第009話 幸運の女神の使徒として
「リィナは運命を受け入れ、聖女として頑張りなさい。魔神は複数の使徒を世に放っています。魔国の侵略に屈してはなりませんよ」
どうやら本格的に大陸の北端から魔族が侵攻してくるらしい。
私は告げられていました。私の使命や加護を与えられた意味について。
「魔神……ですか?」
「この宇宙という超常的な空間には数多の世界があり、概ね神と魔神が覇権を争っております。人は神の子であり、魔族は魔神の子。立場的な正義ではありますが、戦う宿命にあるのですよ」
セラ様は言う。神の子である私たちは魔に屈してはならないのだと。
「女神様たちは一人しか使徒を選べないのでしょう? 魔神は何人も選べるとか強すぎませんか?」
素朴な疑問を口にする。
こんな今も私はルカという男性について考えていたのですが、私が彼に報いる方法は魔族と戦うことしかない。従って、必ず勝利しなければなりません。
「実をいうと、エクシリア世界は状況が異なっております。基本的に世界は神と呼ばれる最高神により照らし出され、その陰に潜む者が魔神です。しかしながら、エクシリア世界には最高神が存在しない。下級神である女神だけで平穏を維持している。ただし、バランスを取るために、七柱の女神が守護することになりました」
どうもエクシリア世界は上位の神がいない状態のよう。従って、三柱から始まって七柱まで増強されるようになったのだとか。
「魔神と七柱の女神で同等なのです。今までもこれからもワタクシたちは魔神に対抗していかねばなりません」
使命は理解しました。最低な運命でさえも。
長い息を吐きながら、私は幸運の女神セラ様に頷いている。
「さあ、リィナは強く生きてください。これから、貴方は…………」
話の途中でセラ様は固まってしまう。
大きく目を見開いて、どうしてか呆然と頭を振っている。
「どうされたのです?」
最初から何も理解していない私ですけれど、本当に女神様のお考えは分かりません。
一体何に驚いているのか。どういったことで動揺しているのか。
幸運の女神セラ様はようやくと口を開いたかと思えば、小さく告げるのでした。
「協定が破られた……」
協定って、さっきの話にあった三柱女神による約束事のことかしら?
そうだとすれば、女神様たちの問題かもしれません。
「協定でしょうか?」
「先ほど言いましたね。ワタクシは武運の女神と悲運の女神の二柱と協定を結んだのだと」
やはり私の予想は正しかったみたい。
先ほどの協定に関することが破られたってことは、それってつまり……?
「私はどうなるのでしょう!?」
回り回って、協定は私の命を救う。間接的に私を生かす約束事こそが、三柱女神の協定であったはずです。
頭を抱えるセラ様。その反応は色よいものだと思えない。
「運命はもう別のルートへと入っています……」
どういうこと?
別のルートってことは今までのルートじゃない。だったら、私が生き延びる可能性は?
「私は……どうなるの……?」
質問には首が振られています。何も語られずとも、それは否定を意味しました。
志半ばで死に絶える私の運命が明確になったのだと。
「悲運の女神が裏切りました。シエラは使徒に力を使わせたようです……」
「どういった力なんですか!?」
問わずにいられない。
先ほどまで私は罪悪感に苛まれていたというのに、どうやらそれは偽善であったらしい。代理の彼が失われない場面で、私は安堵していないのですから。
「ディヴィニタス・アルマ。悲運の女神が与えられる最大にして最強の呪文です。そもそも、そのスキルがあったからこそ、三柱協定は結ばれました。その呪文こそが、貴方の運命を切り開くものであったからです」
ディヴィニタス・アルマという呪文は初めて聞きます。セラ様によると、その呪文を使って私の運命をルカという男性が背負ってくれるという話でした。
「どうしてルカ様は……?」
「嵌められたと申しましょうか。彼もまた死にたくないと考えていたようです。普通であれば悲運の女神シエラは聞く耳を持ちませんが、どうしてかシエラは使徒に魅入ってしまったらしい。よって彼を救う唯一の手段を行使させてしまったのです」
やはりルカという男性も聖人君子などではなく、生きたかったみたい。
どうも裏切りの背景には生への執着があったようです。人のことは言えませんが、使徒も女神様も生きる方を選んだだけ。そこに悪者が存在するとは思えませんでした。
「しかし、誰かの運命を背負ったとして、どうして私の運命まで影響するのでしょうか?」
「もっともな疑問ですが、話した通りでもあります。女神は間接的にしか運命に介入できません。回り回って貴方が聖女となり生き延びる運命を得られたように、他者の運命を背負うことで、ルカは殺されずに済むのです」
「まるで分かりません。詳しく説明してください」
ルカ様が生き続けるのは喜ばしいこと。だけど、私の命運が尽きるのなら説明くらいは聞いておきたい。
「ルカが受けた祝福の儀の会場には勇者となる魂がいたのですよ……」
徐に語られ出す。どうしてルカ様が生き延びるのか。なぜに私が死を迎えるのか。
「説明もなくディヴィニタス・アルマを悲運の女神は実行させました。彼の弟アルクの運命を奪うように。勇者という運命だけを狙い撃ち、自身の使徒に背負わせてしまったのです」
「いや、勇者ならば良いジョブでしょう? 私に何の影響が……?」
「分かりませんか? 勇者とは武運の女神だけが与えられる固有ジョブ。それを取り込んだルカは武運の女神の加護があるということ。そうなると武運の女神ネルヴァは、もうルカの自己犠牲を容認しません。勇者は世界を救済するために存在するからです。貴方が聖女であったとしても、勇者ありきの存在ですからね。魔族の侵攻が間近に迫る現状において、世界がルカを失うわけにはならなくなった。貴方のために死を選べなくなったのです」
ようやく私も理解できました。
回り回って私が救われないわけ。私の代わりに死ぬ予定だった人が勇者となり、結果的に私よりも価値のある人物になってしまったのだと。
「そんな……」
一度救われたような気になった。だからこそ、余計に落胆してしまう。
覚悟していたはずなのに、私は絶望していました。切り捨てられる側になって、初めてルカ様の心情を理解する羽目に。
「悲運の女神は気まぐれなのです。恐らくワタクシが嘆く様子を見たいと考えたのでしょう。しかし、ワタクシは幸運の女神。今もまだ幸福に向かって貴方を導くだけ」
今さらな話です。二柱の女神様がルカ様の肩を持つのであれば、私の味方は幸運の女神セラ様だけ。どうにもならないと思えます。
「使徒は一人しか選べないのではなかったのですか!?」
「悲運の女神は世界がバランスを崩さないように創造された原初の女神。武運の女神と叡智の女神が世界を前へと進ませるのであれば、後退させることでバランスを取る。悲運の女神は世界に異なる選択肢を与える柱なのです。原初の二柱に対抗するため、彼女には過剰な力が与えられています。七柱の誰よりも強い力が。世界の理をもねじ曲げる力を持っているのです」
語られるのは悲運の女神シエラ様が強大な力を持つ理由でした。
一方にだけ世界が進むとバランスを崩すのでしょうか。前進だけを考える二柱を抑制するため、その一柱はより強い力が与えられているみたい。
「基本的にシエラの興味は悲しみを知ること。よって今までは無害であり、間違いが起こることなどありませんでした。利己的であったとして、世界に影響はなかったのです」
私にとって好都合だった話は土壇場で破綻してしまった。女神様の気まぐれという納得できない理由で。
「リィナ、叡智の女神マルシェの使徒と会いなさい。叡智の女神ならば悪いようにはしないはず。彼女の使徒は賢者。何らかの手段があるかもしれません」
「叡智の女神様が病気を治してくれるのでしょうか?」
「言ったはず。女神は地上に直接関与できないのです。人の問題は人が解決すべき。貴方の病気を治す術を賢者ならば創造できるかもしれません」
私の目的が一つ生まれました。か細い灯りのように頼りないものでしたけれど、他に手段がないのであれば、私はそれに縋りたいと思います。
「直ぐさま旅に出なさい。叡智の女神の使徒は王都クリステラにいます。先んじて動いていかねばなりません」
「でも、賢者様はどこにいるのです? 私は何も知りませんよ?」
「問題ありません。貴方は幸運に恵まれている。王都へ辿り着くだけで出会えることでしょう」
本当かしら? どうもセラ様は私が不幸だといった話を気にしているみたい。
幸運に恵まれていることを私自身に体験させるつもりかもね。
「最後に勇者ルカを恨まないでください。彼は悲運の女神シエラに魅入られ、操られただけですから」
それは分かっています。全て承知しました。
私だって利己的に生きたいと願っていたのよ。だから、ルカ様が生きたいと願ったとして、非難できる立場じゃない。
今できることを精一杯にこなして、私は未来を切り開きたいと思います。今度こそ誰も犠牲にすることなく。
徐々にセラ様の姿が薄くなっていく。どうやら、この邂逅はここで終わりを告げるみたい。
さてと、私は頑張るだけだわ。どうせ死ぬ運命なんだ。私は私がやりたいようにやって、最後まで足掻いてみせる。
幸運の女神セラ様の使徒として。




