第2話 コウイチは、一人になった
パーティを外れた瞬間、世界は驚くほど静かになった。
――正確に言えば、俺の周りから人の声が消えただけだ。
冒険者ギルドのロビーは今日も騒がしい。
討伐帰りの冒険者たちが酒を飲み、次の依頼の話をしている。
笑い声と怒号が入り混じる、いつもと変わらない光景。
その中で、俺だけが、完全に浮いていた。
「……これで、終わりか」
掲示板の前に立ち尽くし、依頼書を眺める。
だが、どれも俺には無理なものばかりだった。
討伐依頼。
護衛任務。
探索支援。
どの条件にも、必ずこう書いてある。
――戦闘職であること。
記録者は、対象外だ。
分かっていたことなのに、胸の奥がじくりと痛んだ。
「最弱職だもんな……」
誰に言うでもなく、呟く。
ギルドの受付嬢が、ちらりとこちらを見て、すぐに視線を逸らした。
同情でも軽蔑でもない、ただの無関心。
それが一番、きつかった。
――俺は、ここにいていい存在なんだろうか。
そんな考えが浮かび、慌てて首を振る。
考えても仕方がない。
今日はもう、帰ろう。
ギルドを出た瞬間、冷たい風が頬を打った。
夕暮れの街は、赤く染まっている。
この街に来て、もう三年になる。
冒険者になれば、何かが変わると思っていた。
だが現実は、何も変わらなかった。
宿に戻り、狭い部屋に入る。
備え付けのベッドに腰を下ろし、荷物を置いた。
中に入っているのは、
簡単な着替えと、食料、そして――魔導板。
俺の“仕事道具”だ。
無意識のうちに、それを取り出していた。
指で触れると、淡い光が走り、記録が展開される。
今日の戦闘。
これまでの討伐。
成功、失敗、撤退、負傷。
全てが、正確すぎるほど正確に残っている。
「……意味、ないよな」
誰にも読まれない。
誰にも評価されない。
それでも、俺は毎回、欠かさず記録してきた。
理由は単純だ。
それが、俺に出来る“唯一のこと”だったから。
「もし……」
ふと、考える。
「もし、これが役に立つなら……」
すぐに自嘲する。
馬鹿らしい。
そんな都合のいい話があるわけがない。
記録者は最弱職。
この世界の常識だ。
コンコン、と扉が叩かれた。
「……?」
心当たりはない。
訝しみながら扉を開ける。
そこに立っていたのは、見知らぬ女だった。
軽装の革鎧。
腰には剣。
一人で生きていそうな、鋭い目。
「アンタ、記録者?」
開口一番、それだった。
「……そうですけど」
警戒しながら答える。
女は俺を一瞥し、ふっと口元を緩めた。
「やっぱり。ギルドで見てた」
――見てた?
そんなはずはない。
誰も俺なんて見ていなかった。
「聞いたよ。今日、パーティから外されたんだって?」
胸の奥を、直接掴まれた気がした。
「……関係ないでしょ」
「あるよ」
女は即答した。
「アンタの記録、ちょっと見せてほしい」
「……は?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
記録を、見せろ?
「冗談ですか。こんなの、誰も――」
「私は欲しい」
言葉を遮るように、女は言った。
「アンタの記録は、ちゃんと“戦闘を見てる”。
それ、武器になる」
――初めてだった。
記録を、
《役に立つ》と言われたのは。
「……どういう、意味ですか」
女は、にやりと笑った。
「それを確かめるために来たんだよ。
コウイチ、だったよね?」
なぜ、俺の名前を知っている。
戸惑う俺を前に、女は言った。
「一緒に、依頼を受けない?」
――この時、俺はまだ知らなかった。
この出会いが、
俺の“最弱”を終わらせる第一歩になることを。
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