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第087話 聖堂での祈り

 翌日は基礎的な訓練に終始していた。

 グランドを走り回る剣術科を見ていると気の毒にも思えるほどだ。


 対して俺たち魔法科はひたすら基礎魔法を唱え続けるだけだった。しかし、夕暮前に訓練が終わり、俺はレザルの街へと向かうことにしている。


 やはり女神様の意見を聞きたく思って。俺の独断が正解かどうなのかを知りたかったんだ。


 男子寮をあとにした俺は待ち構えていたようなリィナと出会う。どうやら彼女は俺を呼んでもらおうとしていたみたいだ。


「どうした?」


 俺が声をかけると、リィナは頷きを返す。冴えない表情から予想すると、好ましい話ではないだろうな。


「殿下、夕食のあと時間ありますか? 少しお話が……」


 ひょっとしてフィオナとキスしたことが早くもバレてしまったのかもしれない。そのうちに俺から切り出そうと考えていたのだけど。


「今じゃ駄目か?」


「込み入った話ですし。夜八時に魔道殿の裏でお待ちしております」


 言ってリィナは去って行く。

 嫉妬に任せて怒鳴りつけに来たのかと思えば、彼女はあっさりと立ち去っている。


「ま、俺から説明しておくべきだな……」


 隠し事は良くない。リィナは俺にゾッコンで、更には嫉妬深いとくる。知られる前に伝えておかないと。


 リィナが去って行ったので、俺は一人で聖堂へと向かう。


 北東の街レザルはお世辞にも賑わった土地ではない。基本的に農業が盛んなエリアであり、思わず元実家であるグリンウィードを思い出してしまうほどだ。


 俺は七柱女神像の前に跪き、いつもと同じように祈りを捧げていた。


「うふふ、おはよう。青の君……」


 脳裏に現れたのはシエラだった。

 もう夕暮前だというのに、おはようはないだろうがよ。


「もう、こんばんはだ。お前は怠惰の女神だったか?」


「私は尊き青の女神ですの。いつ何時も愛しき貴方のために存在していますわ」


「よく言うぜ。さっきまで寝てたくせに……」


 起きている時間ならシエラが出てくると考えていた。だから別に彼女だからと落胆することはない。


「お前はどこまで知っている? 俺の行動で間違っていることがあれば教えてくれ」


 一応は女神だからな。使徒である俺のことくらいは分かっているだろう。


「正解なんて後からでしか分からないわ。未来が過去となったとき、判断することですの。今の時点で言えることは何もありません」


「そんな哲学的に言われてもな。じゃあ、俺が愚者の女神の使徒を抱え込んだ場合、未来はどうなると思う?」


 こうなると具体的に聞くしかない。

 俺は今も悩んでいるんだ。ミリアは構わないと言ったけれど、本当に彼女の運命を奪って良いものかどうかを。


「どうなるのでしょうかね。本心を言えば拒絶したいところですけど、一つの魂がどこまで背負えるのか見てみたくなってもいます」


「ちょっと待て。背負いすぎると死ぬんじゃないだろうな?」


 魂には重さがあるとかどうとか。確か俺はめちゃ軽い魂だとネルヴァが話していたはず。


 運命に重さがあるのか不明だが、シエラの話だと圧死しかねない感じだ。


「魂が壊れる可能性。まあ貴方の色は全てを呑み込んでしまいそうだけど。常人であれば一つ背負っただけでも気が触れるわ。だからこそ、私は最初に手助けしたのだし」


 どうやらアルクの運命を背負う場面で調整してくれたのは俺を慮った末の行動みたいだ。俺の気が触れないようにと、シエラなりに考えてくれたらしい。


「シリウスのときには何もしなかっただろ?」


「寝てたんだもの。仕方ないわ」


「てめぇ、俺を助ける気があるのか?」


 ディヴィニタス・アルマに関してはシエラを頼るしかない。

 もしも気が触れてしまったのなら、世界が終わってしまう。俺は自我を残したまま、彼女の運命を背負わなくてはならないんだ。


「ミリアの運命を奪うときには起きておけよ?」


「構いませんけど、いいの? ディヴィニタス・アルマに介入するには神力を使う。あと三ヶ月もあれば二回分は溜まるけれど、今は一回しか介入できないわ」


 まるで意味が分からない。シエラが何を危惧しているのか。


「どういうことだ?」


「分からない? 現世の雌ネコが急に限界を迎えたとして、貴方は何もできなくなるのよ?」


 雌ネコってリィナのことだよな?


 そういえば、リィナは一年と持たないとしか聞いていない。

 極端に考えると、限界を迎えるのは明日かもしれないし、明後日かもしれないのだ。


「お前にも分からんのか?」


「現状の世界線は激しく揺れ動いていますの。女神とて予測は簡単じゃないわね」


 揺れ動く原因は俺のせいだろう。女神さえも予測に困るほど、俺は掻き乱していたようだ。


「じゃあ、ミリアのときには介入しなくて良い。きっとまだ大丈夫だ」


「そうかしらね? ルカは救世主としての自覚が足りませんわ」


「女神としての自覚がないシエラよりはマシだっての」


 どうしてか俺たちは笑い合っていた。

 決して冗談で場を和ませようとしたわけでもなかったというのに。


「じゃあさ、ミリアの運命を背負った俺はどうなる? やはり王子殿下ではなくなるのか?」


「現状ではそうなるでしょうね。どうしても王子が良いのであれば、手がないこともありませんけれど」


 俺は初めてシエラに女神としての力を見た気がする。

 どうあっても成り下がる未来しか考えられなかったというのに、彼女は手段があるように語ったのだ。


「教えろ。俺はできれば王子のままでいたい。女性の運命を背負った結末を俺は知りたいんだ」


「簡単なことですわ。世界は矛盾を解消しようと改変いたしますの。ですが、それには優先順位がもうけてあります。大国の王子なんてものは最たるもの。国が滅びかねない事象は世界としても回避するでしょう。たとえ世界がどれだけ歪もうとも」


 どうやら現状の立場は改変後の世界にも優遇される感じだ。できる限りを行使して、世界は俺を王子にしようとするのだとか。


「じゃあ、問題ねぇな?」


「いいえ、現状では王子という立場は失われるでしょう」


「おい、言っていることが矛盾してるぞ? 優先されるんじゃないのかよ?」


 俺にはシエラの話が少しも理解できない。辻褄が合っていないようにしか思えなかったんだ。


「矛盾しておりません。貴方が平民に墜ちたとして、現状は何も変わらない。アークライトが今も生きておりますから」


 そういや弟嫌いの兄貴が生きていたな。

 それはつまり俺の存在価値を低下させ、無理矢理な改変を生み出さない理由になるみたいだ。


「なので現状を維持しようとするのなら……」


 シエラは解決策を語る。俺には受け入れ難い話を臆面もなく。


「アークライトを殺しなさい――」


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