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「失礼しまーす」
お盆を抱えた事務員――桃田裕美――が支店長室に入ると、先程の来客二人が、応接のソファーに座り、向かい合った山口支店長の前で、一冊の雑誌を広げているところだった。
(あれは、ヒデヒロが買ってきた写真雑誌!)
そう。紛れもなくそれは、昨晩見た、あの雑誌に間違いなかった。
「お茶、お持ちしました」
彼らがちらりとヒロミンを見遣る。しかし、特別なリアクションは無い。
一度彼らに遠目で顔を見られているものの、彼らが自分のことを覚えていないであろうことを、ヒロミンは確信する。
「これ、御社のことですよね? 雑誌の編集者に強引に訊き出したんですけど」
工藤社長が、その厳つい体を揺らして支店長に迫る。横で頷くのは、キザ眼鏡のデパート野郎だ。
「え? まあ……その……。ええ、まあ」
鉛色の表情で、渋々認める支店長。
と同時に、自分の横に立つヒロミンの姿に気付く。湯呑を並べ終わってもなかなか帰ろうとしない彼女を、諌め始めた。
「ん? 総務課にお茶を頼んだはずなんだが……。まあ、いいや。桃井君、ありがとう。用が済んだら、下がりなさい」
「あ、すみません。では、失礼します」
恭しく頭を下げると体の向きを変え、つかつかと歩き出す。
が、そう簡単にこの部屋から彼女が去る訳がない。
入口のドアと応接の間にパーテーションがあるのを利用し、そこに身を潜ませる。ドアノブを持ってドアを一度開け、すぐにそのまま、バタンと閉めた。つまり、自分が部屋を出て行ったように、音で錯覚させたのだ。
しゃがむような姿勢で息を殺し、会話を盗み聞く。
「今日、御社にお伺いいたしましたのは。真にこの衣装の件なんです。写真で見る限り、ちょっと前に私どもの戦隊ショーで盗まれた衣装とすごく似ている――いや、同じ物と思われまして」
「盗んだのは、その日初めて来たバイトとその彼女らしき女だったんです。まったく、図々しいったら、ありゃしない」
ややしゃがれた工藤社長の声に続き、ややトーンの高いキザ眼鏡の声がする。
すると、山口支店長が、一瞬の間を置いて、話を進めた。
「……ほお。では、そのバイトに連絡を取れば、話は済むことじゃありませんか?」
「それがそのお……。ウチのスタッフが、そのバイトの連絡先をうっかり失くしてしまいましてね。それ以来、行方知れずなんですよ」
「ふむ、なるほど。そこで手前どもと協力し、そのふてぶてしい輩どもを捕まえよう――まあ、そういうことですな?」
「まあ、そういうことです!」
力強い工藤社長の返事に、支店長も頷かざるを得ないようだ。
「わかりました。では、協力いたしましょう。実を申しますと、社名は公表されていないとはいえ、こんな記事が世に出てしまって私共も困っていたところなのです。まだ、何も盗まれてはいないのですがね」
「本当に? 本当に何も盗まれていないので?」
「いや、本当なんですよ。だから、コヤツらの目的が判らなくて困っているのです」
怪しがるキザ眼鏡の質問に、支店長がきっぱりと答える。パーテーション越しに、支店長の大袈裟な身振りが見えた。
「まあ、とにかく、ここは協力してやっていきましょうか。ところで、私に一つ考えがあります。こんな感じで、如何でしょう?」
支店長がそう云った後、急に双方の話し声が小さくなる。
ヒロミンには、もう「ごにょごにょ」程度にしか、聞こえない。
(こりゃとにかく、やばいことになったわね――)
題の大人が額を擦り合わせ、密談。
そんな中、ヒロミンは音も立てずにドアを開けると慎重にドアを閉め、自分の事務机へと戻って行った。