第086話 コーネル・バリウス
なんとか覗きの現行犯を逃れた俺は、全ての計測を終えて自室へと戻っていた。
ベッドに倒れ込みたい気分であったけれど、生憎と啜り泣く声が聞こえてしまう。
「コーネル……」
鳴き声はルームメイトのものだった。蝋燭も付けず、嗚咽を漏らす彼にかける言葉を俺は探している。
何しろコーネルは自国の首都が陥落したと聞いたのだ。詳細はまだ分かっておらず、父である皇帝陛下や家族の生死は不明なままである。
「俺よりも、よほど悲運じゃないか……」
ネルヴァによると悲運の魂は山ほどあるという。
現実にシエラは使徒の選定に興味がなかったくらいだし、コーネルもまた数多ある悲運の魂であったことだろう。
「なぁ、コーネル。お前は泣くだけか?」
俺は声をかけていた。
静観することも考えたけれど、こういったとき他者の声は必要だと思う。人知れず考えたとして、結論には至らないのだから。
「ルカ君……」
涙目が俺を捉えていた。共に王子という立場だ。少しの遠慮も敬意も必要ない。
「帝都のことは辛かっただろう。けれど、お前がやるべきことは泣くことじゃない。国のためにできることをお前はするべきだ。何のために騎士学校へ来たんだ?」
厳しい言い方だけど、俺には他に言葉が思いつかない。戦地から遠く離れた場所にいるコーネルには、どうすることもできないのだから。
「僕は……」
「明言しておこう。俺は未来を知っている。今は帝都陥落という一報で済んでいるけれど、帝国は滅びて魔国に占領されてしまうはず」
俺の言葉にコーネルは息を呑んでいた。
首都陥落といった事実から予感はしていただろう。だが、最悪の想定は考えないようにしていたと思う。
「それって……女神様に聞いたの?」
「ああ、そうだ。お前は決断しなければならない。ここに残って強くなり魔国に一矢報いるのか、或いは国に戻って討ち死にするのかを……」
現状のコーネルならばフライリザードですら倒せない。そのような弱者が魔将軍と戦えるはずもなかった。
「どちらも辛い道のりだね? 大国の王子殿下とは酷く異なっている……」
「俺を羨むのか? ま、それも良いだろう。しかし、俺を超えるくらいの気概がないと、この先は闇しか拡がっていないぞ?」
「分かってるさ。ただ僕だけが王国にいて、何もできない事実に打ちひしがれていただけだよ」
「分かっているならいい。コーネル、君は強くなるべきだ。魔族を憎め。魔国を恨め。絶対に魔王を許すな……」
俺の話をコーネルは目を逸らすことなく聞いていた。
伝えづらい話であったものの、どうせ訪れる未来だ。再び失意に暮れることになるのなら、今伝えた方がいい。コーネルが迷わず、足を踏み出せるように。
「はは、君は強いな? 僕に真似ができるとは思えないけれど、確かに泣いていたのでは何も解決しない。それに今から国へ戻っても無駄に死ぬだけだ」
どうやらコーネルは自分がすべきことに気付いたらしい。泣いている暇なんてないのだと。
「僕は訓練を受けるだけで良い? 教えて欲しい。君が知ることを全て……」
「俺も全てを知っているわけじゃない。戦闘値を上げるには魔物を倒すことが手っ取り早いが、前段階の鍛錬は必須だと思う」
強さはジョブとレベルなのだと聞いていたけれど、ゲームにあった要素を無視してはならない。体力や腕力といった基礎ステータスを疎かにすべきではないはずだ。
「とにかく剣を振れ。身体を鍛えろ。恨みや憎しみを力に変え、懸命に取り組むことだ」
たとえコーネルが本当にモブであったとして、俺は期待したいと思う。
前線で踏ん張れる要員は咽から手が出るほど欲しい。少しでもコーネルが強くなることを俺は望んでいる。
「リィナさんが惚れるわけだね? やはり君は男前だよ……」
「どうしてリィナの話になる? 何か聞いたのか?」
既に知れ渡っている関係ではあったけれど、わざわざ口にしたのだ。俺はその理由を聞いておきたいと思う。
「いや、剣術科の男たちが測定後に押しかけてね。リィナさんに交際を申し出たんだよ」
どうやらリィナの身体について知らない者ばかりらしい。病状さえ知らなければ、見目麗しい侯爵令嬢なのでその理由も分かる。
「それでリィナさんは自分自身をルカ君のものだと言ったんだ。全員が玉砕していたよ」
「なるほどな。それは嘘じゃない。俺もリィナを愛しているからな」
「それはご馳走様。フィオナ殿下とリィナさんの両取りとか流石は大国の王子様だね?」
「からかうんじゃねぇよ……」
俺は意図せずヒロイン両取りエンドへと向かっている。
まあしかし、それは現状での話だ。
フィオナとの距離は確実に近付いていたけれど、皇女殿下である彼女との接点はいずれなくなるだろう。王子殿下でなくなったのなら、俺はその他大勢のモブとなる可能性まである。
よって俺の未来はコーネルが考えるようなものじゃない。フィオナとの関係が続くとは思えないんだ。
もしかするとリィナとの関係でさえも……。




