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マスト・ヒーロー  作者: 鈴木りん
8 落胆のヒーローたち
25/32

8-3

 翌朝。

 もうかなりの陽の高さだというのに、この家の女主人とその手下ニートの一人は、なかなか起きあがろうとはしなかった。


「おい! もう、とっくに朝だぞ、起きろよ。……ヒロミンも会社に行く時間だろ?」


 そういえば昨日は硬い床で寝たな――

 そんなことを思い出させるのに十分な鈍痛を腰に感じながら、あっちゃんが云った。


「今日は、会社行かない」


 引き戸の向こうから、布団を被ったまま発言したらしい、こもった声がした。

 まさに、天岩戸あまのいわと状態だ。


「ナニ云ってんだよ! 今日、会社行かなかったら、昨日の風呂屋の一件、お前がその一味だと支店長に教えてしまうようなものじゃないか! いつも通りの顔つきで出社するのが、大事なんだよ!」

「……」


 ぐうの音も出ないのか、うんともすんとも返事がない。


「おい、聞いてんのかよっ」


 あっちゃんが、そう云って引き戸をガラリと開けた瞬間だった。

 部屋の奥にあった、あらん限りのぬいぐるみや小物グッズの雨あられが、彼を襲ったのだ。


「勝手に入ってこないでよね!」


 怒る、ヒロミン。

 ぐはっ、という喘ぎ声を残し、あっちゃんが膝をがっくりと折った。

 彼の前頭部に直撃したのは、ルービックキューブだった。しかも、かど。額からは、うっすらと血がにじんでいた。


「……もういいよ。お前らにはもう、期待しない。あとは、オイラだけでやるさ」

「だって戦闘服がないんだぜ……。もう、ヒーローごっこも終わりじゃないか」

「そうよ! あの服がないなら、もう無理よっ!」


 部屋の隅で毛布に包まったヒデヒロがぽそり呟くと、ヒロミンもそれに同意した。


「くっそお……。昨日までの勢いは何処行っちまったんだよ――。もう、どうなっても知らないからな!」


 万策尽きた、とばかりにあっちゃんが硬い床に倒れ込んだときだった。

 ぴんぽーん。

 玄関先の呼び鈴が鳴った。だがしかし、誰も出ようとしない。


「……誰か出てよ」


 二人の手下は、黙ったまま動かなかった。

 ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽん。

 来客は、どうしても出て来いと、呼び鈴を押し続ける。


「ああ、うるせえな!」


 仕方なく玄関へと向かう、あっちゃん。がちゃりとドアを開ける。


「どちらさんで?」


 一瞬、顔が強張った、赤シャツ男。

 ――それもそのはずだった。彼の目の前に立っていたのは、警察っぽい青い制服に身を固めた、若い男だったのだから。


(警察だ、逃げろ!)


 あっちゃんの必死のアイ・コンタクトは、やる気無し無しの衣装泥棒の二人には当然ながら、届かなかった。


「いや、あの、そのぉ、えーとですね――」


 慌てふためくあっちゃんの脳内に燦然と輝く、「衣装泥棒」の言葉。そんな彼には御構いなく、制服の男がドアの内側に割り込んでくる。


「心配しないで。ほら、この服良く見てよ! ボクは警察じゃない。ただの警備員だよ。夜勤明けで疲れてるんだ」

「へ?」


 安堵の表情を浮かべて力なく崩れたあっちゃんの横を制服男が通り過ぎ、フローリングの床の上に座る。


「あん? どうした?」

「おお、君もか! まさか君たち二人とも、ここに居るとは思わなかったよ」


 毛布の隙間から寝ぼけ顔を突き出したヒデヒロを見た警備員が、驚きの声を発しながら帽子を脱ぎ、上着のボタンを外しにかかる。

 勝手にリラックスムードに入った彼に、あっちゃんが訊ねた。


「ええと……。あなた、どちらさん?」

「…………」


 朝の闖入者である警備員は、その質問には答えずに、胸ポケットから折り畳まれた茶色の封筒を取り出した。


「君たちの欲しがっていた書類は、これだろ?」


 あまりの突然の出来事に、動きが止まった部屋の中。

 沈黙の時間が、しばらく続いたのだった。

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