9-1
「あれ? どうしちゃったの、みんな動き止まっちゃってるよ」
持ち込んだデイバッグからジャージのようなリラックスウエアを取り出し、警備員らしき男は、着替えを始めた。そこへ、彼の意味深な発言を聞きつけたヒロミンが、ピンクのパジャマのまま、ダイニングにやって来た。
「そりゃアンタ、突然やって来て名前も告げず、謎の封筒を取り出したら、誰だって動きが止まるわよ。ところで、どこなの? その書類ってのは」
肝の座った女リーダー。
彼女の目を見据えながら、あっちゃんが床の上の茶封筒を黙って指差す。
勝手に封筒の中から三つ折りになったA4の紙を取り出したヒロミンは、ガサガサ音を立てて紙を拡げ、目線を左右に走らせた。それから、ふっと溜息を吐いて目線を上げ、警備員を訝し気に睨みつけた。
「――確かにこれは、私の欲しかった書類。んで、アンタは一体、何者?」
ボサボサ頭のままのヒデヒロがいつの間にやら警備員の男子の横に座り、ヒロミンに援護射撃をするべく、じっと謎の男の横で警戒態勢を敷く。
だが、肝心のその男の飄々とした態度は変わらなかった。
どちらかというと、細長い顔。そこにある吊り上がり気味の眼を頻りに瞬いて、欧米人のように肩を竦めながら、溜息交じりに口を開いた。
「おいおい、もしかして誰もボクのこと判らないの? ボクは――」
すっかり部屋着になって寛ぎ始めた男がそう云いかけたとき、突然、あっちゃんが大声を出した。
「あーっ、わかったぁ! お前はタケシ! 昔、オイラの右腕だったタケシだろ?」
「やーっとわかったか、この薄情もん。でもボク、君の右腕だったっけ?」
にやける、闖入者。
(タケシ……だって?)(タケシ……ですって?)
ヒデヒロとヒロミンの頭の中で、呼び戻される記憶。
一瞬の後、二人の顔付きが、ぱっと同時に明るくなった。
「ああ、タケシ君! いつも青色戦士やってた、タケシ君!」
そう――彼こそが子どもの頃、皆と戦隊ヒーローごっこをしていた、青戦士のタケシ君だった。
といっても、ヒデヒロはその頃、敵怪人の役だった訳だが……。
と、急にヒロミンの顔が、暗い表情に戻った。
「でも、やっぱり全然わかんないわ。どうして私たちがその書類を捜していることがわかったの? そして、この住所も」
「本当に判らないのか? その位の簡単なことだったら、直ぐに推理できるだろうに」
「いんや、できない」
三人が、声を揃えて即答する。
「……仕方がないな。ヒントは、警備員さ。ボクは、ついさっきまで警備会社に勤めていた。そして、あるビルの警備担当者だった」
派手に頭の上に「?」マークを付ける、あっちゃんとヒロミン。瞬きすら、していない。完全に思考が止まっているようだ。
ただ一人、かくかくと小さな頷きを繰り返し、考え続けたのはヒデヒロだった。
「ふむふむ、何となく判ったぞ――。もしかして、オレとヒロミンの戦隊ヒーロー姿の写真を雑誌社にリークしたのは君なのかい?」 ヒデヒロが得意顔で云う。
「ほうほう、御名答。そうか、あの写真の片割れは君だったんだね――。じゃ、彼らに代わりに説明してあげてよ」 タケシが笑う。
会話から取り残され、馬鹿にされたような気分のヒロミンがヒデヒロの首根っこを掴み、ぶんぶんと振り回し始めた。
「ちょっとぉ、リーダーであるこの私に、早く説明しなさいってばっ」
あっちゃんとタケシが止めに入り、ヒデヒロは危く命拾いをした。
「お、おまえな、リーダーなら、もうちょっと隊員には優しくしろよ……。
つまり、こういうことだよ。タケシは警備会社に就職していて、ヒロミンの会社のあるビルの担当だった。ある日、警備の仕事で夜中に映像を確認していると、ヒーロー戦隊の格好をした『謎の二人組』がオフィスに現れた。それで、雑誌社にその映像を『面白話』として、リークした」
「うん、そのとおり」
「しかし、その映像での動きが、何かしら引っ掛かる。特に、ピンクの女の方。子どもの頃に、同じような動きを見たことがある気がした」
「おお、そうだよ。そのとおり!」
「そしてある日、勤務中に懐かしいヒロミンの姿を見かける。直感で、あの女戦士はヒロミンじゃないかと考えるようになった」
「ふむふむ」
「彼女に声をかけようと思っていた矢先。支店長たちが、警備室におしかけて来た」
「そうそう」
「幼友達のヒロミンとその一味がピンチになったと考えた君は、警備員の立場を利用して、社員が出社前の会社内を探り、その文書とヒロミンの住所を見つけ出した」
ヒデヒロの推理を聴いたタケシが、大袈裟に頷く。
「おお、素晴らしいね! ま、そんなところだ。
その文書はね、君たちが支店長室を荒らし回っているのを見て、その部屋に何かがあると思ったのさ。そして、君たちが去った支店長室を探ったら、簡単に、ソファーの下にあるその文書を見つけだすことができたんだよ。
それからね、君の会社、セキュリティ甘いよ。総務課に行ったら、社員名簿がどんと誰かの机の上にあがってた。それで、簡単にここの住所が判った。
それにしても、あの弱かったいつも怪人役ばかりのヒデヒロ君が、こんな立派なヒーローになるまでに成長してくれて、ボクは心からうれしいよ、うんうん」
そっと涙を拭う振りをする、タケシ。
「でも、『さっきまで』っていうのはどういうこと?」ヒロミンの追求は、終わらない。
「朝に辞表を出したからさ。おたくの支店長たちがビルの監視モニタを見るために夜勤のボクのところに来て以来、ボクはヒロミンとその一派に助力できないかと考えていた。文書を手に入れたボクは会社を辞め、その足でここに来たって訳」
「でもさ、会社を辞めたのなら、その制服――盗んできちゃったってことでしょ? まずいわよ」
自分が制服泥棒であったことも忘れ、ヒロミンがタケシを責める。
「ま、硬いこといいっこなし。そのうち、必ず返すからさ――。で、当然、ボクも戦隊の仲間に入れてくれるんでしょ?」
ニートがまた一人、この部屋の住人に加わった。