第9話 コウイチの記録は、無視できなくなった
ギルドが、慌ただしかった。
朝から職員が走り回り、掲示板の前には人だかりが出来ている。
「……討伐失敗、続いてるな」
「同じ渓谷だろ?」
嫌な予感がして、足が止まった。
掲示板に貼られた報告書。
渓谷南部、中型魔獣群。
失敗。
負傷者あり。
依頼中断。
――三件目だ。
「また、か」
隣で、リナが低く呟く。
同じ条件。
同じ地形。
同じ魔獣。
なのに、結果だけが悪い。
「……偶然じゃないな」
その時だった。
「ちょっといいか」
声をかけてきたのは、ギルドの中級職員だった。
いつもは事務的な男だが、今日は表情が硬い。
「コウイチ、だったな」
名前を呼ばれて、周囲の視線が集まる。
「……はい」
「少し、話を聞きたい」
リナが一歩前に出る。
「私も同席する」
「構わん」
奥の簡易会議室に通される。
机の上には、複数の報告書が並べられていた。
「これが、失敗した三件。
そして――」
一枚、別の紙が置かれる。
「これが、お前たちの成功報告だ」
俺の心臓が、少しだけ跳ねた。
「条件が、ほぼ同じだ」
職員は淡々と続ける。
「時間帯、天候、魔獣の数。
にも関わらず、結果に明確な差がある」
沈黙。
「違いは、何だと思う?」
問いかけられて、俺は言葉を選んだ。
「……記録です」
職員が、眉を動かす。
「具体的には?」
「魔獣の行動順、間隔、
失敗例を含めた照合です」
「“失敗例”?」
リナが、補足する。
「この人は、
成功だけじゃなく、
事故や負傷のログも全部残してる」
職員が、紙をめくる。
「……確かに、詳細だな」
しばらく黙り込み、やがて一言。
「上に、報告は上げている」
胸が、少しだけざわつく。
「ただし」
続く言葉は、冷たかった。
「制度は変えられん。
記録者は、あくまで補助職だ」
分かっていた。
それでも――
「だが」
職員は、言葉を切る。
「この失敗が続けば、
ギルドとしても対策を取らざるを得ない」
「対策、ですか」
「ああ」
視線が、俺に向く。
「お前の記録を、
“参考”として共有する可能性がある」
参考。
それでも、一歩だ。
「……俺は」
言いかけて、止めた。
求められているのは、主張じゃない。
「協力します」
そう答える。
職員は、短く頷いた。
「今日は、ここまでだ」
部屋を出ると、廊下で元パーティのリーダーと鉢合わせた。
「……お前」
気まずそうな声。
「最近の失敗、
全部、条件が同じだって知ってるか」
「……はい」
リーダーは、歯を噛みしめる。
「前は、
もっと上手くいってた」
俺は、何も言わなかった。
言わなくても、
もう分かっているはずだから。
ギルドを出て、外の空気を吸う。
「まだ、評価は変わらないね」
リナが言う。
「はい」
「でも」
彼女は、俺を見る。
「無視は、出来なくなった」
その言葉に、静かに頷いた。
最弱職《記録者》。
まだ、認められてはいない。
それでも――
世界は、
確実に、
こちらを見始めている。
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