第081話 ささやかな望み
俺とミリアはフィオナよりも先に待ち合わせの地点へ到着していた。
ここまでミリアのレベルは5しか上がっていない。
俺が致命傷を与えているのだが、最後の一押しができず、先に魔物が息絶えてしまうからだ。
「想像以上にキツいな……」
このままではレベル100で覚える最大級のスキルなんて何年かかるか分からない。リィナにはそのような時間がなかったというのに。
ちょうど二人きりだ。俺はミリアと腹を割って話をするべきかもしれない。
「なぁ、ミリア……」
「ななな、何でしょうか、殿下……」
ミリアの生い立ちは聞いた。
彼女は没落貴族であって、皇家の好意で後宮勤めを許されたらしい。本来なら騎士学校に入れるはずもなく、人知れず人生を全うしていたことだろう。
「自分の運命を恨んでいるか?」
「運命? それって、あたしの家のことでしょうか?」
「ああいや、家だけじゃない。今まで生きてきた全てに関してだ」
俺はとんでもない要求を投げようとしている。
ぶっちゃけ彼女の人生は最悪を脱したところだし、これから先も上昇し続けていくことだろう。這い上がったばかりであって、そのような質問は愚問に違いない。
「恨みとかないです。残念ながらお父様は借金を返済できずに、所領を失ってしまいましたが、あたしは今輝いていると思うのです。愚者の女神ルシアン様は適当に頑張れば良いと仰ってましたけれど、あたしはできるだけ足掻いてみたくなっています」
まあ、そうだろうな。
今は希望しか見えていないはずだ。侍女として騎士学校に入るには、普通ならば伯爵家以上が求められる最低ライン。没落貴族のミリアが選ばれるなんて、何度人生を繰り返そうがやってこない幸運なんだ。
「今が楽しいか?」
「どうして、そういうこと聞くのです? ひょっとして、あたしに恋しちゃったとか? いやでも、愛人ですよね? あたしは身分が備わっていませんし」
そうじゃないよ。俺が求めているものはそれじゃないんだ。
意図が伝わらないのなら、はっきりと言おう。俺が求める最低な要求について。
「君の加護をくれないか?――」
俺はどこまで自分中心なんだろうな。
臆面もなく、人生を要求しているなんて。今を謳歌している若き女性に対して、輝かしい未来を奪おうとしている。
ポカンとした表情のミリア。流石に理解できなかったのかもしれない。彼女はまだルシアン様との会話も、ろくにしていないはずだろうし。
「ああ、すまん。忘れてくれ……」
レベリングに疲れたなんて理由で人生を奪って良いはずがない。
俺は見たはずだ。王子殿下という地位を失ったシリウスの姿を。華々しい生活から一転して、孤児扱いとなってしまった彼の末路を。
苦笑いで誤魔化す俺に、ミリアは笑みを浮かべている。
「いいですよ?」
どうしてか意外な返答をもらっている。
俺の聞き違いだろうか?
駄目と分かって聞いた話に、肯定の返事をもらった俺は戸惑っていた。
「いや、よく考えろ。俺は君の人生を台無しにしようとしているんだぞ?」
「殿下なら良いです。きっと、あたしの戦いぶりが気に入らなかったのでしょう? 分かりますよ。絶対に足を引っ張ってるって……」
どうやら俺の態度から彼女は見透かしていたらしい。自分の力が及ばないことについて。
「今日の班割りはとても嬉しかったです。家を失ったあたしがシルヴェスタ王国の王子様と魔物狩りデートですよ? 姫殿下には悪いと思いますが、役得だと考えていたのです」
「そう思ってもらえたなら有り難いけどな……」
「今だって聞いてくれたでしょ? 殿下の力についてはルシアン様に聞きました。貴方様はあたしに黙って奪っても構わないのに、聞いてくださったのです。必要とされているものが加護であったとしても、あたしは嬉しく思いました」
どうして皆、良い子なんだろう。
なぜに俺を悩ますのか。
使徒に選ばれた女の子たちは性格まで優れている。構わないと言ってもらっても、俺には罪悪感が残ってしまうのに。
「実はこの世界線になる前、俺はとある人物の運命を奪った。彼の華々しい人生はそこで終わりを告げ、正直に一般国民以下の存在に成り下がったんだ。俺はそのことを知っていたのに、君の加護を手に入れようとする我が侭な男だ……」
「そうですかね? 世界が変わったとして気付かないのでしょ? だったら、あたしはそれでも構いません。なぜなら、落ちるところまで落ちた人生ですもの。ひょっとしたら、家族揃って幸せに暮らす人生に書き換わるかもしれない。あたしの過去からすると期待感がありますよ」
どこまでも彼女は自分を卑下する。没落した事実はミリアの心に影を落としているのかもしれない。
「あたしが役に立つのなら、迷わず使ってください」
「まあ、俺も主神と話をしてみる。ミリアもフィオナ殿下や相談できる人と話をして欲しい。ただし、君の人生が最悪になる場合も考慮してくれ。急ぐ話でもない。充分に思考した上で返事をくれ」
「分かりました。あたしは充分に考えた上で、殿下に許可を与えますね?」
「君なぁ、少しは自分を大事にしろよ?」
心配になってしまう。
きっと彼女は絶望を味わったことがある人だ。
その経験が自分に期待しないことへと繋がり、果てには自己犠牲を許容してしまうのだろう。
「じゃあ、次なる世界線では、あたしの王子様になってください!」
えっと、どう答えれば良いのだろうな。
改変は俺の意志に関係なく、世界が行っているだけなのに。
困惑する俺に構うことなく、ミリアは最後まで自身の希望を口にするのだった。
「愛人で結構ですから!」




