第8話 コウイチは、自分が嫌いだった
夜になっても、眠れなかった。
宿の天井を見つめながら、俺は、昼間の光景を何度も思い返していた。
担架。
血。
噛みしめられた歯。
――俺が、いなかったから。
「……違う」
小さく呟く。
リナは、俺の責任じゃないと言った。
それは、正しい。
でも。
「……それでも」
もし、あそこに俺がいたら。
もし、記録を使っていれば。
結果は、違ったかもしれない。
そう考えてしまう自分が、嫌だった。
魔導板を取り出し、無意識にログを開く。
条件。
一致率。
再現性。
「……ほら」
数字は、冷静だった。
俺の予測は、間違っていない。
「だったら、なんで……」
拳を握る。
分かっている。
答えは、最初から一つだ。
――俺は、戦えない。
剣を振れない。
前に立てない。
誰かを直接、守れない。
「記録があっても……」
声が、かすれる。
「結局、俺は後ろにいるだけだ」
どれだけ役に立っても、
どれだけ当てても、
俺自身が前に立つことはない。
最弱職。
この言葉が、頭の中で何度も反響する。
「……都合、いいよな」
誰かが成功すれば、
「自分の記録が役に立った」と思ってしまう。
誰かが失敗すれば、
「自分がいなかったからだ」と思ってしまう。
「……全部、俺の勘違いじゃないか」
評価されないのは、当然だ。
だって俺は――
自分で何かを成し遂げたわけじゃない。
ただ、横で見ていただけ。
扉を叩く音がした。
「……入るよ」
リナだった。
俺は、慌てて魔導板を伏せる。
「顔、ひどい」
「……すみません」
「また、それ」
リナは、ベッドの端に腰を下ろした。
「自分を下げる癖、やめな」
「……事実です」
「どこが?」
「俺は、戦えません」
「知ってる」
「前に出られません」
「それも知ってる」
「だったら……」
言葉が詰まる。
リナは、少しだけ黙ってから言った。
「アンタさ」
静かな声だった。
「前に立てないから、
後ろにいる意味がないって思ってる?」
答えられなかった。
それが、答えだったから。
「勘違いしてる」
リナは、はっきり言う。
「戦いってのは、
剣を振ったやつだけのものじゃない」
「でも……」
「でも、じゃない」
彼女は俺を見る。
「アンタの記録がなきゃ、
私は前に出られない」
胸が、少しだけ跳ねた。
「判断が出来ない戦いは、
ただの運任せだ」
リナは、拳を握る。
「私は、運に命を預ける気はない」
「……」
「だから、アンタがいる」
真っ直ぐな言葉だった。
逃げ場が、なかった。
「コウイチ」
名前を呼ばれる。
「アンタが自分を信じられないなら、
今は私が信じる」
喉の奥が、熱くなる。
「……それでも」
絞り出す。
「俺は、弱いです」
リナは、少しだけ笑った。
「知ってる」
そして、続けた。
「でもね。
弱いからこそ、
アンタは“見てる”」
その言葉が、胸に残った。
弱い。
戦えない。
だから、逃げないで、
全部を見てきた。
「……俺は」
深く、息を吸う。
「俺は、記録者です」
リナは、満足そうに頷いた。
「それでいい」
扉が閉まり、一人になる。
まだ、自信はない。
自己肯定感も、低いままだ。
でも――
逃げる気は、なかった。
最弱職《記録者》。
それが、
俺の立ち位置だ。
そして――
ここから先も、
記録は続く。
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