6-3
「そ、そ、そ、そうね。そ、そ、そんなこと、私にも当然、わかってたわよ。――で、後はどうすればいいの?」
ええ?
驚きの表情をマスクの下に隠しながら、緑色の衣装を全身に身に着けた男が、肩をすくめた。
「いいから、早く教えなさいっ」
乱暴に首根っこを掴み、ギュウギュウと喉を絞りあげる、コスプレ女。うげっ、と苦し気な声をあげるヒデヒロを見て、ようやくそこから、手を外した。
「オイ、コラ! シャレになんないぞ! ホント、死ぬかと思った……」
「アンタの事はいいから、早く」
「ちぇ、お前ってホント、涙が出るくらい優しいな。……後は簡単だろ? 順番は当然、ヒーローたちの順番に並べればいいのさ」
――ん?
一瞬考える素振りを見せた後、彼女はまるで名探偵の推理を聞いたときの捜査担当警部のような仕草で、ポンと両手を叩いて音を出し、納得のポーズをした。
「そうか、後はヒーローたちの序列で数字を並べればいいのね?」
「序列って云われると、なんか悔しいんだけどね……」
ヒーローたちの序列――そう、正義の味方にも順番はあったのだ。
悪と立ち向かうシーンでは、伝説的戦隊ヒーローが画面に現れる順番はいつも決まっている。
赤、青、黄、桃、緑。
「じゃあ、あの順番で数字を並べると……」
ヒロミンは秘密金庫の鍵の数字を、回転ツマミを動かして、並べ換え始めた。
2、5、4、6、3
すると、金庫の扉はガチャリと盛大な音を部屋中に響かせて、喉をゴクリと鳴らす二人の目前で、ゆらり、その重い体を横にスライドさせた。
「………………」
「………………」
ヘルメット越しに眼を合わせた、二人。
「えーと、こんな簡単な謎で金庫が開いちゃうなんて、この世知辛い世の中で、あり得るんですかね?」
訝しがるヒデヒロの横で、ヒロミンが金庫の中に手を入れる。そこには、二つ折りにされたA4用紙が一枚、ぽつんと置かれていた。
「何で、これだけなのよ!?」
震える手で紙を掴むと、ヒデヒロの照らす懐中電灯の明かりの中でそれを広げる。そこには、素っ気なくワープロで横書きに印字された文字列が並んでいた。
『お前たちが嗅ぎまわっている秘密――知りたければ、「夢の湯」まで来い。すべては、ひとつのコインロッカーの中にある』
「夢の湯、って何だろう?」
「この近くにあるのよ。昔ながらの、銭湯がね」
「近くの銭湯だって? だったら、どう考えたってこれは罠だろ! オレたちがそこへ行ったら、直ぐに捕まるのがオチだぜ!」
緑色の戦士は、バタバタと両足を動かして地団太を踏んだ。すかさず、桃色のヒロインが右足で薙ぎ払う。
一瞬、宙を浮いたヒデヒロの体が床に落ち、尻餅をついた形になる。ヒデヒロが恐る恐る見上げると、そこには仁王立ちしたコスプレ女が一人いた。
「そんなこと、わかってるわ! でも正義の味方には、罠だと分かっていても向かわねばならない、そんなときが必ずあるものでしょ!」
昔テレビで聞いたことあるような無いような、そんなありふれたピンクヒロインの一喝が、まるで枝から滑って落ちたドジな芋虫のような姿の緑色のヘタレ・ヒーローの心を、意外にも鷲掴みにした。
(そ、そのとおりだぜ……。
カレーが大好きで、それを餌にされて悪に捕らわれた黄色ヒーローを、罠と分かりつつ、単身、彼を救いに行った、そんな赤ヒーローの伝説話があったっけ……)
一人、勝手に感動に打ち震える、その男。
立ち上がって相棒の手を乱暴に取ると、ぶるんぶるん、腕が抜けそうなくらい上下に振りながら、こう云った。
「わ、わかった! 今すぐ、銭湯に向かおう!」
「え、ええ……。そうね、直ぐに行きましょう! でも不思議よね……私たちが捜しているモノが何なのか、どうして判ったのかしら?」
「ん? まあ、そんなこと、どうでもいいんじゃない? ヒーローには理屈抜きで行かねばならない時があるんだろ? 細かいことは気にするなよ」
「そ、そうね! とにかく行っちゃおう!」
二人は、丘の上のラベンダー畑に向かうカップルのように、手を取って楽し気なステップを踏みながら、支店長室を後にした。
――一方、ここはビルの地下にある、警備室。
そこには、支店長室を出て行く二人の曲者の姿を暗視カメラ画像で確認した、三人の人物があった。隣では、警備会社の人間らしき制服を着た若い男が、監視モニタを操作している。
「警備員さん、ご苦労さん」
「はっ」
三人の中心位置で足を組んで椅子に座り、踏ん反り返るように顎を上げた優男風の人物が労をねぎらうと、警備員の男は立ち上がって、ぎこちなく敬礼した。
それを満足げに頷いた彼が、続いて口を開く。
「……作戦、第二フェーズに移行」
「らじゃーっ」
彼の横で立つ、プロレスラーのように恰幅の良い大男と雪原を歩く狐を思わせるような痩せた小男の二人が、返した掌を額に当てる。
まるで、悪の秘密結社――。
そんな雰囲気を漂わせた三人は、それぞれの口元を押し広げ、にやりと笑った。