第098話 非情な通達
「ルカ、貴様は全軍司令官になりたかったのだろう?」
俺はゴクリと唾を呑み込んでいる。
確かに俺は言った。いち早く全軍を指揮する立場になりたいと。しかし、それは使える駒がある場合においてだけだ。
「どうだ? ただの大口だったのか? お前はいつも口先だけだからなぁ?」
クソッタレが……。
俺に全てをなすり付けるつもりか。安全な場所へと逃げ込み、侵攻された場合は俺に罪を着せるつもりじゃねぇかよ。
「兄上、俺がいつ大口を叩いたのです? 俺は少し気になっただけですから」
「ほう、何が気になるというのだ?」
「前線に赴き戦うことは異論などない。だが、兄上の代理では嫌だ。戦果を取られ、失態の責任だけを負わされるのは御免ですよ……」
百歩譲って前線に出るのは構わない。しかし、俺の功績をアークライトに取られるなんて絶対に認められないんだよ。
「代理ではないぞ? 安心しろ。私は西部司令官を退任し、双国軍を戦えるようにする総合防衛官となる。お前は新たな西部司令官に任命されるのだ。是非とも戦果を上げて欲しいものだな?」
こいつはきっと帝国の惨状を聞いたのだろう。あわよくば俺が前線で討ち死にすることを望んでいるに違いない。
「ちゃんとした書面が欲しい。俺が戦いに勝ったとして兄上には何の功績もないこと。それが用意できるのなら、逃げ惑う兄上の代わりに前線で戦ってやるよ」
「ふはは! それでこそ我が勇敢なる弟だ。良いだろう。お前が望むままの書面を用意してやる。証人も用意してくれて構わん。だが、必ず戦え。スノールから逃げ帰ることなど許さんぞ?」
魔将軍が直ぐ北側に侵攻したから相当ビビってんな。
書面さえ用意されるのなら、お望み通り戦ってやるよ。加えて、お前が望まぬ戦果を上げてやる。
「兄上こそ、俺が王太子になったとして、喚き散らさないでくださいよ? 負け惜しみは格好悪いですからね?」
「はん、いつもお前は生意気だった。さっさと準備をしてスノール前線基地へと向かえ。本日の用事はそれだけだ」
不機嫌そうにアークライトが壇上を去る。
全員を前に話をしたのは俺の退路を断つためだろう。まあしかし、逃げ道がなくなったのはアークライトも同じだ。
ここにいる候補生全員がお前の話を聞いていたのだからな。
このあと急な集会は解散となった。俺の周囲には人垣ができていたけれど、近くまで寄ってきたのはよく知る面々だけだ。
「ルカ様、まだ時期尚早かと!?」
「フィオナ、落ち着け。俺は戦える。ファイアードラゴンをソロ討伐しただろう?」
「いや、魔物と軍を同列に見てはなりません!」
「そうですよ、ルカ様。フィオナ様が心配されるのはもっともです。勝手に決めてしまって……」
フィオナに続いてリィナも不満げな様子。だが、完全に俺は煽られていたし、結末はアークライトが用意したものしかなかったと思える。
「承諾する以外の道はなかった。嫌だといえば、俺は臆病者だとレッテルを貼られるだろう。その場合、騎士学校を卒業したとして指揮権を与えられるような立場にはならないはずだ」
どちらに転んでもアークライトが得をする。だからこそ、わざわざ足を運んだのだと考えられた。
「ルカ様、私も連れて行ってください。私は貴方様の騎士。付き従う理由がございます」
残念ながら、それは叶わない。
アークライトの目的は明らかなのだ。
俺を亡き者にして、自身の地位を確立することにある。余計な死人がでるかもしれない要請を受けるはずがない。
「兄上は俺が邪魔なんだ。だからこそ、俺だけが戦地に向かう。戦力を温存し、俺が討ち死にした時点で他を投入するのだろう」
リィナは遠縁であるし、アークライトという人物をよく知っているはずだ。更には俺との仲が良くないことですら。
「でも、アークライト殿下の話に従う必要はないですよね?」
「もし断ってみろ。あることないことを言いふらすぞ? 兄上は俺が死ぬことしか望んでいない」
もうリィナは何も言わなかった。
やはりアークライトの人となりを理解しているのだろう。断った俺が受ける仕打ちを分かったのだと思う。
「ならば、ルカ様は一人で赴かれるのですか?」
「安心しろ。俺は魔将軍リヴァイアなんぞに負けん。魔族が押しかけてこようと返り討ちにしてやる」
俺が戦果を求めるのなら、アークライトは俺以外の戦線投入を認めないだろう。それどころか、スノール前線基地の兵も多くが引き上げているはずだ。
「ルカ様、わたくしは何があってもご一緒いたします!」
「フィオナ、それは無理だ。少なくとも一戦は俺だけで戦うしかない。兄上の思惑通りに死ぬつもりはないし、俺は逆に戦果を上げて兄上を追い込むつもりだ。戦場において俺の有能さを内外に発信する。現状の俺はまだ発言力が足りないんだ」
曲がりなりにも司令官であるアークライトと並び立つには圧倒的戦果が求められる。
何もしていないアークライトと比較して、俺が有能であることを知らしめなくてはならない。
「安心しろ。俺はまだ死なない。俺が死ぬとすれば悲劇的な最後を迎えるときだけだ。戦場で簡単に死んでいては、青き主神様が怒り狂うからな……」
俺のちょっとした冗談にフィオナは小さく笑っている。
俺の命運は尽きていないさ。俺に加護を授けた三柱の女神は誰もこんなところで死ぬことを望んでいないのだ。
「明日にでもスノールへと向かう。指揮官が不在となった基地の士気が下がる前に、俺は顔を見せておかねばならん」
何も俺一人というわけじゃないだろう。前線基地には二万からの雑兵がいるだろうし、彼らを上手く運用してこそ、前線の司令官となれるのだ。
彼らが恐怖心を抱くことなく戦えるように、俺は威風堂々と彼らの前に登場しなければならない。
「出立前には声をかける。このあとは買い出しや旅の準備をするから、リィナは部屋にいてくれ。黙って出て行くことはないから安心しろ」
今夜もリィナとイチャコラしたかったけれど完全に状況が変わった。
俺は候補生でなくなるのだ。アークライトと書面を交わしたあと、出立の準備に入らねばならなかった。
「ルカ殿下……」
「愛してるぞ……」
愛のために生きる。
再びリィナをこの腕に抱く。俺はつまらぬ継承権争いで死ぬなんてできない。
「俺は悲運の勇者だが、俺の命運は戦場などで尽きはしない」
並行世界から続く因果。ルカが退場する場面は明確に決まっているんだ。
「最後の選択肢を選ぶまでは──」




