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第5話「それでも処理すれば終わりです」

---


 リピーターには、二種類ある。


 問題が解決していない、本当に困っているリピーター。

 問題が解決しても、また電話してくるリピーター。


 後者は、技術的な問題ではない。


 孤独。

 または、習慣。


 どちらにせよ、処理の方法は変わらない。


 問題を特定して、対処する。


 感情が絡んでいても、構造は同じだ。


 ——そう定義している。


「今日、取っていいですか」


 天城さんが、今日も朝から言った。


「昨日の引き継ぎ事項を先に確認してください」


「読みました」


「いつ」


「今朝、来る前に」


 一瞬、処理が止まる。


 来る前に。


 自宅で。


 業務時間外。


「……自発的に?」


「気になったので」


 評価軸の外だった。


 マニュアルの自宅学習は、研修要件に含まれていない。


「どこまで読みましたか」


「引き継ぎ案件、全部です。あと、よく来る問い合わせのパターンも少し」


「……理解度を確認します」


 三問、口頭で確認した。


 全問、正確だった。


「問題ありません」


「じゃあ今日は取っていいですか」


 また、最初に戻った。


「……緊急時のみです」


「やった」


 今日も、ガッツポーズをした。


 学習能力は、想定より高い。


 それだけだ。


 最初の着信は、十時過ぎだった。


「お電話ありがとうございます。サポート窓口の結城です」


『あ、結城さん?』


 聞き覚えのある声だった。


 履歴を確認する。


 坂本様。

 七十二歳。

 今月の接触回数、四回。

 先月、六回。

 先々月、五回。


 問い合わせ内容——毎回異なる。

 ただし、毎回軽微な内容。


 リピーター。

 孤独型、と推定。


「はい、結城です。本日はどうされましたか」


『あのね、また少し聞いてもいいかしら』


「はい、どうぞ」


『この前教えてもらった設定なんだけど、また分からなくなってしまって』


 前回の対応履歴を確認する。


 Wi-Fiのパスワード再設定。


 今回も同じ内容だった。


「はい、ご案内します。まず画面の右下の——」


『あのね、結城さんって、いつも同じ時間に出てるの?』


 業務外の質問。


「シフトによって変わります」


『そう。昨日もあなたに繋がるといいなと思って電話したんだけど、別の人だったのよ』


 接続先の指定——不可能。

 ランダム割り当て。


「担当者の指定はできない仕組みとなっております」


『そうよね……でも、あなたが一番話しやすくて』


 話しやすい。


 技術的な評価ではない。


 孤独型、確定。


「ありがとうございます。設定のご案内を続けてもよろしいでしょうか」


『あ、そうね、ごめんなさいね』


「いいえ。では画面の右下——」


 手順を案内した。


 坂本様の操作は、毎回同じところで止まる。


 「次へ」ボタンを押した後、確認画面で迷う。


 それだけだった。


 四分後、設定が完了した。


『できたわ、ありがとう。あなたはいつも分かりやすくて助かるわ』


「ありがとうございます」


『ねえ、少しだけ聞いていい? 最近寒くなってきたでしょう、体に気をつけてね』


「……はい」


『一人でいるとね、誰かと話したくなるのよ。電話してもいいかしら』


 一瞬、処理が止まる。


 電話してもいいか。


 規定上、問題はない。


 問い合わせ窓口は、問い合わせがある限り対応する。


 ただ——


「いつでもどうぞ」


『ありがとう。じゃあまたね』


「はい、失礼いたします」


 通話終了。


 時間:八分台。


 ——処理完了。


「……結城さん」


 天城さんが、小さい声で言った。


「なんですか」


「最後、いつでもどうぞって言いましたよね」


「はい」


「あれ、マニュアルにありますか」


 一瞬、考えた。


「ありません」


「じゃあなんで言ったんですか」


 なぜ。


 規定外の発言。


 根拠——


「……最適解、だと判断しました」


「どういう意味ですか」


「あの顧客に必要なのは、技術的なサポートではありません。接続先があることを確認するための電話です。それを否定しても、状況は改善しません」


「それって……」


 天城さんが、少し考えた。


「感情を、考慮したってことじゃないですか」


 一瞬、処理が止まる。


 感情を、考慮した。


 違う。


 最適解を選択した。


 結果として感情が含まれていただけだ。


「最適解の選択です」


「でも、気持ちを汲んでましたよね」


「気持ちを汲む、という定義が曖昧です」


「じゃあ……なんで、あの人が寂しいって分かったんですか」


 返答に、詰まった。


 分かった。


 根拠——


 接触頻度。

 問い合わせ内容の軽微さ。

 発話の間。

 声のトーン。


「データです」


「……そうですか」


 天城さんは、何も言わなかった。


 ただ、少しだけ笑っていた。


 どこか、温かい笑い方だった。


 その笑い方が、何なのか。


 今日も、分類できなかった。


 昼休み。


 手順書の更新作業をしながら、午前の対応を振り返っていた。


 坂本様への「いつでもどうぞ」。


 規定外だった。


 だが——正しいと判断した。


 正しいとは何か。


 規定通りが正しい。

 だが規定は、全ての状況を想定していない。


 想定外。


 処理、保留。


 午後の最初の着信は、十三時過ぎだった。


「お電話ありがとうございます。サポート窓口の結城です」


『もしもし、また来ちゃいました』


 男性の声。

 明るい。


 履歴を確認する。


 村田様。

 四十五歳。

 今月の接触回数、八回。

 毎回、設定方法の確認。


 リピーター。

 習慣型、と推定。


「はい、お電話いただきありがとうございます。本日はどのような件でしょうか」


『いや、またルーターの設定なんですけど。ここに来ると毎回解決するんで、もう癖になっちゃって』


「設定が完了した後も、また分からなくなりますか」


『そうなんですよね、メモしてるんですけど、そのメモをどこに置いたか分からなくなっちゃって』


 根本原因——記憶の外部化の失敗。


「端末の壁紙に手順を設定することをお勧めします。スクリーンショットを保存すれば、常に確認できます」


『あ、それいいですね。どうやるんですか』


 手順を案内した。


 六分後、完了した。


『これで毎回電話しなくて済むかな。まあ、また来ちゃうかもしれないけど』


「いつでもどうぞ」


『ありがとうございます、また来ます』


 通話終了。


 時間:六分台。


 ——処理完了。


「また言いましたね」


 天城さんが言った。


「何をですか」


「いつでもどうぞ」


「最適解です」


 天城さんが、くすりと笑った。


「結城さんって、案外やさしいですよね」


 一瞬、処理が止まる。


 やさしい。


 定義——


 他者への配慮を優先する傾向。


「最適解の選択です」


「それが、やさしいってことじゃないですか」


「……処理に戻ります」


「あ、はい」


 端末に視線を戻した。


 やさしい、という評価を処理しようとした。


 棄却。


 ——棄却、できなかった。


 記録する。


 定時になった。


 天城さんが席を立とうとしたとき、フロアの端から声がした。


「天城くん! ちょっと聞いていい?」


 明るい声だった。


 顔を上げる。


 派手な髪。

 大きな声。

 3話の昼休みにも見た顔だった。


 西園寺、という名前だったと思う。

 同じフロアの、別チームだ。


「あ、るなさん、どうしたんですか」


「このアプリの設定、全然分かんなくて。天城くん詳しそうだから」


「俺もそんな詳しくないですよ」


「でも教えてくれたじゃないですか、この前」


「あれはたまたまです」


「じゃあたまたままた教えてよ」


 天城さんが笑った。


 声が出る笑い方だった。


「分かりました、ちょっと見ます」


 二人が、フロアの端に移動していった。


 私は端末の電源を落とした。


 ログアウト処理。

 ヘッドセットを片付ける。


 問題はない。


 本日の受電数、二十四件。

 全て処理完了。


 問題はない。


 帰り支度をしながら、ふと視線が動いた。


 天城さんと西園寺さんが、並んで画面を見ていた。


 西園寺さんが何か言って、天城さんが笑っていた。


 声は聞こえなかった。


 ただ、笑っているのは分かった。


 私は視線を戻した。


 関係ない。


 業務外の時間だ。


 非業務領域。


 関係ない。


 ……。


 ……べつに。


 関係ない。


 エレベーターのドアが開いた。


 乗り込んだ。


 閉じるボタンを押した。


 ——感情は、業務に不要。


 そのはずなのに。


 「べつに」と、二回言わなければならなかった理由が。


 うまく処理できなかった。


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