4-2
無理矢理の乾杯の掛け声と同時に、豪快にビールをごくりごくりと咽喉に注ぎ込む、若い女。
「かあぁ――」
オヤジのような声を絞り出した、ヒロミン。その顔は、
(こぉの一杯のために生きてるんだぁ!)
とばかり、まるで大変な仕事を苦闘の末にやり遂げたかのような、そんな満足感で満ち足りていた。
「何か、おつまみになるものなかったっけ?」
終いには飲みかけの缶ビールをガラステーブルの上に置き、辺りを探り始める始末。
とそこで、ヒデヒロがようやく話を切り出した。
「ビールを飲んでご機嫌のところ、誠に申し訳ないんですがね――『門出』って、どういう意味?」
――ゲスな質問をする男ね。
とばかり、ヒロミンがチッと舌打ちする。
「あんたねえ、いちいち説明しなくても、そこはすぐに分かりそうなものでしょ」
流し台の上の棚で見つけた「さきいか」の袋を両手で破りながら、ヒロミンが不満そうに答えた。
「全然、わかんねえよ」
ちびりちびりと舐めるように、ヒデヒロが、みみっちくビールを喉の奥へと送り込む。
「本当、バカなのね」
ヒロミンが、さきいかをテーブルの上に広げた。
すると即座に、ヒデヒロが「さきいか」に手を伸ばし、大量の本数を掴もうとした。が、ヒロミンは「めっ」と声を出し、その手をぺちんと叩き落とした。
叱られた子どものように肩を小さくしたヒデヒロが、すごすごと引き下がって、たった一本、さきいかを取る。
「つまりね……今日は新しいヒーロー戦隊の結成初日という、記念すべき日なのよ。もちろん、リーダーはピンクの私だけど」
「二人だけの戦隊? だったら当然、リーダーは緑のオレだろ」
「はあ? 何云ってんの? アンタ知らないの? 今や伝説となった、あの最初のヒーロー戦隊の色の順列は、赤、青、黄、ピンク、緑だったのよ。
新米のヒーローだった緑は、いつでもしんがり。だから当然、ピンクがリーダーになるのっ!」
(そういえば、そうだった。今日のショーでも、オレは最後……。四番目で紅一点のピンクは台詞が結構あるのに、最後列のオレにはほとんどない)
「……ちっ。お前、随分と古いことを知ってんだな」
「そのぐらい、基本中の基本よ」
がっくりと肩を落としたヒデヒロが、負け犬の台詞とともに負け犬の目でヒロミンを見る。
「ふふっ、やっと認めたようね。じゃ、リーダーはピンクの私ということで」
「くそっ、分かったよ……。でも、どうして今、ヒーロー戦隊の結成が必要なんだ?」
「ああ、そのこと?」
早くも二本目の缶ビールに手を掛けたヒロミンが、ぷしゅっとやって、語り出す。
「それはねぇ――」
ビールを潤滑油にして語られる、最近の会社での出来事。怪しい書類の存在――
黙って聞いていたヒデヒロが、突然、狼狽えだした。
「ちょ、ちょっと待って! お前の会社の偉い人が悪事を働いているかもしれないってのは分かった。でもさ、どうしてそれにヒーロー戦隊が関係あるわけ? ん? お、お前まさか!」
「そう、そのとおりよ。『私たち』、ヒーロー戦隊がその悪事を世に暴きだし、悪者に制裁を加えるってわけよ」
ヒロミンが、そのか細い人差指をヒデヒロに向かってビシッと突きつけた。ポニーテールが、顔の後ろでさらりと揺れる。
すると、ひんむいた眼を彼女の人差指に刺さるくらいに近づけて、ヒデヒロが声を荒げた。
「じゃ、何か? オレはオレとは全く関係ない会社の悪事を、危ない思いしてまでつきとめていくってことなのか? 冗談じゃねえよ、オレはただのニートだぜ」
「今日、バイトとはいえ、働いてたじゃない。もう、立派な社会人。ニートじゃないわ」
うーん、と唸り声をあげながら、ヒデヒロが頭を抱え込む。
「ちっくしょう、もうそれしかオレには道は残されていないのか?」
「当ったり前じゃない。この状況から、アンタが逃れる術はない」
「……」
空を見つめた彼の表情は穏やかだった。
ついに、観念したらしい。
顔をあげたまま口へと缶ビールを運んだが、しかしその中身は既に空だった。お代わりをしようと、中身のない缶をヒロミンに差し出す。
「めっ」
ヒロミンが、再び、ヒデヒロの手をぱちりと叩く。
「居候に、これ以上飲ます酒はねえ」
その威厳ある語気に、仕方なくさきいかに手を伸ばした、ヒデヒロ。
(世間は、ニートと居候に冷たいな)
この世の掟について、この日、身をもって学んだヒデヒロであった。