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「週刊 おぽちゅにてぃ?」
ヒデヒロが、その首を傾けた。
(おぽちゅにてぃ……って英語だよな? どういう意味だ?)
まあいいや、こんな本には興味はない――
無視しようと、一度は決め込んだ彼だったが、ふと、あることに気付く。今日も一日、ほとんどやることがない、という事実を。
徐に手を延ばした彼は、雑誌を手に取った。
指を滑らし、ぺらぺらとページをめくる。
どれも興味ない記事ばかり。ナントカという男性芸能人とこれまたナントカという女性芸能人が熱愛してるだの、どこぞの仮名ナントカさんがたまたま買った宝くじに当たり、今は大層優雅な暮らしになっただの。
だから一体、なんだというのだろう。
(やっぱり、オレには関係ない――)
雑誌をテーブルに置きかけた、瞬間だった。
何故か目についた、とあるページ。派手な飾り文字で、デカデカとこう書いてある。
『今週の運勢』
(そういえば子どもの頃、母さんの雑誌の占い欄を、こっそり見ていたなぁ)
懐かしい記憶が、妙に温かい感触とともに蘇る。
「どれどれ」
自分の星座「かに座」の欄に、視線を走らせる。一日ずっと家の中で閉じ籠ろうとしている人間が、今週の運勢に興味があるというのも変な話ではあるが。
『金運 かなり悪いです。無理な出費は控えましょう』
(マジかよ。ま、オレにはそんな出費する金もないけどな)
『恋愛運 最悪です。出会いなど、夢また夢』
(……。確かにニートだけどさ、そこまで云わなくてもいいじゃん)
いつの間にか自分をニートと認めている、ヒデヒロ。
『ヒーロー運 最高の運気です。ヒーローになるなら、今です。いや、今こそ立ち上がるべき。敢えていうなら――立ち上がりやがれ、この野郎!』
(…………。何だよ、これ。ヒーロー運って、意味わからんし。大体これ、女性向け雑誌だろ? それなら、ここは『ヒロイン』のはずだし、最後『この野郎』って叫んでるの、意味不明だよっ!)
最近、家にばかり閉じ籠っているせいで、頭がおかしくなったのかも知れない。ヒデヒロは、目をごしごしと擦った後、もう一度『ヒーロー運』のところを読んでみた。
間違いはなかった。
やはり、そこには意味の解らない言葉が続いている。
(………………)
黙って右手を振りかぶり、持っていた雑誌を強く床に叩きつける。
道にポイ捨てされたバナナのように、ぐしゃり、雑誌が横に広がった。
「この、バカ雑誌め!」
『この野郎』呼ばわりに『バカ雑誌』で返し、少し気がすっきりする。
「大体さ、ヒーロー運って何? それと、その命令口調、何とかしろ!」
床の上でしゅんと縮こまった『週刊 おぽちゅにてぃ』を、気の済むまでぐりぐりと踏んづけたヒデヒロは、満足げに笑みを浮かべ、自室へと戻った。
倒れこむように、ベッドに横になる。
しかし、何だろう。さっきから頭に残る、このもやもや感は――
ヒデヒロは、おちおち昼寝もできなかった。第一、いつも寝てばかりの生活だから、ちっとも眠くならないのだ。
(ヒーローになるなら、今しかない?)
もやもや感の正体は、占いに書いてあったこの言葉だった。
いつまでもずっと、彼の頭に残り続ける。悶々とした気分のまま、数時間が過ぎた。
外気温の上昇に伴い、ぐんぐんと上がり続ける、室内温度。
クーラーもかけない部屋が熱帯ジャングルの世界へと、変化していく。既に朦朧となったヒデヒロの頭の中は、歪んだ映像が揺れ動く、『夢の世界』に支配されていた。