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マスト・ヒーロー  作者: 鈴木りん
4 ヒーローは、居候
11/32

4-1

「だから、まだ分からないの? 私は、桃井裕美――ヒロミンよ。子どもの頃、一緒にヒーローごっこした幼友達おさなともだちなんだって。いい加減、思い出してよッ!」


 ピンク色をしたヒーローショー用戦闘服を小脇に抱えたまま、仁王立ちする彼女。

 まだ状況が飲み込めずにリビングのローテーブル用に置かれたパステルカラーの座布団に体重を預けてぼおっと佇むヒデヒロを、桃井裕美と名乗る女が激しく叱責する。

 彼女と会ってから、数時間。

 彼にはまだ、彼女の正体が解らないままだった。

 地味な配色のワンピースに身を包んだ小顔の彼女は、やや長めの髪の毛をポニーテールにしてまとめている。ノーメイクではないが、ほとんどわからないくらいの薄化粧。


「幼友達……だって?」


 ずっと借りてきた猫状態だったヒデヒロが、初めてまじまじと彼女の顔を眺めた。

 心なしか、彼女の頬が赤くなる。


「そ、そうよ――幼友達。幼馴染おさななじみとも云うわね」


 ようやく、人間らしい表情を取り戻した、ヒデヒロ。

 それも、無理もないことだった。

 何せ戦隊ヒーローの衣装を身に着けたまま、街外れの二階建てアパートの一室に、あれよあれよと連れ込まれてしまったのだから……。


 心に余裕が芽生えたヒデヒロが、部屋を見渡す。

 部屋の装飾やぬいぐるみの数、そして物の片付き方からして、どう考えても女性の一人暮らしの部屋だった。

 つまりここは、彼女が借り、日々を過ごしている部屋ということなんだろう。


 学生時代から――いや、人生を通じて彼女のいたことのない彼にとって、若い女性の一人暮らしの部屋に入るのは、初めての経験だった。急に、背中がムズムズしだす。

(桃井裕美……ヒロミン? そういえば最近その名前、オレの夢に出てきたような気がするけど……)


 背中のムズムズをこらえながら、1DKの狭いアパートをぐるっと見渡してヒデヒロが考える。

 と、不意にその名前を、思い出した。


「ああーっ、思い出したぞ! お前、後ろ回し蹴りのヒロミンだな? あの、オトコオンナの!」

「オトコオンナは余計だッ」


 ヒロミンが、手にしたヘルメットで、ヒデヒロの頭を小突く。

「いだだっ」

 頭を押さえて痛がるヒデヒロを横目に、ヒロミンが話し出す。


「こうなった以上、あなたはヒーロー戦隊の衣装泥棒として追われる身ね。仕方ないわ、私がかくまってあげる」

「ああ、それはどうも――って、あんたが首謀者でしょ! オレはあんたのしでかした事に、巻き込まれただけなんだぜ!」


 ――それは何のこと? 

 そんな笑顔で、一瞬、頭を下げかけたヒデヒロをヒロミンが見下ろす。


「とにかく、しばらくは外に出ないでここに潜伏していることね。あんた、あのバイト先には自分の住所とか知られちゃってるんでしょ?」

「ああ、当然だよ。オレ、しばらく東京にいたんだけど、今年の春からは実家に帰って来てたんだよ。きっと、母さんの所にバイト先から問い合わせが行くだろうな……。マズイ、どうしよう!」



 血の気が引き、みるみると蒼ざめていくヒデヒロ。動悸の治まらない胸を手で押さえながら、瞳を閉じる。

 今、彼のまぶたの裏には、忌まわしき母の顔が浮かんでいた。辺りの地面を揺るがすほどの大声をだして激怒する、母の姿が――。


 背筋をブルっと震わせたヒデヒロの頬に、ヒロミンが冷蔵庫から取り出した一本の冷えた缶ビールを押しあてた。

 ばっちりと開かれた、ヒデヒロの両眼。


「うわっ、冷てえ」

「さあ、門出のお祝いよ。受け取りなさい」

「……門出?」


 何がどういうことで『門出』になるのか解らないまま、彼女の手にした缶ビールに自分の缶ビールをぶつけ合わせて、乾杯の儀式をしてしまったヒデヒロだった。

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