『その縄、魔法につき。〜十九歳の縛術師は、殺さずの技術で乱世を縛り上げる〜』第9話名もなき夜の潜入
選択のあとに訪れるのは、
必ずしも平和ではありません。
剣を置いた夜にこそ、
見えない刃が動き出す。
第9話は、
“勝った後の闇”を描く回です。
夜の城下は、昼よりも雄弁だった。
灯りを落とした路地。閉じたはずの裏門。
人の気配だけが、妙に多い。
リオネルは屋根伝いに動いていた。
縄を使うほどではない。
今日は、聞くための夜だ。
物陰で、二人の兵士が言い争っている。
鎧は軽装。正規兵ではない。
「……おかしいだろ」
若い声だった。
「昨日と命令が違う。“集まれ”って言われた場所に、誰もいなかった」
「黙れ。聞かれたら――」
その瞬間、影が崩れるように消えた。
声を上げる暇もない。
残った一人の背後に、縄が落ちる。
締めない。
口元を塞ぎ、引きずるだけ。
―――
暗がりの奥で、リオネルは男を放した。
「名は?」
男は一瞬、逃げ道を探し、諦めた。
「……ない。正確には、呼ばれない」
黒い外套の下、簡素な印。
黒装束の下級兵士だ。
「命令が食い違っている」
リオネルの言葉に、男は苦く笑った。
「上から三つ来る。
団長代理、公の側近、名前も知らない“声”」
「逆らえば?」
「……消える」
男は、仲間が消えた方向を見た。
「昨日まで一緒だった。
今日は、いない。
探すな、と言われた」
―――
足音が近づく。
リオネルは男を押し戻した。
「逃げろ。今夜は、生き延びろ」
「……あんたは?」
「縛る者だ」
男は一瞬だけ笑い、闇に紛れた。
―――
屋根の上。
追跡が始まる。
黒装束の影が三つ。
統率はない。だが、迷いもない。
囁く声が、どこからともなく届く。
「――失敗は、許されない」
人ではない。
それでも、意志はある。
「……公は、ここまで知っているのか」
影の一つが、抵抗もなく倒れた。
「命令だ。“証拠を消せ”」
その言葉で、すべてが繋がった。
アルヴェルト公は、
民の前で語らなかった“裏の整理”を、すでに始めている。
剣を抜かず、
数字のように、人を消しながら。
―――
夜明け前。
城下は静まり返っていた。
血も争いの跡もない。
ただ、整理された不自然な静けさだけが残っている。
この国は――
剣ではなく、手順で人を消す。
リオネルは、縄を握り直した。
夜は、まだ終わっていない。
この話で描いているのは、
**「血を流さない暴力」**です。
アルヴェルト公は、民の前では剣を取らなかった。
しかし裏では、
不要になった人間を
静かに、効率よく消していく。
それは悪意というより、
「正しい手順」でした。
名を持たない兵士、
命令だけを与えられる存在。
彼らは敗者ですらありません。
最初から、数にも入っていない。
だからこそ、
リオネルはこの夜、
誰も強く縛らず、
それでも縄を離しませんでした。
次話では、
この“整理された静けさ”に対して、
リオネルがどんな一線を引くのか――
物語は、再び緊張を取り戻します。




