表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マスト・ヒーロー  作者: 鈴木りん
7 戦闘 in 銭湯
21/32

7-2

 敵の秘密を暴くべくヒデヒロが跳び込んだのは、もちろん男性用の脱衣所だった。

 一応は罠を恐れて、おっかなびっくりと辺りを見回してみる。

 けれど、今この銭湯には、自分たちしかいない、つまりは貸し切り状態のようだった。物音、ひとつしないのだ。耳がジンとなるくらいの。

 まあ、それはそうである。

 街中に、そんな何人ものヒーローがいる筈もない。


 そんな状況に安心したヒデヒロは、ヒーローの戦闘服のまま、ロッカーをひとつひとつ、調べ始めた。

 ひとり、あくせくと働き出した緑の男。


「くそっ、何処にもないな」


 やがて、男湯の脱衣所のロッカーを大方調べ終えたヒデヒロは、ヒーローのスーツの中で汗だくになっている自分に気付いたのだった。


「風呂、入りてぇ……」


 彼の口から、勝手に言葉が漏れ出した。

 と同時に、相棒のヒロインが何しているのかが、妙に気になった。先ほどから、女湯の方からの気配を感じなかったからだ。


(まさかアイツ、もう既に敵の罠にハマってしまったとか――)


 心配になったヒデヒロが、番台の辺りまで戻って大声を張り上げた。


「おいっ! そっちの方、どうなんだ?」


 しかし、うんともすんとも返事はない。更に何度も、声を出してみる。

 そして、何度めの声かけの時だったか。

 ようやく、女湯の方向から聞き慣れた声が響いたのだった。


「何よ、さっきからうるっさいわね。やっと汗を流せてさっぱりしたところなんだから、邪魔しないでよッ!」

「おお。無事だったか、良かったぁ……って、お前、もう風呂に入ってるのかよ! こっちは汗だくになって捜し回ってるっていうのに、汚ねぇぞ!」

「汚くないわ、洗ったばっかりなんだから! それに、汗だくになった女が風呂を目の前にして入らない方が、よっぽど汚いでしょ?」

「いや、そっちの汚さじゃなくてさ……」


(くっそお……)


 結局、彼女は脱衣所に入った瞬間、その強大なまでの風呂の魅力に負け、目的も忘れて風呂場に直行してしまったようだ。

 握りこぶしをぎりりと固め、ヒデヒロが物思いに耽る。


(こんなことでいいのか? 正義の味方ともあろうものが、こんなことで!)


 しかし、その直後に彼が取った行動――それは、誰が見ても、非常に分かり易いものだった。

 無言で脱衣所の真ん中あたりに移動していった彼は、おもむろにヘルメットを脱ぎだしたのだ。


(ま、リーダーが入ったんなら、一般隊員のオレが入って悪いこともないよな)


 その論理に気付くのが遅かった――

 そんな勢いで棚の籠に『ヒーローの魂』ともいえるヘルメットをさっさと脱ぎ置き、スーツの背中チャックを荒々しく開けていく。

 やがて生まれたときの姿になったヒデヒロは、浴場の入り口のアルミサッシのドアを勢いよく水平に動かし、洗い場に躍り出たのだった。


「うひょっほーい!」


 誰もいない浴槽に勢いよく尻から跳びこみ、雄叫びをあげる。就職活動以来、こんなに解放された気分は初めてだった。


「いい湯だぜ」


 アパートの狭いユニットバスを借り、軽くシャワーで済ましてばかりの、最近の日々。そのせいもあったのだろう――。

 子どもの頃からしつけられ、今までは頑なに守って来た禁止事項、「浴槽泳ぎ」を行ってしまった、ヒデヒロ。

 まさしくそれは、人生における、掟破り。暴挙とも云えた。


「イナズマ・クロール!」


 謎の奇声を発しながら気持良く浴槽の魚と化していた、そのとき。

 二人の行動を確認し終え、男湯と女湯の脱衣所にそれぞれ近づいて行く男の姿が、二つあった。

 男湯にいるのは、痩せたイケ好かない男。どうやらそれは、デパート担当者の今田だった。一方、女湯に向かったのは、ヒーローショーの親方で、まるで筋肉の塊のような工藤社長だ。

 二人は音を立てないよう注意して、脱衣籠の中に収まった久しぶりに見るヒーロー・スーツを、そっと手で持ち上げた。


「こちら、今田。ブツはゲットしました!」


 口元の小型マイクに、今田がぼそっと声を出す。耳には小型イヤホンが嵌められており、無線トランシーバでの会話らしい。


「……了解。工藤さん、そっちは?」


 番台横で今田の報告をイヤホンで聞き、にやり、ほくそ笑んだのは山口支店長だった。


「こちら、工藤。こっちもバッチリです」


 工藤社長が、すかさず応答。

 とそのとき、社長のいる女湯側の脱衣所では、やや調子外れの鼻歌が浴場から聞こえてきたのだった。


(もうすぐ捕まるとも知らず、呑気な女だ)


 もう少しで吹き出しそうになるのを、口を押えて必死に我慢する。

 と、同時にニヤついたのが、番台下に構える山口支店長だった。


「ふっ……。とんだ、間抜けヒーローどもだぜ」


 彼は、「ご苦労さん。もう帰っていいぞ」と番台に座った赤シャツの男に言い渡し、金の入った封筒を胸の内ポケットから取り出して、その男に渡した。

 軽く会釈して、赤シャツが番台を降りる。

 すぐさま、外に出るように目で追い払った、支店長。赤シャツは封筒の中身を軽く確認すると、何も云わずに玄関からそっと出て行った。


 と、そのとき脱衣所から帰って来た、二人の男。

 ピンクとグリーンのヒーロースーツを手にし、やたらと肩で風を切った動きを見せる。自慢気な気持ちを、隠しきれていないのだ。


「ウチが金を出して貸し切ったから、この作戦が可能だったんですよ。あなたたちの目的は果たされました……。さあ、ここからは『ウチの』目的のために、協力してもらいますからね!」


 二人を上回るやたらとエラそうな態度に、二人は委縮する。

「わかってますって」 不承不承に頷く、工藤社長。

「ええ、もちろん協力しますよ」 眉毛をぴくぴくさせ、答える今田。

 二人は、女湯と男湯、それぞれの持ち場へと再び散っていった。


「ああーっ、いいお湯だったあ」


 ヒデヒロが、脱衣場へとすっぽんぽんで出て行こうとする。

 が、サッシのドアを開けた途端、スーツ姿の若い男が両手を広げ、彼の行く手を阻んでいるのが見えた。


「さあ、大人しく捕まってもらおうか。いつかのバイト君」

「あんたは、いつかのデパートの担当者!」


 すっぽんぽんのまま仁王立ちになりながら、今田の顔を想い出したヒデヒロ。


(そうか! この無料イベントはコスプレ服を取り戻すための策略だったのか!)


 ふてぶてしい笑いとともに、丸腰――いや、丸裸の男に、今田が襲いかかる。


「ヒロミン! やっぱり罠だぞ! 逃げろ!」


 隣の女湯に届けとばかりに、あらんかぎりの力を振り絞って、ヒデヒロは大声を張り上げたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ