第15話 部分崩壊
後衛が、崩れた。
「左! 左から来るぞ!」
「回復が間に合わない!」
悲鳴と怒号が、渓谷に反響する。
魔獣の数は、想定を明らかに超えていた。
しかも、連携している。
「こんな動き……聞いてない!」
誰かが叫ぶ。
――聞いていないだけだ。
俺の魔導板には、
はっきりと“この展開”が記録されていた。
失敗ログ。
壊滅一歩手前で撤退した事例。
判断が一分遅れた結果、二人が死んだ戦闘。
「……来るな」
思わず、呟く。
前衛の一隊が、後退を始める。
「隊列を維持しろ!」
「無理だ、挟まれてる!」
指揮官の声が、初めて乱れた。
魔獣が、後衛を突破する。
「っ――!」
回復役が倒れた。
致命傷ではない。
だが、立て直しは効かない。
「支援が……足りない!」
俺の喉が、乾く。
――このままだと。
予測線が、最悪のルートを示す。
五分以内に、前衛一隊が孤立。
十分で、全体が瓦解。
「指揮官!」
誰かが叫ぶ。
「指示を!」
一瞬の、沈黙。
その間にも、魔獣は動く。
――今だ。
俺は、踏み出していた。
「全隊、三十歩後退!」
自分でも驚くほど、
はっきりとした声だった。
「記録者!?」
「命令違反だ!」
だが、続ける。
「渓谷中央は、
この地形だと包囲されます!」
魔導板を掲げる。
「後退すれば、
魔獣の動きが一瞬、止まる!」
過去ログが、
それを証明していた。
「……リナ!」
彼女は、即座に動いた。
「聞いた! 下がる!」
リナの隊が、後退する。
一部の冒険者が、
それに続いた。
「勝手な行動を――」
指揮官の怒声が、途中で途切れる。
魔獣の動きが、
本当に、一瞬止まった。
――今だ。
「今の間に、再配置!」
誰かが叫ぶ。
前衛が立て直し、
後衛が距離を取る。
完全な成功じゃない。
だが――
壊滅は、止まった。
荒い息が、あちこちで聞こえる。
「……誰が、指示した?」
指揮官の声は、低かった。
俺は、一歩前に出る。
「……俺です」
空気が、凍りつく。
記録者。
最弱職。
権限のない存在。
「責任は――」
言いかけて、指揮官が黙った。
魔導板に表示されたログを、
目にしたからだ。
「……これは」
俺は、言った。
「失敗する戦い方です。
だから、止めました」
沈黙。
誰も、否定できなかった。
被害は出た。
負傷者もいる。
だが。
全滅は、回避された。
記録者が、
勝手に出した指示で。
それが、
この戦場の現実だった。
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