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出来損ないの生き損ない

作者: 唯代終

 彼と彼女が怒鳴り合いをしています。それは虐待だ、やってはいけないことだ、これ以外は方法がわからない、俺は折れる気がないなどと、たくさんの言葉を投げ合いぶつけあっています。

 私はその後ろで、彼女の後ろで、膝を抱えてただただ涙を流しておりました。

 二人が怒鳴り合っているのは全て私が原因で、私さえ存在していなければ、このようなことは起こりませんでした。

 なにが言いたいかというと、私の存在そのものが悪であり罪であり、罰なのです。

 彼と彼女の怒鳴り合いは止むことを知らないのか、延々と似たような言葉を投げつけあって、お互いを傷つけあっていました。

 私は泣き自分を守ることに必死だったので気付きませんでしたが、途中から彼女が涙を流し始めました。泣きながら「職場でも家でも、私は居心地が悪くて、嫌な思いをし続けなければいけないの?」と訴えておりました。

 彼はその言葉を聞いて押し黙り、それでもなにかを言いたげにじっと彼女の方を睨むように見つめておりました。

 かと思えば、その後ろで縮こまり泣いている私に鋭い視線を刺したかと思うと、「母が泣いているのは全部お前のせいなのだ」と口にしました。

 私は納得しました。いること、そばにいることですら、私は許されないのだと納得しました。この場にいて、うずくまり、小さくなって、口を挟まないように唇を噛み締め、ただ目から水をこぼすだけで、彼女を泣かせることができる私は、存在自体が悪なのだと納得しました。

 そこから私を思うがままに罵る彼の言葉は、全て私の中に落ちきって、納得させ、より自分の凶悪さを理解するきっかけとなりました。

「大体、お前らは事あるごとに泣いて、出来事を有耶無耶にするからいけないのだ」

「こちらとて、泣きたくて泣いているわけではない」

 二人の言葉は深く納得出来ました。誰も、泣きたいときに泣けるとは限りませんし、ましてや泣きたくないと願っても涙は勝手に溢れてくるものです。それでも涙を見ている相手は不快で気持ち悪く、居心地が悪いものであります。

 そうだ、泣きたくないのであれば、笑えばいいのだ。

 その考えが浮かんでから、私はすぐに笑いました。声を上げて笑いました。口角を上げ、口元をゆるまして、頬を釣り上げて、目からは雫をこぼしたまま、一心不乱に笑いました。笑えば、私が存在することで犯してしまった罪を、少しでも洗い流せると思ったからです。

 ですがどうでしょう。「笑うな」と彼に殴られ、「おかしいことなどなにもない」と彼女に心配されました。

 どうやら私の感覚はどこか、針が鈍ってしまっているのか、感情の指針として、全く成り立っていないようでした。

 泣くのもダメ。笑うのもダメ。さて一体どうすることが成功なのでしょうか。私の頭はとてつもないほど出来が悪いので、解決策など、出すことができませんでした。なれば、泣きながら笑えばいいのかと、口角をあげたまましゃくりあげ、涙を流していれば、呆れたような溜息と視線を、彼と彼女から頂きました。とても、申し訳なく、また否定されたような心持ちになりました。




 そこからはどのような話をしたのかひどく曖昧なのですが、私が覚えている限り、私のもてる言葉を持ってして、お伝えしていこうと思っています。



 まず私は、先の怒鳴り合いの原因となった私の行動に対して謝罪しました。「昨日は起きても挨拶をしなかった挙句、体調不良を言い訳としいつまでも寝床で怠惰な態度を取り、誠に申し訳ないと思っている。すいませんでした」と、なるべく丁寧に、相手に謝罪の意が伝わるようにと言葉を選びました。

 ですがどうでしょうか。彼は「また形だけの謝罪か」と言ったのです。私は大変に傷つきましたが、それと同時に、ひどく納得しました。

 私は誰に対してもすぐに謝るという、よろしくない癖があります。相手が怒っている理由を聞いて、自分に非があると認めた上で謝罪をしているのですが、どうやらそれは彼にとって、会話を打ち切るための手段にしか見えないそうなのです。私は私の本心から謝罪を口にしておりますし、「何故」がわからない場合だんまりを決め込むのですが、彼は謝罪のみをとって、私の態度を不遜としました。

 ですがどうしろというのでしょうか。悪いと思ったら謝る。自分がいけないと思ったら謝罪する。私は間違ったことをしたなどとは全く思っていませんし、むしろ素直に謝ることができるのは美徳なのだと絶えず思っていました。(以前からお前の謝罪は「謝罪」ではないと彼に言われ続けていたのですが、直し方が分からず、私はただただ謝り続けておりました)

 謝罪も受け取ってもらえず、方法も分からず、私は途方にくれました。どうすればいいのか、皆目検討がつきませんでした。

 そこから彼はおもむろに「お前はなにが悪かったのかわかっているのか」と問うてきたので、私はすかさず「挨拶をせずにいたこと。また、その話をされた際に小学校のときに無視されたから、あなたから無視されても構わないとのたまったことだ」と答えました。満点の回答をしたと胸を張りたい気分でありましたが、彼の「違う」の一言に、私の気持ちは一気に沈んでゆきました。

 彼は先程まで怒鳴っていたとは思えないほど落ち着いた声音で「お前がお前を認めないことになによりも腹を立てたのだ」と言いました。

 意味がわかりませんでした。何故そんなどうでもいいことで怒鳴るのでしょうか。何故そんな些細な事で彼は気分を損ねたのでしょうか。私が私を認めないことなど、今に始まったことではありません。私はずっと、そのように私を批判して生きてまいりました。それのなにがいけないのか、全く持ってわかりませんでした。

 私は素直に「小学校中学校と絶えず死ね消えろと言われ続け、無視を受けてきた人間が、何故今になって自分を認めることができましょうか」と言いました。彼はすぐさま「そうではない」と言いました。何故そうではないと言ったのか、彼は説明してくれたのですが、それは私の理解を超える言葉たちで語られ、私の中身に落ちてこない内容でした。

 ただ、一点だけ。「お前が学生時代にそのような暴言を吐かれたのは、お前が無意識の態度と言動で周りを傷つけ、無意識故に相手の傷を無視してきた結果だ」と彼がはっきり口にしたのは理解出来ました。

 やはり、私が悪いのです。私が、なにも心を配らずに、思うがままに話し、行動し、生きることで、相手を傷つけ、悲しみに落とし、怒りを増幅させてしまうのですから、私の存在全てが悪であり、罪であり、生まれたことが間違いなのだとわかりました。

 私はまたそこで、「私が全て悪うございます。申し訳ありませんでした」と頭を下げれば「それをやめろと言っているのだ」と怒鳴られ、なにか固い箱のようなものを、頭に叩きつけられました。彼女はその一連の流れを見て叫び、驚き、「そんな言い方行動では、伝わるわけがないでしょう」と私を守るように前に立ちました。




 また、記憶が曖昧ですので、少々話を飛ばさしていただきましょう。




 どのような流れでそうなったのか全く分かりませんが、(正確には記憶が飛んでしまったのですが)彼は、「お前の自己否定をどうにかしてくれまいか」と言いました。「先程も言ったように私はあまりいい学生時代を過ごさなかったし、小学校の終わりからは絶対的な味方であるはずの親から否定と取れる言葉と態度しか頂いておりませんゆえ、自分を認めるという行為ほど難しいことはございません」と返しました。彼はため息とともになれば話題を替えようと口にして「お前が読んだ太宰治の人間失格。あれはなぜ大衆に支持を受けているのか分かるか」と問われました。私は不正解を口にして、また否定されるのが恐ろしかったので、さして考えもせずに「私は文学にとんと疎いので、何故支持されているのか皆目検討もつきません」と答えました。すると彼は満足気に、しかし失望感を露わにしながら、「あれは自分のことを好いていないと言いながら、好いていない自分ごと肯定し認めているからだ」と言いました。

 つまり彼は、私にそのようになれと言っているのです。自分のことを、嫌いも含めて認めろと、そう脅迫してきたのです。

 ここからでしょうか。私と「私」が入れ替わったような気がいたしました。

 彼はその他にも様々なことを言いましたが、私は全く覚えておりません。本当に覚えていないのです。なにが起こったのか分からなかったのですが、彼女が言うには、私はしっかりとした受け答えをするだけではなく、皮肉を混ぜて会話する余裕が感ぜられたと言いました。

 以下は彼女から聞いたものをなんとなく、それらしく形にしたものであります。


「正直、お前の母からお前が小説の最終選考に残ったと聞いたときは驚いたものの、その程度のレベルなのかと思った」

「ええ、そうでしょうとも。私の文章など、父様からすればゴミクズ同然でございましょう」

「そこまでのことは言っていない」

「つまり口にしないだけでその程度のことを思っておられるのでしょう? 知っていますよ、先日私の原稿を燃やし、捨てていたのを拝見しておりますゆえ」

「あれは一読したがゴミ以下だったからだ」

「ゴミ以下のものしか書けない私は、存在する価値もございません」

「誰もそこまで言っていなかろう」

「言っておりませんが、行動で示していただきました」


 終始、このようなやりとりがなされていたそうです。繰り返しますが、私は全く覚えておりません。ただ遠くから、私は「私」が会話しているのをなんとなく感じ、見ていただけに過ぎません。

 ただ、確信いたしました。私は、いらない存在であるのは変わりないのだと、革新せざるをえませんでした。

 唯一のとりえである文章で、なにか支えになれるかもしれない。これで収入が立てられれば、私はやっと親に認めてもらえるかもしれない。大嫌いで憎くてたまらない自分を、少しだけでも受け入れて向き合うことができるかもしれない。そのような希望を持って、今まで執筆を続けてまいりました。

 ですが、どうでしょうか。上記の会話がもし本当で在るならば(しつこいようですが、私は途中から記憶がありません)私は文章で名を上げようが、賞金を得ようが、ましてや彼のために作品を捧げようが所詮「そんなもの」であり、「ゴミ以下」であり、私程度に賞を与えるほど業界が停滞していると感じるというわけであります。

 それすなわち私の全ての否定であると、私は捉えました。彼の望むとおりになれない私はいらないのだと、改めてつきつけられました。




 そんなわけで。

 ただいま私は自分の気持ちを整理するためにこの文章を綴っております。

 いつの間にか刻まれていた手首の傷はすでに消毒いたしました。

 ご安心ください、切り傷ではありません。ただのミミズ腫れでございます。刃物を持って手首を裂くほど、私は「生きていたい」と望んだことはこれっぽっちもございません。

 ただただ、死にたいと、消え去りたいと、存在ごといなくなりたいと望んで願って乞うて、ここまで生きてまいりました。その思いはなにも、なにひとつとして、変化しておりません。

 では何故、そこまで思いつめながら生きているのか。

 何故でしょうか。私も疑問で仕方ありません。本当に何故まだ、呼吸を続けているのでありましょう。私も私が、理解しがたく、奇っ怪なものに思えて仕方がありません。


 ただ、あてつけのように理由をつけるとするならば。


 葬儀代の心配があるからです。私を弔ってくれるとは到底思いませんが、世間体を気にして開く可能性がございます。その場合一体如何程のお金がかかるのでしょうか。

 生活の心配があります。私の家は「三人いなければ」資金が立ちゆかず、すぐに路頭に迷ってしまうような、危うい状況かになります。それを理解していて、何故死ぬことができましょうか。

 死んだ後の評価に心配があります。死して尚迷惑にしかならないであろう自分を、彼はどう評価するでしょうか。恐らく認めてはくださいません。私は私の望みや命よりも「彼に認められるか否か」が私の中で一番の重みを持っているのです。




 最後に。

 私はまだ物語を綴っていたいからです。

 私を評価してくれる人が少なからずいます。物語を面白いと笑って読んでくれる方がいます。これはひどいと、登場人物に共感して憤ってくれる方までいます。

 私は、そんな人達のためにまだ物語を綴りたいのです。それが一番大きな生きる理由なのです。なんと滑稽で愚かしいのでしょうか。生きている理由の中に、なにひとつとして私自身のわがままがありません。つまり、そういうことなのです。私が私に下している評価は、その程度のものなのです。

 その程度な自分が綴った物語を喜んでくれる人のために捧げたい。その人達の中に、少しでも自分の影を落とし込みたい。自分勝手なわがままであります。どうしようもないほど、自己中心的な考え方であります。だから私は私が嫌いなのです。そうして、そんなこと、これを読んでいらっしゃるであろうあなたにとって、興味もなければ関係もない話でありましょう。

 それだのに、だのにあなたはここまで読んでくださった。それだけでも、嬉しくて仕方がないのです。

 段々となにが言いたいのかわからなくなってまいりました。私は頭が弱いので、私自身の言いたいこともまとめられないのでしょう。こんな拙い文章を最後まで読んでくださったことに感謝をして、この短編を結ばせていただきましょう。

 最後まで付き合ってくれて、誠にありがとうございます。




~追伸~

 書いている間に手首の傷が開いてまいりましたので、消毒液を買ってこようと思います。

 この雪の中出かけるなんて、ちょっとした冒険のようでワクワクしてまいりました。

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