第088話 時空術士
「アークライトを殺しなさい」
えっと、マジで言ってんの?
てか、貴方は女神様ですよね?
現状の兄であるアークライトを殺せとか無茶言うんじゃねぇよ。
「待て。アークライトはそのうち討ち死にすると思う。急がなきゃいけない話か?」
「早いほうが整合性を保ちやすい。ルカが王子のままでいられる可能性は高まるでしょう」
「かといってな、俺は兄殺しの異名なんか欲しくないぞ?」
「アークライトが存在すればルカが切り捨てられるだけ。それどころか女性になってしまう可能性まであるわ」
まあ、それな。
どう考えても無理がある。男が女性の運命を背負うなんて、改変事案だらけなんだ。
「それでも俺はミリアを育てるのは不可能だと思う。リィナを救うためならば、俺は女にでもなってやるよ」
ヒロイン総取りエンドから百合エンドになったとして、俺はリィナを救う。彼女の笑顔が最後に残れば、俺はそれで良かった。
「私だって女でも構わないわ。同じ魂であるのだし」
そういや女神は人を魂で見ているんだったな。美の女神イリアは俺を女性にしようとしていたくらいだし。
「じゃあさ、ミリアはやはり世界から切り離されるのか? 親も友達も失ってしまう?」
思い出されるのはシリウスの境遇だった。
俺に運命を奪われた彼は華々しい王子という立場を失い、かつて持っていた人脈すら失ってしまったのだ。
「記憶のサルベージをしないなら当然そうなる。運命を失った人はそこから始まるだけだから。新たな過去を作るよりも、世界は新たな人として扱うでしょうね」
やっぱ俺は悪人かもしれないな。
一人を救おうとして一人を路頭に迷わせる決断ができるのだから。これからあと何人が俺の犠牲になるのだろう。
「あと確認だけど、時空術士は構わないの? フィンが持つジョブは最高峰だけれど……」
ここでシエラから別の話題がある。
それは俺だって気になっている。何とか騎士学校へ入ってくれないかと考えていたけれど、結局のところ彼は現れなかった。
「なら悠久の女神ニルス様の使徒がどこにいるのか知っているか?」
シエラは知っているかもしれない。悠久の女神ニルス様を問い詰めている可能性まであった。
「近くにいますわ」
えっと、マジで言ってんの?
あいつって俺を嵌めようとしてたんだよな?
「近くって、どこにいんだよ?」
「直ぐ近くよ。気付かなかったの?」
全然、分かんないって。
俺の近くって知った人ばかりで、あとは初対面だっつーの。
困惑する俺にシエラは解答を示す。思いもしないことを平然と口にしていた。
「コーネル・バリウスですの――」
待て待て待て!
おかしいだろ、それ。悠久の女神ニルスの使徒はフィン・ニルス・クロノリアのはず。
コーネルとは三日間過ごしたけれど、一度も女神の使徒だなんて話は聞いてないぞ?
「コーネルは凡才だぞ? 俺はクラス分け試験の結果を知っている。あいつは正直にミリアよりも弱い。絶対に使徒ではないと思う」
俺は自身の意見をぶつけている。相手は世界の守護者である女神様であったというのに。
「とはいっても、本当にコーネルなんですもの。ニルスの使徒は彼ですわ」
「本気で言ってんのか? だったら、俺の身分証を盗んだのはコーネルってことになるぞ?」
王都での事件が思い出されている。俺は身ぐるみ剥がされたあと、身分証を不正に使われてしまったんだ。
「馬鹿ですわね? あれはあれよ……」
だから分かんないって。あれがあれだか、それがそれだなんてな。
俺の心情を推し量ったのか、シエラは難解且つ単純な回答を口にしている。
「あれこそがフィン・クロノリアですわ」
頭がこんがらがる。
なんだ?
悠久の女神ニルスには使徒が二人もいるってのか? それだったら百歩譲って理解してやるよ。
「使徒が二人……?」
「違いますわ。使徒はコーネル・バリウス。フィンとかいう盗人はニルスが良いように使うだけの駒ですの」
そんなことできんの?
てか、良いように使う駒ってなに?
「詳しく説明しろ。俺は全てを理解したい」
「面倒ですわね? 私は眠たいというのに……」
「さっき起きたばっかだろうが……」
嘆息しつつもシエラは頷いている。
これでも俺に愛を語った女神だ。誠実な回答を期待するとしよう。
「まずコーネルは繋ぎの使徒。彼の命運はもう直ぐ尽きるのです。貴方を次の使徒とするために、使徒として耐えうる都合の良い魂を選んだだけですわ」
「いや、コーネルは皇家の子息だぞ!? 洗礼も祝福の儀も受けているはずだ!」
教会への寄付ができなくて判明しなかった場合とは明確に異なる。
コーネルは留学できるほどの立派な血筋であり、間違っても寄付金をケチるような生まれではない。
「教会では判明しませんの。使徒と女神との繋がりが弱ければ反応しないのです。彼は使徒であっても、何も与えられていませんから……」
面倒臭そうに髪先を弄りながらシエラ。彼女の説明は端的であったけれど、俺は理解できていない。
「そんなことあり得るのか?」
加護と使徒はセットだと考えていた。何も与えられていない使徒なんて俺には信じられない。
「無駄を省いたのでしょう。コーネルの運命が欲しかっただけ。魂と紐付けしただけであって、彼に女神からの供給は何もございませんわ」
「供給って俺は何か受けているのか?」
「もちろんですわ。溢れるほどの愛を私から受け取っているでしょう?」
「冗談で返すな。俺は真面目に質問している」
もしも俺が何か供給を受けているのであれば、信じても構わない。だけど、三柱の女神からそのような話は聞いていないんだ。
「忘れたの? スキルを使い果たしたときのこと。ルカは刀剣から炎を出したと思うのだけど?」
言われて気付く。
あれは魔将軍マステルとの戦い。烈火無双を使い果たしていた俺なんだが、最後の最後に俺の愛剣は炎を纏っていた。
「あれが……供給だってのか?」
「ネルヴァは頑張ったみたいですの。使徒と女神は繋がっているとはいえ、地上にいる使徒に必要以上の力を注ぐのは簡単なことではないわ。あの炎は過剰な供給を受けた証し。常々供給を受けている上に力を注いでもらった結果ですの」
そういうことか。
ずっと不思議に思っていたんだ。どうして、あのとき俺の剣は炎を上げたのか。マステルをぶった斬った一撃以降は一度も出なかったというのに。
「いつもネルヴァは力を注いでいますわ。現状ではマルシェの力も注がれており、魔法威力まで増大しておりますの」
そういうことなんだな。セラフィックレイの思わぬ威力もそれで説明が付く。
「で、お前は愛を注いでいるってか?」
「当然ですの。それとも悲運がお望み?」
「ああいや、愛で頼むわ……」
ただでさえツイていないというのに、シエラの悲運が注がれては堪ったものではない。
「話を戻すけど、フィンが使いっ走りしている理由はどうしてだ?」
分からないのがフィンの動き。
使徒でもないのだから、祈ったとして顕現できないと思う。しかし、フィンは的確に王都まで到着し、事を成している。
「それは神託ですの……」
「神託? 俺が夢で並行世界を見せられたようなやつか?」
「それですわ。ニルスは神託をしてフィンを操っていますの。コーネルに使う神力を使っているみたいですわ」
本来ならフィンが使徒であったはずだ。つまり途絶える運命だけでコーネルは選ばれ、彼は何も与えられていないのか。
「許せねぇな、悠久の女神は……」
「ルカ、ならばディヴィニタス・アルマを使いなさい」
いやいや、何言ってんのこの女神?
コーネルはろくなジョブを持っていない。試験結果からもそれは明らかだ。
しかし、シエラは述べた。俺に求める行動の理由付けとして。
「フィンこそが時空術士ですの……」




