ヘルメットの中は蒸して暑いわ、装備が重いわ、キーキーうるさい戦闘員や敵ボスとの戦闘の段階では既に、ヒデヒロはフラフラの状態だった。
よれよれパンチと、もたもたキックを繰り出してなんとか敵を倒すと、もつれる足を酷使して、派手な音楽とともに舞台の裏側に引っ込んだ。
「どぅわっはあ!」
ほとんど這いつくばる感じでスタッフ控室に辿り着いたヒデヒロは、本番前に自分が座っていたパイプ椅子に崩れるようにして倒れ、その体を預けた。
「ミドリの奴、大丈夫か? まだ、そんなに動いてないのになあ」
「本当にね。大丈夫かしら」
「まあ、ミドリだから特に出番もないし、大丈夫じゃね?」
「それもそうだな」
漏れる、クスクス笑い。
ヒーローたちは顔を見合わせ、ニートのヒーローを嘲笑った。
☆
午後になる。
今日二回目のショータイムは、もう間近。
だが、配給された弁当を食べ終わっても、ヒデヒロの膝は、未だガクガクと力の入らないままだった。
(こんなんで、大丈夫なのか?)
残してはもったいないと頑張って腹に納めたものの、ちょっと動いただけで口から弁当の中身をリバースしてしまいそうなくらいの、ヘタレ気分。
とはいっても、時間は待ってくれないのだ。
特に、ニートには。
(この仕事でオレは、ニートから脱却するんだ)
そんな声を自分の脳内で聞いたときだった。
今日二度目の「出番です」の声が、ヒーローたちの控室に木霊した。力を振り絞って緑色のヒーローの衣装を着け、ヒデヒロは舞台へと向かう。
と、ヒーロー登場の音楽とともに、ヒデヒロが舞に飛び出した瞬間だった。
「どはっ!」
思わず、ヒデヒロの――いや、緑色のヒーローの口から、言葉が洩れた。
それもそのはずだった。
午前中、既にその総ての力を使い果たしてしまったヒデヒロの足。
自分の意志とは別のところでもつれにもつれ、子どもたちからの熱視線を浴びる舞台の上で、ヒデヒロは前のめりに倒れてしまったのだ。
「このお兄さん、誰?」
舞台下にたくさんいる、家族連れ。
そのうちの一人の男の子が、隣のお父さんに大声で聞いている。さらにその横の家族には、「ニセモノが入ってた」と、泣き出す子どももいる。
(しまった! ヘルメットが脱げてる!)
時、既に遅し――昔の人は、良いことを云ったものだ。
急いで被り直した緑色のヘルメットだったが、もう遅い。ヒデヒロが、その素顔のすべてを会場の子どもたちに曝け出してしまった後だった。
それから、一体何が起き、一体何をしたのか、記憶がない。
ただ、一つ。ポニーテールの若い女性が、ショーの最中、こちらをじっと見ていたことだけは覚えていた。
家族連れのお客さんの多い中、女性一人だけでポツンと佇むその姿が、妙に目立っていたのだ。
「すみません、すみません」
ショーの終了後。
控室で怒り狂う工藤の前でペコペコと謝り続けていた時も、何故かポニーテールの彼女のことが頭から離れない。
やっとのことで社長の説教から解放されたヒデヒロは、まだ着替えも終わらないまま、二つのパイプ椅子を並べてベッド替わりにし、ぐったりとその間に横になっていた。
腕には、忌まわしき思い出となった緑色のヘルメットがある。
既に終了から一時間が経ったようだ。
バイトなど、関係者の多くも帰宅したのだろう。静まり返った、控室。
とそんな中、ヒデヒロに近づいて来る一人の女性の姿があった。
腕に抱え込んでいるのは、ショーで使うピンク色の衣装。
(ピンクの娘、まだ帰ってなかったんだ。カッコ悪いこのオレに何か用?)
上半身だけ起き上がらせたヒデヒロがそう思った時、その女性は、思いもよらぬ言葉を発したのだ。