第090話 運命と望みと
「アレは三柱協定の残骸だもの……」
三柱協定って、あれか?
ネルヴァとセラ様がシエラに願ったとかいう……。
「そもそも勇者を南部の農耕貴族に宛がうなんておかしいでしょ? ネルヴァは本来なら、シルヴェスタ王国第一王子のポストに勇者を据えようと考えていたのよ。その方が動きやすいからですわ」
やはり三柱協定とは俺の死を前提とした世界救済案のことみたいだ。
協定を結んだネルヴァだが、どうしてか第一王子のポストに勇者を割り当てなかったらしい。
「勇者が動きやすくなる? じゃあ、どうしてグリンウィードという片田舎に配置したんだ?」
「それが三柱協定の結論ですの。私たちは望む未来に到達するため、色々と模索したのですわ。けれども、協定に沿う運命は簡単に構築できなかった。加えて強大な使徒の配置は世界を歪ませぬようにしなければなりません。魂の重みが一般とは異なるのです。偏った配置は世界を歪ませ、生じた混沌によって世界が穢れてしまうのですわ」
どうやら運命を操作するのも簡単じゃないらしい。
女神たちは試行錯誤の上に現状の世界を創り上げたってことかもしれない。
「配置を北と南に分けることで、世界は安定しました。ですが、協定の肝であるディヴィニタス・アルマの使用が難しくなったのです。遠縁でもないリィナを救うこと。無理矢理に当て嵌めた結果は再び世界を歪めることになりましたの」
世界ってのは意外と脆いものなんだな。
俺とリィナが出会わなければいけない。その結果から逆算して構築しようとするのだから、どこかに負担がかかってしまうのかもしれない。
「試行錯誤しましたの。けれど、思いのほか簡単に解決しました。空いた第一王子のポストに入ったマルシェの使徒を第二王子とすることで……」
えっと、よく分かんないな。
シエラが話す内容が事実だとすれば、元々シルヴェスタ王国に王子は一人しかいなかったってことか?
「シリウスしか王子がいなかった?」
「その通りですの。しかし、シリウスの重みでは北と南に配置された重みを相殺できなかった。北と南から、のしかかる圧力が中央に集中したのですわ。私たちは原因を排除するため、神力を出し合い新たな魂を中央に創造したのです。妙な圧力を相殺するためだけに」
とりあえず、アークライトが急遽配置された理由は分かった。
俺とアルクが南。リィナとコーネルが北に配置された。それによって生まれた歪みが中央を圧迫していたとのこと。だが、中央に配置されたシリウスだけでは相殺できず、重みを加算するためだけにアークライトは生み出されたらしい。
「じゃあ、アークライトを殺せっていうのは、もう必要なくなったってことか?」
「アレは中身のない置物ですわ。祝福の儀まで負の力に耐えられたら良かったのです。使徒たちが動き始めた今となっては世界も重みに慣れていますし、正直に邪魔なのですわ」
既に用済みってことか。
アークライトの評判が良くないのは負の力ってやつのせいかもしれんな。
「別に残ってても構わないだろ? 俺があの呪文を使うまでは邪魔にならないと思うけどな?」
「駄目ですわ。そもそもアレは輪廻する魂ではありませんの。私たちが創造した偽物であり、世界にとってはイレギュラーです。よって早々に排除しなければなりません。なぜならアレは……」
シエラがその理由を語る。
排除すべきわけを濁すことなく。
「アレはルカが死ぬためだけに配置されたモノですから」
えっと、なんだ……?
世界の歪みとかバランスとかどこいった?
俺は今しがた、アークライトの配置理由をそう聞いたはずなんだが。
「どうしてそうなる?」
「ルカが十七歳で使命を全うするため、生み出されたモノ。大元の存在理由はルカの死ですわ。よって、アレが世界に残る限り、ルカが死ぬ世界線を排除できません」
因果関係ってやつなの?
俺がリィナのために死を選ぼうとしているのは全てアークライトのせいだってのか?
「俺がリィナのために死ぬことはお前も許可してただろ? アークライトにこだわる理由が分からねぇよ」
「お馬鹿さんなところも可愛いですわね? なら説明してあげますわ。アレは改変された世界線の存在じゃない。この現状において異分子なのです。アレの存在は前の世界線へと帰結する。言い換えれば、あの世界線に戻そうという力。十七歳でルカが死ぬという捨てられた世界線に……」
ようやくと俺も理解していた。アークライトが及ぼす影響。生かしておけないその理由について。
だけど、聞くのが怖い。今なら俺にも殺害を勧める理由が分かったから。
アークライトの存在が残っているせいで、俺の死は二年後の十七歳になるという。
その力が及ぼす結果は俺が望む世界を否定するだけだ。
二年後までリィナは生きていないじゃないか――。




