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マスト・ヒーロー  作者: 鈴木りん
2 オフィスレディ、ヒロミン
6/32

2-2

 裕美は、謎の取引書類を机の上に置き、しげしげと眺めた。

 取引先名称は、間違いなく白井課長の会社。

 しかし、あの会社とこんな物品の取引があったことなど、聞いたことはない……。営業事務の裕美が、である。


(もしかしてこれ、不正取引の書類?)


 白井課長に所在の確認を頼まれた封筒の中身も、気になり出す。


(ええぃ、ままよ!)


 わずかに剥がれた封書の糊づけ部分を掴んで膨らませ、そこに小さな空間を開ける。湿った息をそこへ吹きかけると、封書の紙が、少しだけ柔らかくなった。

 器用な手つきで糊づけ部分ををゆっくり剥がし、中から書類を取り出すことに、成功。


 そこから出てきたのは無造作に書かれた、とある地方銀行の口座番号とその口座の主の名前だった。口座名は、あの白井課長の個人名らしき、フルネーム。

 社会経験の浅い裕美であっても、事は容易に想像できた。

 ――要するに、架空取引により生じた売り上げを課長の個人口座に賄賂キックバックとして振り込む、ということなのだろう。


 暫くの間、呆然としていた裕美。

 ふと我に返ると、急ぎながらも丁寧に封筒の糊づけを行って、それを元の場所にそっと戻した。次に、机の引き出しの書類も元通りにし、支店長席の椅子の位置を整えた。


 ドアに近づき、ドアを少しだけ開ける。

 誰もいないことを確認し、廊下に素早く躍り出た。

 内心はドキドキ爆発しそうな心持ちであったが、元々、ポーカーフェースの彼女。感情を表情に出すことを極力抑え、自分の席に戻って来た。


(大変なもの、見ちゃったわ)


 だからといって、何か行動を起こそうという気にはならない。

 当然だ。

 彼女は何の変哲もない、企業のいちOLであり、何らかの行動をとっても、そんなことは簡単に社会的に力を持つおじさんたちに捻り潰されるのが、オチなのだから。


 裕美が、意を決して机の上にある電話の受話器をとる。まるで鉛の塊のように、受話器を重く感じる。

 数字の書かれたボタンを幾つか押し、白井課長の会社へ電話をかける。

 コール音の後、先方の事務員が電話に出ると決まり文句の挨拶をやり取りし、裕美はこう告げた。


「白井課長をお願いします」


 暫くして、大儀そうに声を出しながら、白井が電話口に出た。


「……ああ、白井だ。どうだ、ちゃんと届いてたか?」


 受話器をぶん投げたくなる衝動を必死に抑えながら、「書類は、届いておりました」とだけ、落ち着いた口調で答える。

「そうか。わかった」 白井のほっと安心した気持ちが、電話越しに伝わった。

「では、失礼します」 裕美が、受話器を元の位置に戻そうとする。


 と、その瞬間、白井が声をあげた。


「ところで……まさか、封筒を開封などしていないだろうな?」


 ごくり――。


 裕美は、白井に聞こえてしまったのではないかと思うほど、大きく息を飲み込んだ。

「当たり前です。そのようなことは致しておりません」

 電話を切った後も、暫くは胸の鼓動が激しく続いた。


 ――ようやく鼓動が治まる。暑い部屋なのに、何故か背中に冷や汗を感じた。

 あれから結構な時間が経っているのに、まだ誰も帰ってこない。

 自分以外は誰もいないオフィスの中、裕美は頬杖をついて窓の外を見遣った。

 その時の裕美の脳裏に浮かんできたのは、何故か子どもの頃の自分の記憶。涼し気な丘のそよ風の代わりに、暑苦しい夏の記憶がよみがえってきたのだ。

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