第3話「クレームは処理すれば終わりです」
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クレームには、種類がある。
情報不足型。
手順誤認型。
そして——
感情型。
一番多い。
一番非効率。
一番、簡単だ。
感情には、原因がある。
原因が分かれば、対処できる。
対処できれば、終わる。
——感情は、業務に不要。
ただし、顧客の感情は別だ。
あれは処理するものではなく、処理させるものだ。
そう定義している。
「結城さん、今日は俺も電話取っていいですか」
天城さんが、朝から言った。
「研修中は補助が優先です」
「でも昨日も取りましたよ」
「昨日は緊急でした」
「今日も緊急になったら取ります」
論理的に見えて、論理ではない。
「……モニタリングを継続してください」
「はい」
素直だった。
不本意そうでもなかった。
ただ、少しだけ笑っていた。
その笑い方が、何なのか。
今日も、分類できなかった。
最初の着信は、九時二分だった。
「お電話ありがとうございます。サポート窓口の結城です」
『あの、もう本当に困ってて、聞いてもらえますか』
音量:中。
語速:やや速い。
感情:切迫+疲労。
「はい、お聞きします」
『先月から何度も問い合わせしてるんですけど、毎回同じことしか言われなくて、全然解決しないんです。もう嫌になってきて……』
繰り返し問い合わせ。
前回対応の履歴を確認する。
三回。
担当者、三名、全員異なる。
対応内容、標準フロー。
問題が分かった。
「ご状況を確認させていただきます。三回ご連絡いただいているのにも関わらず、解決に至っていないということでしょうか」
『そうなんです、そうなんですよ、やっと分かってくれた』
感情:安堵に変化。
原因特定。
前回三件の対応は、いずれも表層的な処理で終わっていた。
根本原因——ルーターの機種固有のファームウェアの不具合。
担当者全員が見落とした箇所だった。
「お待たせしました。原因が特定できました」
『え、本当ですか』
「はい。ファームウェアのバージョンに起因する不具合です。アップデートの手順をご案内します。五分ほどお時間いただけますか」
『はい、お願いします』
手順を一つずつ案内した。
顧客の操作速度に合わせて、ペースを調整する。
確認を挟む。
先を急がない。
四分三十秒後。
『……繋がった。繋がりました!』
「確認できています。今後は発生しないはずです」
『ありがとうございます、本当にありがとうございます。三回もかけてようやく……』
「ご不便をおかけしました。もし再発した場合は、対応記録が残っていますのでご連絡ください」
『はい。ありがとうございました』
通話終了。
時間:八分台。
満足度:推定五。
——処理完了。
「……すごい」
隣から声。
天城さんだった。
「原因、すぐ分かったんですか」
「履歴を確認すれば分かります」
「でも三人とも気づかなかったんですよね」
「見る場所が違ったのだと思います」
「結城さんは最初から見てた」
「習慣です」
天城さんは少し黙った。
「……なんか、かっこいい」
一瞬、処理が止まる。
かっこいい。
評価。
根拠、不明確。
「効率的なだけです」
「それがかっこいいんじゃないですか」
返答に、詰まった。
問題はない。
次の着信に備える。
二件目は、十一時過ぎだった。
「お電話ありがとうございます。サポート窓口の結城です」
『いい加減にしてください! 何度言えば分かるんですか!』
音量:高。
語速:速い。
感情:怒り、最大値付近。
「ご不便をおかけして申し訳ございません。状況を確認させていただきます」
『確認するって毎回言うんですよ! 確認して何も変わらないじゃないですか!』
履歴を確認する。
七回。
同一顧客。
問題内容、接続の不安定。
前回対応から三日。
繰り返しクレーム。
感情型、重症。
「七回にわたりご連絡いただいているにもかかわらず、解決できていないことを深くお詫び申し上げます」
『お詫びはいいんです! 解決してほしいんです!』
「はい。本日は必ず原因を特定します」
断言。
顧客の声が、わずかに止まった。
『……本当ですか』
「はい。少し詳しくお伺いしてもいいですか。不安定になる時間帯は決まっていますか」
『夕方から夜にかけて、が多いかな……』
時間帯、特定。
夕方から夜。
近隣の電波干渉の可能性。
または回線の混雑。
詳細を確認しながら、原因を絞り込む。
七分後。
「おそらく、近隣環境による電波干渉が原因です。チャンネル設定を変更することで改善できます」
『それ、前の人に言ったら「様子を見てください」って言われたんですが』
「今回は設定変更まで完了させます。お手元にルーターはありますか」
『……はい』
手順を案内した。
顧客の動作が、途中から少しずつ変わった。
声が、落ち着いていった。
設定変更、完了。
『……今のところ、安定してます』
「一週間ほど様子を見てください。もし再発した場合は、今日の対応記録を引き継ぎます」
『分かりました』
少し間があって。
『……ありがとう、ございました』
「こちらこそ、長らくご迷惑をおかけしました」
通話終了。
時間:十二分台。
——処理完了。
「……結城さん」
天城さんが、小さい声で言った。
「すごかったです」
「手順通りです」
「でも、怒ってましたよね、最初」
「怒りには原因があります。原因を処理すれば、怒りも処理されます」
「怖くなかったですか」
「怖いという感覚がよく分かりません」
天城さんは、少し黙った。
今日、三回目の沈黙だった。
「俺、さっきのお客さんが最初に怒鳴ったとき、ちょっと体が固まりました」
「慣れます」
「結城さんは固まらないんですか」
「情報として受け取るので」
「怒鳴り声を、情報として」
「音量が高い。語速が速い。感情は怒り。原因を特定する必要がある。それだけです」
天城さんが、私を見た。
不思議そうな顔だった。
だが——
今日は少しだけ、違う顔が混ざっていた。
怖い、という顔だった。
分類可能。
記録する。
昼休み。
自席でサンドイッチを食べていると、フロアの端が少し騒がしかった。
顔を上げる。
天城さんがいた。
となりに、知らない顔。
派手な髪。
声が大きい。
よく笑っている。
新人研修の同期だろうか。
天城さんも笑っていた。
声が出る笑い方だった。
私はサンドイッチに視線を戻した。
問題はない。
昼休みは各自の時間だ。
非業務領域。
関係ない。
……関係ない。
午後の業務が始まった。
三件目の着信を処理しながら、今日の記録を整理した。
対応件数、順調。
天城さんのモニタリング、継続中。
改善点、複数あり。
問題はない。
「お疲れ様でした」
定時になって、天城さんが立ち上がった。
「お疲れ様です」
「今日、勉強になりました」
「どの点ですか」
「全部、ですかね」
抽象的。
「もう少し具体的に」
天城さんは少し考えた。
「怒ってる人に、怖がらないで向き合えるところ」
「情報処理です」
「でも、向き合ってますよね。ちゃんと」
一瞬、処理が止まる。
向き合う。
正対。
感情的な意味が含まれている可能性、あり。
「……処理の結果です」
「そうなんですかね」
天城さんは、また笑った。
どこか、納得していない笑い方だった。
「また明日もよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
天城さんが去っていった。
しばらくして、緑さんが来た。
「今日どうだった」
「問題ありませんでした」
「天城くんは」
「モニタリング、継続中です。改善点は複数あります」
「うん」
緑さんは少し間を置いて、
「ちゃんと見てるんだね」
「研修担当なので」
「うん、まあ……そうだね」
また、あの笑い方だった。
何が、そんなにおかしいのか。
分類不能。
保留。
帰り支度をしながら、今日の処理件数を整理した。
問題はない。
全部、処理できた。
全部。
——ただ。
昼休みの天城さんの笑い声が、なぜか。
まだ、残っていた。
関係ない。
処理する。
——処理、完了。
エレベーターのドアが開いた。
乗り込んで、閉じるボタンを押した。
完了、したはずだった。
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