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マスト・ヒーロー  作者: 鈴木りん
10 アイ・マスト・ビー・ア・ヒーロー
29/32

10-1

「桃井先輩、一体どうしちゃったのかしら」

「さあ? 『私が会社を何とかする』とか、訳わかんないこと叫びながら、支店長室に入って行ったけど――」

「しかも、使い物になりそうもない、ボーッとした男三人、引き連れてたわよね……」


 そんな噂が女子社員達の間で飛び交っている頃、ヒロミンはニート三人を引き連れて、支店長室に跳び込んでいた。


「えーと……。おたく、何て名前だったっけ?」 


 腕をずむりと組み、肩幅の広さに足を広げて仁王立ちしたヒロミンが、支店長に威圧感を与えるための先制ジャブを決めた。

 もう、創られたキャラに固執することなどは、ない。

 のままの、彼女である。

 すると、支店長席に座り、目一杯に背筋を後ろに反らした新支店長が素直に答えた。


「あ、はい……。今日から支店長としてお世話になる、お、岡島おかじまと申します」

「おー。そうかそうか、岡島さんね。私は、営業事務の桃井という名の、見ての通り『可愛くて優秀な』女子社員だよ。以後、よろしくな」

「あ、はい。よろしく、お、お願いします」


 強力な電気が走ったかのように、ビリリ、引きつった顔の支店長。

 その口から弱々しく繰り出された言葉を聞いたヒロミンが、満足そうに微笑んだ。


「――ところで、相談があるんだわ。こいつら三人、まとめて雇ってくれないかしら?」


 そう云って、ヒロミンが背後に控えた手下三人をにこやかに紹介した。

 未だ状況を理解していない野郎ども三人は、いかにもぎこちない、慣れない笑顔を支店長に向けて浮かべた。

 やっと彼女の云った意味が分かったらしい新任支店長が、蒼ざめた顔で慌て出す。


「えっ? いや、ちょっと、いきなりそれは無理――」

「ああん? よ・く・聞・こ・え・ま・せ・ん――のですがぁ」


 支店長の言葉を途中でさえぎったヒロミンが、右耳に右手を皿の様に当てつけ、惚けた表情をした。

 それを見たヒデヒロが怯えたように背中を震わせ、顔を蒼くした。すかさず、リーダーをなだめにかかる。


「おい、リーダー! いくらなんでも、乱暴すぎるぞ。そんな云い方だったら、雇ってもらえるものも、雇ってもらえなくなるじゃないか」


 まるで兄のような小言を云うヒデヒロに、ヒロミンが苛立つ。


「うるッさいわね! この会社は今、すんごいピンチなわけ。そんなこと、云ってる場合じゃないのッ」


(おまえがそのピンチを作ったんだろ)


 三人のニートが、心の中で美しいハーモニーを奏でた。


「も、桃井君……。今、会社がピンチで、君が愛社精神に長けているというのは十分分かりました。しかし、いきなり見ず知らずの男を、しかも三人も雇えっていうのは、ちょっとどんなもんでしょうね」


 突然現れた傍若無人の女怪獣に対して、支店長が必死の抵抗を見せる。

 だが、さすがは戦隊リーダーだ。一歩も引く構えはない。

 いきり立った彼女が支店長の首根っこを掴みそうになるのを、ヒデヒロが体を使って止める。

 一度舌打ちした彼女が、支店長の眼前10センチにまで自分の顔を迫らせる。

 その様子を、楽しそうにニヤニヤとただ見つめるだけの、あっちゃんとタケシ。


「ほぉ? 前任と違って今度の支店長はなかなか立派なことをおっしゃるようね……。でも私はね、アンタを脅している訳じゃないの」


(完全に脅してんじゃん)


 またも三人の男たちの中で、ハーモニーが生まれた。

 心の声が漏れ聞こえたのか、何故か一瞬、鬼のような形相で三人にふり返った、ヒロミン。震え上がったニートたちの体が、プルプルと小刻みに揺れた。


「私はね、支店長。この会社のピンチを乗り越えるべく有能な人材を、三人も紹介しましょう、って云ってるだけなのよ――。ほらこいつら、いかにもできそうな男、って感じしません?」


(えっ? オレたち『できる』男なの?)


 初耳とばかりにびっくりして、顔を見合わせた人のニート。

 支店長が、そんな男たちの姿をじっと見入った。その表情の中に、一瞬芽生えた期待感。だがしかし、その期待はすぐに、呆れに変わった。

 たるんだ頬に、シャツのはみ出た服装。そして、猫のように曲がった背中――。

 どこをどう見ても、『できる』男たちには見えるはずもない。その雰囲気を察したヒロミンが、ちっ、とまた舌打ちをする。


「いやいや。実はこう見えて、いつもはもうちょっとしっかりしてるんですって……。

 ほ、ほら、その大男はアツシといいまして力技なら誰にも負けませんし、そこの細長い奴はタケシといいましてなかなか頭が切れるんですよ――。で、最後の一人、あれはヒデヒロっていいまして、えーと、良いところは、えーと……」


 こそこそヒデヒロに近づいたヒロミンが、彼の耳元でこそっと囁いた。


「えーとさ、アンタ、良いとこある?」


 それを聞いたあっちゃんとタケシが、声を揃えて高笑いを始める。


「ないない! あるわけないじゃん!」


 腹を抱えて苦しそうに笑う二人の男と、呆然と立ち尽くす一人の男。

 彼らを後に残し、ヒロミンが支店長に再び近づいていく。


「――っていうことで、分かった? この三人を今すぐ、雇いなさい」


 いや、ですから――と渋る表情を見せた、支店長。

 途端に、ヒロミンの力強く握りしめられた右拳が、支店長の机の上に叩きつけられた。突然の天変地異に吹っ飛んだ、支店長の湯呑。溢れる緑茶。流れ出した緑の液体が、支店長のスーツ・スラックスの上に降り注いだ。

(あちゃー)

 悪い予感のした三人のニート達が、一斉に振り返り、逃げる体制を取った。


「うるせえな! いつまでガタガタ云ってんだ! アンタは黙って私の云うこと聞いてりゃいいんだよッ! 誰が前の支店長をクビにしたのか、わかってんのか?」


(ああ……。ついに云っちゃったよ)


 できる男たちが、そそくさと支店長室からトンズラしようとする。

 とそのとき、顔を強張らせた支店長が、裏声でコメントを発した。


「わ、わかりまひた――。そ、そこまで云うなら、や、雇いまひょう。よろひくお願ひしまふ」


 ――完全勝利。

 戦隊ヒーローのリーダーが、にんまりと満面の笑みを浮かべる。

 こうして三人の男たちは、晴れてニートを卒業したのだった。

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