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マスト・ヒーロー  作者: 鈴木りん
5 ヒロインたちの戦い
14/32

5-1

「いつまでも寝てないで、そろそろ起きたら? まあ、いいか……。それじゃあ、『また』会社に行ってくるからね!」

「いっらっしゃー(行ってらっしゃい)」


 爽やかな陽射しの降り注ぐ、朝。

 フローリングの床に敷いた布団に包まりながら、寝ぼけまなこのヒデヒロが意気揚々と出社するヒロミンを見送る。

 それは、まるで巷の夫婦がやる、毎日の通常ルーチン作業のようだった。


 けれど、その日の会社は、通常いつもと少し違う雰囲気。

 朝から、妙な噂で持ちきりなのだ。


「うちの会社に夜な夜なヒーローが現れるらしいよ。昨日も、監視カメラに写ってたって」

「ヒーロー? はあ? 何よ、それ」

「ほら、子どもの頃とか見なかった? 5人くらいで赤とか黄とかの色のスーツ着て、寄ってたかって悪物をやっつける、戦隊ヒーロー」

「ああ、あれね。ま、私は月にお仕置きするヒロインの方が好きだったけどね……。でも、どうしてそんなのがうちの会社に?」

「さあ……。そんなの、私には分からないよ」


 社内のあちこちで口の塞がらない女子社員が頻りと噂する中、廊下をヒロミンが澄まし顔で通り過ぎる。


(寄ってたかっては、余計よね。そこは、一致団結と云って欲しいわ。それに、お仕置きされるのは敵で、月じゃないし!)


 心の中で突っ込みながら、廊下を左に折れて給湯室へと向かう、ヒロミン。

 それは、上司の営業課長に「桃井君、お茶淹れて」と頼まれたからだった。

 お茶缶から出した茶葉を急須の中へと適当に突っ込み、これもまた適当に、こぽこぽとお湯を注ぎこむ。


(ま、課長あいつならこの程度のお茶でいいわよね)


 お盆にことりと湯呑を乗せ、給湯室を出ようとふり返ったその時。「その人」が、目の前に立っているのに気づいた。

 誰あろう、彼こそが目下のヒロミンの敵、山口やまぐち支店長だった。


「やあ、桃井君。元気にやってる? キミは、もう少し明るい感じでいたら、かなりカワイクなると思うんだけどねぇ……」


 歳は、四十を少し超えたくらい。

 どちらかと云えば色男の部類だが、縦縞のスーツをビシッと決めたその襟元に、目に突き刺さる鮮やかな赤色のネクタイが陣取っていた。いかにも「できるサラリーマン」的な雰囲気を、無理矢理、醸し出しているように見える。

 はっきり云って、ヒロミンの苦手なタイプの男だ。


(うっせえな、私の前にそのつら出すんじゃねえ)


 という思いが飛び出そうになった彼女だったが、当然、そんな言葉は口に出せる訳もない。


「支店長、お早う御座います。朝から貴重なアドバイスを頂けて、光栄です」

「フムフム。まあ、頑張りたまえ」


 思わずグーで殴ってしまいそうレベルの、そんな糸を引くような笑顔を残し、去って行った、支店長。その辺をのた打ち回って暴れたくなるところを、ヒロミンは、ぐっとこらえた。

 そして、何回かゆっくりと深呼吸。

 何事もなかったかのような爽やかな笑顔を伴って、課長にお茶を運ぶことに成功したのだった。


(それにしても、おかしいわ。どうして、あの書類は見つからないのかしら)


 ここ数日、ヒデヒロとヒロミンの二人は、ヒロミンの持つ会社のカギを使って深夜に忍び込み、例の書類の捜索していたのだ。

 けれど、どうしても書類が見つからない。

 そうこうしているうちに会社の監視カメラに映ってしまったため、夜な夜な現れる変質者の噂が、車内で囁かれ始めていたのだ。

 しかし会社としては特に窃盗にあった訳でもなく、奇妙ではあるが馬鹿なイタズラとして、被害届は出せずにいた。


 席に戻ったヒロミンが、鳴り続ける電話もそっちのけ、腕を組んで考える。勿論、今頃暇を持て余して床の上にごろごろと転がっているであろうヒデヒロのことなど、脳裏の片隅にも浮かばない。


(あの書類は支店長直々に、何処かに隠しているに違いないわ……。でも、このまま毎日活動すれば目立ち過ぎて会社もセキュリティ・レベルを上げてしまうだろうし、戦隊として活動できなくなくなる前に、なんとかしなければ――)


 ヒロミンは、「ヒーローは忘れたころにやって来る作戦」の決行を決意した。

 まるで、台風か地震のような扱いの作戦。

 結局は、やや時間をおいて会社の警戒が緩くなるところを突くという戦略ともいえないようなシロモノだが、彼女は意外とこの作戦にご満悦の様子だ。

 ――ふっふっふ。

 不気味な声とともに口角をあげ、彼女は引き攣り笑顔を浮かべた。


 ただ――その作戦の決行により、暫くはヒデヒロが益々の閑人ひまじんと化してしまうことだけは、間違いないようだった。

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