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百年に一度の豪雨が毎年来ます。町を守るため、私は堤防を壊します。

作者: よみなぎ
掲載日:2026/10/14

「この堤防を、一部取り壊します」


私がそう告げると、会議室が静まり返った。


やがて、河川管理を任されている技師長のバルドが、恐る恐る口を開いた。


「……お嬢様。申し訳ありませんが、もう一度おっしゃっていただけますか」


「町の北側にある堤防です。あそこを低くして、川の水を西の平地へ逃がします」


「それは、つまり……」


「遊水地を造ります」


バルドは目を閉じた。


隣に座る財務官も、工事責任者も、誰もが難しい顔をしている。


無理もない。


私の父は、この十年間、洪水から町を守るために堤防を補強し続けてきた。


そして私は、領主代理になってわずか十二日目。


父が守り続けた堤防を壊すと言い出したのだから。


「お嬢様」


バルドが静かに言った。


「遊水地という方法は、私どもも存じております」


「ええ。知っています」


「ならば、なぜ今まで採用されなかったかも、ご存じでしょうか」


私は机の上に置かれた、古い図面に目を落とした。


そこには、父の筆跡で小さく書き込みがあった。


『次の乾季に再検討』


その文字は、七年前の日付の横に記されていた。


◇


私の父、エルンスト伯爵は、十年間ほとんど休むことなく働いてきた。


この地方には雨季と乾季がある。


昔は、雨季になっても川が多少増水する程度だったという。


大きな洪水は、祖父の時代に一度あったきり。


ところが十年ほど前から、雨の降り方が変わった。


最初は、百年に一度と言われる豪雨だった。


堤防が破れ、川沿いの畑が水没した。


父はすぐに堤防を修復し、以前より高く造り直した。


翌年は無事だった。


だが、その次の年には、また大雨が降った。


今度は別の場所で堤防が破れた。


父はそこも修復した。


橋が流されれば架け直し、道が崩れれば石を積み、家を失った領民には木材を配った。


父は決して、無能な領主ではなかった。


むしろ逆だ。


父がいなければ、この町はとっくに見捨てられていただろう。


けれど、洪水は待ってくれない。


一度の被害を片づけたころには、次の雨季が近づいている。


修復に人手を取られ、資金を使い果たし、新しい工事に着手する余裕がなくなる。


そうして十年が過ぎた。


昨年の雨季には、ついに町の南側まで水が押し寄せた。


市場が水没し、石橋が半分流され、百軒を超える家が被害を受けた。


父は自ら復旧工事を指揮した。


被災した領民への食料配給も、避難した家族の住まいの手配も、すべて確認した。


そして、最後の橋が仮復旧した翌朝。


執務室で倒れた。


医師の診断は、長年の過労による衰弱だった。


命に別状はない。


だが、少なくとも今年いっぱいは、領主として働けないという。


こうして、伯爵家の一人娘である私、アリシアが領主代理となった。


そして、最初に突きつけられた問題が、今年の雨季だった。


「お嬢様。今年も昨年と同じ雨が降れば、町は耐えられません」


就任初日、バルドはそう報告した。


「昨年の被害から、まだ復旧できていない箇所がございます。堤防も応急補修のままです」


「補強すれば、どうなりますか?」


「通常の雨季なら問題ありません。しかし、昨年と同じ規模となれば……」


彼は言葉を濁した。


私は続きを求めなかった。


窓の向こうには、屋根の修理を続ける職人たちが見える。


去年、町は辛うじて生き残った。


今年、もう一度同じことが起きれば。


おそらく、今度こそ立ち直れない。


◇


「遊水地の計画は、いつから存在するのですか?」


会議室で私が尋ねると、バルドは古い図面を広げた。


「最初に検討したのは七年前です。西の平地は周囲より低く、川の水を一時的に受け入れるのに適しております」


「広さは?」


「十分です。昨年と同程度の洪水なら、町の前を流れる水量の一部を逃がし、危険な水位を下げられると見込んでおります」


「では、なぜ造らなかったのですか?」


バルドは少し困ったように笑った。


「造らなかったのではありません。造れなかったのです」


七年前、遊水地の候補地を調査した直後に、上流の橋が流された。


橋を直さなければ、秋の収穫物を町へ運べない。


当然、橋の復旧が優先された。


翌年は、堤防の亀裂が見つかった。


その翌年には、洪水で壊れた水車の修理が必要になった。


「遊水地の工事には、大勢の人手が必要です。水を導く場所を整え、周囲に土手を築き、排水路も掘らねばなりません」


「費用もかかりますね」


「はい。それに、既存の堤防を一部低くする必要があります」


バルドは図面の一点を指した。


「ここを越えて水が流れるようにします。ただし、想定を超える豪雨になれば、遊水地も満杯になるかもしれません」


「その場合は?」


「町を守りきれない可能性があります」


彼は私の目をまっすぐ見た。


「堤防を補強したうえで洪水が起きたなら、我々は力を尽くしたと言えます。しかし、堤防を低くして洪水が起きれば、領民はこう考えるでしょう。あの堤防を壊さなければ、助かったのではないか、と」


私は頷いた。


それは当然の疑問だ。


「お父様も、そのことを心配されていたのですね」


「はい。しかし、それ以上に……」


バルドは図面の端を指で押さえた。


「旦那様には、目の前の被害を放置することができませんでした」


私は父の筆跡を見つめた。


『次の乾季に再検討』


その下には、別の年の書き込みもある。


『橋の復旧を優先』


『南側堤防の補修を優先』


『市場の再建を優先』


父は、遊水地の価値を理解していた。


それでも毎年、目の前で困っている領民を救うことを選んだ。


そして、その判断は間違っていなかった。


「お嬢様。ですが、遊水地が必要になるほどの豪雨が、今年も降るとは限りません。堤防の補強を続けるという選択肢もございます」


「ええ。降らないかもしれません」


私は頷いた。


「ですが、十年前には百年に一度と言われた大雨が、この数年で三度も降りました」


誰も答えなかった。


「去年の雨で、町は辛うじて生き残りました。橋も家も、まだ完全には直っていません。今年も同じ雨が降れば、今度こそ町は終わります」


私は一人ひとりの顔を見渡した。


「だから、今年も百年に一度の大雨が来る。その前提で行動せざるを得ません」


「……もし、降らなかったら?」


「そのときは、何事もなく雨季を終えられたことを喜びましょう」


私は机の上の図面に手を置いた。


「ですが、降ってからでは間に合わないのです」


バルドはしばらく黙っていた。


やがて、ゆっくりと頷いた。


「……おっしゃるとおりです」


「では、教えてください。今年、昨年と同じ雨が降った場合、堤防を補強する方法と遊水地を造る方法では、どちらが町を守れる見込みが高いですか?」


彼は図面を見つめた。


そして答えた。


「遊水地です」


「では、遊水地を造りましょう」


「お嬢様。しかし、失敗すれば……」


「責任は私が取ります」


バルドが息を呑んだ。


「お父様は、十年間ずっと目の前の町を守ってくださいました。だから今、私たちには、まだ守るべき町があるのです」


私は図面に手を置いた。


「今度は、来年も再来年も、この町で暮らせるようにしましょう」


◇


もちろん、決断しただけで工事が進むわけではなかった。


まず必要だったのは、土地の所有者たちとの話し合いだった。


遊水地の候補地は、町の西に広がる牧草地と農地だった。


普段は牛を放牧し、一部では麦を育てている。


そこへ洪水の水を流すのだ。


農民たちが不安を抱くのは当然だった。


「お嬢様。町を守るためだというのはわかります」


集会所で、一人の農夫が立ち上がった。


「ですが、俺たちの畑はどうなるんです? 水が入ったら作物は駄目になります」


「被害が出た場合は、領主家が補償します」


「毎年ですか?」


「毎年です」


ざわめきが広がった。


別の農夫が尋ねる。


「水が引いたあと、畑が泥だらけになったら?」


「復旧費用も領主家が負担します。排水路と土手の管理もこちらで行います」


「そんな金があるんですか?」


私は正直に答えた。


「余裕はありません」


農民たちが顔を見合わせた。


「ですが、昨年の洪水で、町の復旧にどれだけ費用がかかったか調べました。橋の修理、道路の復旧、食料の配給、家を失った方々への支援。合わせれば、遊水地の整備費用を大きく上回ります」


もちろん、毎年同じ洪水が起きるとは限らない。


遊水地を造っても、何年も使わないかもしれない。


それでも、近年の雨を考えれば、備える価値は十分にある。


「町が水没すれば、皆さんの作物を買う商人も、道具を直す職人も、いなくなってしまいます」


私は農民たちを見渡した。


「皆さんだけに犠牲をお願いするつもりはありません。町を守るために使わせていただく土地です。だから、その負担は領地全体で引き受けます」


最初に頷いたのは、年配の農夫だった。


「……去年、息子の家が流されかけましてな」


彼は静かに言った。


「畑が少し水に浸かるくらいで、あんな思いをせずに済むなら、悪い話じゃありません」


もちろん、全員がその場で賛成したわけではない。


補償額や土地の利用条件について、何度も話し合いを重ねた。


水が入る可能性の高い場所では作付けを調整し、牧草地は乾季を中心に利用することにした。


最後には、土地所有者全員との合意が成立した。


そして、工事が始まった。


◇


乾季の空の下、町の西側には大勢の人が集まった。


石工、土木職人、農夫、荷運び人。


昨年の洪水で仕事を失っていた者も、工事に加わった。


「お嬢様! 西側の土手が完成しました!」


「排水路も予定どおりです!」


報告を受けるたび、私はバルドに確認した。


「問題ありませんか?」


「はい。技術的には予定どおりです」


彼は本当に頼りになる技師長だった。


私が知らないことも、彼は知っている。


川の流れも、地盤の性質も、どの場所にどれほどの水圧がかかるかも。


だから私は、彼の仕事に口を出しすぎないようにした。


領主の仕事は、すべてを自分で考えることではない。


必要な人材に仕事を任せ、その結果に責任を持つことだ。


工事は順調に進んだ。


しかし、最後の作業だけは、町の人々も不安そうに見守っていた。


北側の堤防。


父が何度も補強してきた、町を守るための堤防だ。


その一部を、設計された高さまで削る。


「……本当に、よろしいのですね」


バルドが尋ねた。


私は頷いた。


「お願いします」


石工たちが作業を始めた。


積み重ねられた石が取り外され、堤防が少しずつ低くなっていく。


ただ壊すのではない。


水が一定の高さに達したとき、町の反対側にある遊水地へ流れるよう、石で保護した越流部を造る。


そこから水路を通じて、広い平地へ水を導く。


遊水地の周囲には土手を設け、流れ込んだ水が民家へ向かわないようにする。


雨がやんだあとは、排水路を通じて水を川へ戻す。


父が残した図面と、バルドたちの調査を基にした工事だった。


最後の石が据えられたとき、バルドが深く息を吐いた。


「完成です」


私は新しく造られた越流部を見つめた。


「ありがとうございます」


「……礼を申し上げるのは、まだ早いかもしれません」


「そうですね」


本当に成功したかどうかは、雨が降らなければわからない。


そして、その雨季はもうすぐそこまで来ていた。


◇


工事が完成して十日後。


雨季最初の大雨が降った。


朝から降り続いた雨は、夜になっても弱まらなかった。


そして翌朝、上流の村から急使が到着した。


「お嬢様! 上流では一晩中激しい雨が降り続いています! 川の水位が急上昇しています!」


私はすぐに避難の指示を出した。


遊水地が完成したからといって、洪水への備えを怠るわけにはいかない。


町の低い場所に住む人々を高台へ移し、家畜も安全な場所へ誘導する。


遊水地周辺の農民にも、あらかじめ決めていた避難場所へ移動してもらった。


そして私は、バルドとともに川を見下ろす監視所へ向かった。


雨は激しかった。


川は茶色く濁り、恐ろしい勢いで流れている。


「昨年の水位まで、あとどれくらいですか?」


「このまま増水すれば、間もなく到達します」


バルドは水位標を見つめていた。


その顔は険しい。


私は彼の隣に立った。


「怖いですか?」


「……はい」


彼は正直に答えた。


「私どもが何年も考えてきた計画です。計算もしました。工事も確認しました。ですが、実際に洪水が来ると……」


「ええ」


私も怖かった。


もし遊水地が機能しなければ。


もし想定を超える雨が降れば。


もし、私の決断が間違っていたら。


町は失われるかもしれない。


父が十年間守り続けた町が。


そのときだった。


「技師長!」


監視員が叫んだ。


「越流部に水が到達しました!」


私たちは一斉に川を見た。


茶色い水が、低く造り直した堤防の上を越え始めていた。


最初は細い流れだった。


それが次第に太くなり、勢いを増していく。


水は導水路へ流れ込み、西の平地へ向かった。


「入った……」


バルドが呟いた。


「遊水地に、水が入りました!」


だが、まだ安心はできない。


川の水位は上がり続けている。


上流から流れてくる水の量が増え続ければ、遊水地に水を逃がしても、川の水位は上がる。


そして遊水地にも限界がある。


「川の水位、まだ上昇中!」


監視員の報告が響いた。


バルドは水位標から目を離さなかった。


「西側の水位は?」


「上昇しています! 遊水地の外周土手に異常はありません!」


「よし。引き続き監視を!」


私は手すりを握りしめた。


十分が過ぎた。


二十分が過ぎた。


川は荒れ続けている。


川の水位も、まだ少しずつ上がっていた。


「……バルド」


「はい」


「遊水地がなければ、今ごろどうなっていたのでしょう」


彼は川を見つめたまま答えた。


「正確にはわかりません。ですが、あちらへ流れている水が、すべて町の前を通っていたはずです」


私は遊水地へ向かう濁流を見た。


あれほど大量の水が、もし町へ向かっていたら。


考えるだけで恐ろしかった。


さらに時間が過ぎた。


やがて、水位標を見つめていた監視員が声を上げた。


「技師長! 川の水位の上がり方が鈍くなっています!」


バルドが身を乗り出した。


「確かか!」


「はい! 先ほどまでより、明らかに遅くなっています!」


だが、彼はまだ喜ばなかった。


「観測を続けろ!」


雨は降り続いている。


川の流れも激しい。


それでも、川の水位は以前ほど上がらなくなっていた。


そして、さらにしばらくして。


「……止まった」


バルドが呟いた。


「え?」


「川の水位です。先ほどから、ほとんど変わっていません」


私は水位標を見た。


水面は激しく揺れている。


けれど、目盛りを確認している監視員たちの報告は一致していた。


川の水位は、ほぼ横ばいになっていた。


「遊水地が……」


「はい。増えた水の一部を、受け止めています」


バルドの声が震えた。


「お嬢様。計画どおりです」


そのとき、上流から新しい報告が届いた。


「上流の雨脚が弱まり始めました!」


バルドが顔を上げた。


「上流の水位は?」


「まだ高いですが、上昇は落ち着きつつあります!」


私たちは、再び川を見つめた。


すぐに水位が下がったわけではない。


上流からの水は、まだ流れてきている。


遊水地にも、次々と水が入っている。


それでも、町の堤防には余裕が残っていた。


さらに時間が過ぎたころ。


監視員が叫んだ。


「川の水位、低下を確認!」


バルドが水位標へ駆け寄った。


「もう一度確認しろ!」


「間違いありません! 下がっています!」


バルドは何度も目盛りを確かめた。


そして、私の方を振り返った。


「お嬢様!」


彼の目から、涙がこぼれた。


「守れました! 私たちの計画が、町を守りました!」


私は、思わず手すりを握りしめた。


遊水地には、まだ余裕がある。


町を守る堤防にも、十分な高さが残っている。


そして上流からは、雨が弱まり続けているという報告が届いていた。


私は川を見た。


父が十年間戦い続けてきた川。


毎年のように町を傷つけ、人々の暮らしを奪ってきた川。


その水が、今は私たちの造った遊水地へ流れている。


町へ押し寄せるはずだった水が、誰も住んでいない平地に広がっていく。


私はようやく、深く息を吐いた。


「……よかった」


それ以上の言葉は、すぐには出てこなかった。


◇


三日後、雨が上がった。


遊水地には大量の水が残っていたが、町は無事だった。


市場も、橋も、家々も。


昨年は泥水に沈んだ通りを、今年は子供たちが走っている。


商人たちは店を開き、職人たちはいつもどおり仕事を始めた。


避難していた人々も、次々と家へ戻っていった。


もちろん、遊水地にした土地では作物の被害が出た。


私は約束どおり補償金の支払いを指示し、排水と農地の復旧作業を始めさせた。


土地所有者たちには、バルドから水位と今後の作業予定を説明してもらった。


「お嬢様」


集会所で、以前話をした年配の農夫が声をかけてきた。


「うちの畑、見事に水浸しですわ」


「申し訳ありません。復旧は必ず……」


「いやいや、文句じゃありませんよ」


農夫は笑った。


「息子の家は無事でした。孫たちも、今朝から元気に走り回っとります」


そして、少し照れくさそうに頭をかいた。


「畑が水に沈んだのを見て、こんなに嬉しかったのは初めてです」


周囲の農民たちも笑った。


私も、つられて笑ってしまった。


◇


翌朝。


私は父の寝室を訪ねた。


父は寝台の上で、窓の外を眺めていた。


以前より少し痩せたけれど、顔色はよくなっている。


「アリシア」


「お父様。ご報告があります」


「雨が降ったそうだな」


「はい。昨年と同じくらいの大雨でした」


父の表情が曇った。


「……町は?」


私は微笑んだ。


「無事です」


「橋は?」


「無事です」


「市場は?」


「いつもどおり営業しています」


「民家は……?」


「洪水による浸水被害はありませんでした」


父は何も言わなかった。


ただ、私の顔をじっと見つめている。


「お父様。遊水地が、計画どおりに働いてくれました」


「……そうか。うまくいったのか」


「はい。バルドたちが、素晴らしい仕事をしてくれたんです」


私は父の手を取った。


「お父様が計画していた遊水地が、町を守ってくれたんです」


父はゆっくりと目を閉じた。


「そうか……」


長い沈黙があった。


やがて、父の頬を一筋の涙が伝った。


「……ようやく、守れたのか」


その声を聞いた瞬間、私も涙をこらえられなくなった。


「はい。守れました」


父は十年間、洪水と戦ってきた。


何度も堤防を直し、橋を架け直し、領民の暮らしを立て直してきた。


その努力がなければ、私が引き継ぐ町など残っていなかった。


「お父様」


私は父の手を強く握った。


「お父様が十年間守り続けてくださった町を、今年も守れました」


父は涙を拭いながら、小さく笑った。


「……よくやった、アリシア」


その一言が、何より嬉しかった。


窓の外から、町の鐘の音が聞こえてきた。


市場が開く時間を知らせる、いつもの鐘だ。


去年の雨季には、聞くことのできなかった音。


私は父の手を握ったまま、微笑んだ。


今日も、この町にいつもの朝がやってきた。

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