5-2
それから、何日かが過ぎた。
夕方過ぎの、ヒロミンのアパート。
会社から帰宅した彼女を、無精ヒゲを盛大に伸ばしたヒデヒロが、何やら興奮気味に待ち受けていた。珍しく今日は外出したらしく、コンビニ袋から一冊の写真週刊誌を取り出して、ばさり、と問題のページを開く。
「おい、大変だぞ! 見てみろよ、オレたちのこと雑誌に出てる」
「え、何よ? ……うわ、やばっ! ばっちり写真まで出てるじゃない!」
雑誌を手に取り、憤慨するヒロミン。
どうやら、会社の誰かが雑誌社にリークしたらしい。
監視カメラのカラー映像の写真が数ページにわたり、デカデカと載っていた。グリーンとピンクの二色だけの戦隊ヒーローが、まるでコソ泥のように、社内を嗅ぎまわっている。
最後の数枚の写真がまた、傑作だった。
ピンクが手際の悪いグリーンヒーローを叱りつけ小突きまわしている様子が、ありありと窺える内容なのだ。
ふんぬう――
息を荒くしたヒロミンが、文章を読み上げていく。
『哀れ! 堕ちた戦隊ヒーロー 泥棒稼業に身をやつす』
『ヒーロー界の姉さん女房? もしくは鬼嫁?』
だははっ!
吹き出した彼を鬼の形相で睨みつけ、渾身の力を込めてヒロミンが雑誌を破りちぎる。残念そうに、ヒデヒロが散り散りになった雑誌の破片を集めた。
「あーあ。何も破くことないじゃん」
「そんなもの、捨てておしまい!」
その昔流行った、時間がボカンしてしまう伝説のアニメシリーズ。悪の三人組の女リーダーのような口調で、ヒロミンが一喝する。
(これはもう、悠長にしていられないわ)
泣く泣く紙片をゴミ箱へと入れるヒデヒロの背中を眺めながら、ヒロミンは思った。
――次の日の午後。
朝から戦隊ヒーローの噂話で持ちきりな岡本商事に、見慣れない来客があった。
そのとき、課長に頼まれたお茶を淹れようと給湯室に入ろうとしたヒロミンは、支店長室へと向かう二人の男たちと、たまたま廊下ですれ違ったのだ。
(なんかこいつら、見たことあるような――)
課長のお茶をこぽこぽ、いつもながら適当に急須から湯呑に注ぐ。
(まったく、お茶ぐらい自分で淹れろってのよ……。今時、こんな会社珍しいわよね)
と、そのとき、彼女の瞳がピカリと輝いた。
(あ、分かった! アイツら、ヒデヒロがトンズラしたヒーロー戦隊ショーのイベント会社の社長とデパートの担当者じゃん!)
彼らの正体を不意に思い出した、ヒロミン。
課長の湯呑から、お茶が溢れ出す。
(でも、どうしてここに?)
凍りついた、ヒロミンの表情。
その間にもお茶は止めどなく溢れていき、遂には急須の蓋までが、課長の湯呑に注がれた。散らばる、お茶ッ葉。
「きゃっ、裕美さん何してるんです?」
新たに給湯室に入って来た総務課の後輩女子社員が、まるで藻の生えた小学校のプールのようになった給湯室を見て、驚きの声をあげる。
「ちょっとあんた、もしかして支店長室にお茶を運ぶの?」
「そ、そうです……けど」
鬼気迫るヒロミンのオーラに、後輩は慄きながら後ずさる。
「それ、私がやるわ。あんた、ここ片付けといて!」
ちゃっちゃとお茶の入ったお客様用の湯呑を三つ用意したヒロミンは、それらをお盆に載せて、給湯室をそそくさと出て行った。
「ちょっと! 桃井先輩、困ります!」
その声は、先輩女子社員の耳には届かなかった。
(先輩って、あんなキャラだったっけ?)
緑色の液体で覆われた給湯室の流し台を雑巾で拭きながら、後輩社員は人知れずそう思った。