8-1
半裸の一組の男女と運転手の男を乗せ、自称「燃える男の赤」で塗装されたそのエコカーは、夜の街を静かに走り抜けていた。
「…………」
車内で続く、沈黙。それは、当然だった。
多少の事情は分かっているらしい運転手の赤シャツ男が口を開かない限り、ヒデヒロとヒロミンの二人にとっては、自分たちが何故今この車に乗っているのかさえ、分からないのだから。
小気味良いハンドルさばきで、滑るように車を走らせる、謎の男。終いには、御機嫌モードになって口笛まで吹き始める。
痺れを切らした戦隊のリーダー、ヒロミンが、会話の口火を切った。
「あのお……ちょっといいですか?」
「何ですかな? お嬢さん」
テノールの低音とともに気取った調子で答えた、運転手。
後部座席から声を出したヒロミンであったが、怖気づいてその後が続かない。
(後は、アンタが訊きなさいよ)
(何でだよ、またオレかよ)
アイ・コンタクトの会話の中、痺れを切らしたヒロミンがヒデヒロの脇腹を小突きだした。一度彼女を睨みつけたヒデヒロは、観念した表情で質問を繰り出す。
「あのぉ、えーっとぉ、単刀直入にお訊きします……。
テメェは一体、誰だ? 敵の味方じゃねえのか? それに、どうしてオレたちの名前を知ってやがる?」
喉を鳴らし、頻りと頷いたヒロミン。
人生初とも云っていいハードボイルド的な言葉を使ってしまったヒデヒロは、ちょっと後悔した。ハートのドキドキが、止まらない。
「えーっ!」
と、ソフトモヒカンの男は素っ頓狂な叫び声をあげて、急ブレーキを踏んだのだ。
車が、壮絶なタイヤ摩擦音とともに、道の脇に停まる。
そんな突然の停車に、ヒロミンとヒデヒロはバスタオルも外れんばかりの勢いで、がっくりと前のめりになる。あともう少しで、頭を魂ごと何処かに持って行かれそうだった。
ヒロミンが歯を剥き出しにして、抗議する。
「ちょっと、危ないじゃない!」
「マジで? ホント、オイラのこと判らないの?」
彼女の抗議など気にも留めない感じでルームライトを点灯させた運転手は、後部座席の二人にまじまじと自分の顔を晒した。
(ん? このとぼけた顔のつくり……。そして自分を『オイラ』て呼ぶ奴って――)
バスタオルの二人が、目をぱちくりとさせて、顔を見合わせた。
「ああッ! お前はアツシ、『あっちゃん』だな!」
ヒデヒロが、叫んだ。
彼とほぼ同時に思い出したらしいヒロミンが、大きく頷く。
そう――
彼こそは、ヒデヒロとヒロミンの幼友達の一人であり、遊びでは戦隊ヒーローの赤を演じていた、ガキ大将の『あっちゃん』なのだった。
「ちっくしょう、やっと気付いたか。遅いぞ! オイラなんか、お前らが脱衣所で衣服を脱いでいた時に、体のつくりを見てちゃんと思い出したんだからな」
「そ、そうだったのね、ゴメンなさ――て、アンタ、私の着替え見てたの?」
あっちゃんことアツシが、惚けたように口笛を吹いてごまかす。
ヒロミンの猛抗議の中、彼はウインカーを右に出し、車道へと戻る合図をした。
「とりあえず、秘密基地の場所を教えろ」
ヒロミンが抗議にくたびれて黙りかけると、あっちゃんが云った。
「秘密基地ィ?」 ヒデヒロが素っ頓狂な声をあげる。
「ああ、秘密基地だ。当然だろ? ヒーロー戦隊の居場所は、昔から秘密基地と決まってるんだからな」 したり顔の、あっちゃん。
「ああ……そうか!」 ヒデヒロが、ぽんと手を叩いて、納得する。そして、自分が居候している、ヒロミンのアパートの住所を教えた。
「ちょ、ちょっとぉ! 勝手に私のアパートの住所教えないでよ!」
ちっちっち――
人差し指を左右に振りながら、あっちゃんが口を鳴らした。
「今日からオイラも戦隊の仲間。気遣いは無用だぜ」
キキキキと音を立て、真っ赤な完熟トマトが急加速。あっちゃんセレクトの御機嫌なサウンドを車内に満たすと、ヒロミンのアパート目掛けて、それは突進していった。