第094話 鍛錬
本日の剣術科は朝から実技です。昨日は体力強化に終始した訓練でしたけれど、今日は少しくらい剣を振る機会があるのかしらね?
「今からウォーミングアップだ。一時間休みなしで走っておけ」
ダラス教官の話に不満の声が上がります。
昨日と比べると一時間という制限があるのは有り難いですけれど、ウォーミングアップに一時間とか長すぎない?
「ダラス教官、本日は剣術を習ったりできるのでしょうか?」
全体の士気を考えると、聞かないわけにはなりません。私は代表して質問することにしました。
「剣? 必要ない。貴様たちは前線で戦い続ける体力が不足している。当分の間、剣を抜くことはない」
ま、そんな気がしたけどね。
正直に体力云々よりレベルを上げた方が良いのですけれど、魔物を倒すにはそれなりの下地が必要だったりします。
「承知しました」
実をいうと私たちはレベルの測定すらしていない。
その原因は振り分け試験の攻撃威力だと考えます。体力強化メインとなっているのは剣士として未熟だと判断されたせいでしょう。
剣術科はその名の印象とは異なり、剣術に関するジョブを持つ者は少なく、攻撃魔法や支援スキルが使えないという理由だけで集められた者たちだったのです。
「リィナ様、今日も頑張りましょう」
声をかけてくれたのは私の他に一人しかいない女性剣士です。彼女のジョブは剣豪らしく、私に次いで威力を示した実力者の一人でした。
「クラリス、敬称は必要ないわ。同じ剣術科の候補生よ」
「と言われましても……」
クラリスはイステリア皇国の伯爵令嬢です。
同盟国でもあるし、私を尊重してくれているのですが、私としては剣豪を授かったクラリスに敬意を覚えずにはいられない。
恐らくは武運の女神ネルヴァ様がお与えになったのかと思います。一応は一般ジョブでありましたけど、確実に上級ジョブであるのですから。
「私が気になるのよ。恐らく一年間、ずっとペアなのよ? 距離が遠いままなら、連携も取りづらくなってしまうわ」
私が強要するようにいうと、それならと頷いてくれる。
聖女なのに剣術科にいる私より、クラリスが剣術科を引っ張っていくべきだわ。
「リリ、リィナは聖女なのにどうして剣術を?」
早速、呼び捨てにしてくれる。
やはり友人との距離感って大切ね。違和感なく話せるようになったら、親友に昇格できるってものよ。
「私は身体が弱くてね。健康のために始めたの。割と熱中して今に至るってわけ」
「そうなのね……。だけど、千以上の与ダメージってとんでもないです」
「それは単にレベルの問題。ルカ様にレベリングしてもらった結果だし、別に凄くはないのよ。きっとクラリスの方がずっと強くなれるわ」
聖女と剣豪では力の上昇具合が違うでしょうし、素早さとかも段違いだもの。
なんちゃって剣士の私と同じレベルになったなら、クラリスは私の倍以上も与えるんじゃないかしら。
「そうだといいのですけど」
「とりあえずレベル上げよね。ダラス教官は剣すら持たせてくれないけど……」
ウォーミングアップが終了後も、私たちは体力強化に努めています。
ぶっちゃけて言うと、レベルごとに分けて鍛錬してもらいたいところ。いつまで付き合うことになるのかと思うと、長い溜め息が漏れてしまいます。
「本日はこれまで! 各自、空いた時間には体力強化をするようにな!」
ここで解散となります。
午後からは講義だというのに、全員が眠り続けるなんてことになるかもしれない。疲れきった身体で、勉強できるとは思えないのよね。
私とクラリスが昼食に向かおうかと言うとき、
「リィナさん!」
私を呼ぶ声が聞こえました。
まぁた交際の申し込みかしら? 流石にもう全滅したと考えていたのだけど。
「え? コーネル殿下……」
意外にも声をかけたのは帝国の皇子様。確か第三皇子殿下だったかしらね?
「コーネルです。初めまして……」
告白かと思いきや、彼の表情は鬼気迫るもの。浮ついた感じも、妙な緊張感もない。
「実はルームメイトのルカ君に聞きまして、僕は貴方を頼ることにしたのです」
「ルカ様が?」
意味が分かりません。
ルカ様とルームメイトなのは理解しましたが、ルカ様に頼れない案件を私が処理できるはずもないというのに。
「彼に剣術指南を申し出たのですが、基礎的な剣術ならリィナさんが最適だろうと教えてくれたのです」
「そういうことでしたか。失礼ですが、殿下のジョブは何でしょうか?」
ルカ様が依頼するくらいだから、きっと上級職だよね。
クラリスと同じように剣豪とかさ。レアジョブである剣聖まで考えられるわ。
「ジョブは剣士です……」
えっ? 剣士って、ただの剣士?
ルカ様が教練を依頼してきたのに、一般ジョブだっていうの?
「剣士……なのですか?」
「期待したならごめんね。僕は強くなりたいだけ。だから、ルカ君に指南を願った。まあでも、彼は魔法科だから君に頼めと話してくれたんだ」
そういうことか。
帝国は窮地にあるし、ルカ様はコーネル殿下に助力したいだけなのかもしれない。
「承知しました。私はルカ殿下の騎士。主人の命令であれば、どのような仕事も請け負います。剣術指南であれば、お安い御用ですわ」
「ありがとう。早速、今日から頼めるかい? 講義が終わったあとで構わないのだけど」
「問題ありません。夕食までの時間、お付き合いいたします」
「あ、リィナ、わたしも同席して構わないかな?」
どうしてかクラリスも参加したいと話します。
私としては願ったり叶ったり。やはり殿方と二人きりで稽古だなんて、少し躊躇いがあるんだもの。ルカ様と一緒ならともかく。
「じゃあ、三人で鍛錬しましょう。早く強くならなきゃね?」
私個人としても剣技のレベルアップを図りたい。
他者に教えることで得られるものもあることでしょう。
少しばかり講義のあとが楽しみになってきましたね。
◇ ◇ ◇
俺は大講義室へと来ていた。
午後は全クラス合同の座学。しかし、周囲の視線が気になってしまう。
「なあ、どちらか他の席に座れよ?」
俺が困惑する理由は一つだ。
長机に三人。基本は二人座りなのだが、俺の両端にはリィナとフィオナが座っていたのだ。
「フィオナ殿下はずっと一緒なのですから、ここは譲っていただきとうございますわ」
俺の問いかけにリィナ。彼女は絶対にこの席を明け渡すつもりがないらしい。
「わたくしとルカ様は同じ魔法科ですの。同じ指揮系統にいるのですから、情報交換が必要になるのですわ。剣術科は剣術科で同席すべきです」
仲良くなったと思ったのだが、火花を散らす二人。男冥利に尽きる状況ではあったものの、羨むような視線が俺には辛かった。
「じゃあ、俺はコーネルと座るよ……」
「いけませんわ! 詰めて座れば問題ありません!」
「その通りです! ルカ様、三人で座れます!」
険悪なのか仲良しなのか、どっちなんだよ。
てか、これは授業に集中できそうにないな。双方が密着しているし、油断すると相棒が眠りから覚めてしまう。加えて嫉妬にも似た突き刺さる視線が痛い。
「ルカ様、わたくし一緒に教本を読みたいのです」
「ズルいです! 私の教本を一緒に読みましょう!」
「お前たち静かにしろ。三人で座るなら他に迷惑かけんな……」
俺はゲームでの記憶を思い出していた。
基本的に序盤のリィナは最前列に一人で座っていたのだ。あの頃の彼女はルカが忘れられなかったはず。だから、アルクの隣には来なかったんだ。
(ま、俺がそのルカなんだけどな……)
ゲーム時間より二年も早い入学。しかし、俺たちの関係はまるでゲーム終盤のようでもある。恋愛パートは既に佳境を迎えている感じだ。
「リィナ、今日もいいか?」
美女二人に囲まれた俺はやはり刺激されている。
味をしめたわけでもないけれど、両端から誘われた俺の相棒は発散する機会を切望していたのだ。
「今日もですか? 構いませんけど、講義の後はコーネル殿下の剣術稽古に付き合う予定です」
そういやコーネルの奴、早速声をかけたんだな。頼りない一面もあるかと思えば、強い意志だって持ち合わせているみたいだ。
「コーネルにみっちり教え込んでくれ。あいつが強くなることを俺は望んでいる」
「みたいですね? 私が学んだことくらいしか教えられませんが、頑張ってみます」
本当にリィナは最高だな。従順であり、気遣いもできる。ゲームにあったツン成分とやらは、どこにも感じない。
「ルカ殿下、リィナさんと親しげですわね?」
ここでフィオナがジト目をして俺を見ている。
まだ教官が来ていないから問題なかったものの、俺は彼女たち両方に気を配るしかないようだ。
「フィオナ様、私は殿下の騎士なんです。それに愛人だし……」
えっと、リィナさん?
ここでそういう流れにしますか?
俺は非常に困ってしまうのだけど。
「愛人ですって? わたくしも愛人ですわ。先日、裸同然で抱き合い、キスをしましたもの」
「キキキ、キスですって!?」
声が大きい。静かにしてくれませんか?
二人の愛人を抱えているなんて、女子率の高い魔法科で肩身が狭くなるのですけれど?
「殿下、どういうことです!?」
「ああいや、その……」
「わたくしを愛してくれているのですよね?」
「私の方が愛されてます! 今日もお相手を頼まれましたし!」
やめて……。
もう俺の精神力は限界なの。これ以上、やり合わないでくれるかな?
「ルカ様、リィナにされていること、わたくしも所望致しますわ! わたくしはリィナに貴方様のことを任されておりますので!」
「フィオナ様、確かにお願いしましたが、まだ先の話です! 今は私の恋人なのですから!」
うん、分かった。
ヒロイン総取りエンドはきっと地獄が待っている。ゲームにはなかった悲惨な結末が待ち受けているはずだ。
こうなると子爵家の長男であった頃が懐かしい。モテなさすぎて、俺はおかしくなっていたというのに。
まあそれで恋愛ゲーム。恋愛経験に乏しい俺が器用に立ち回れるはずもない。
ヒロインハーレムルートとか高難度すぎる。




