第080話 愛する人に望むこと
「単なる一目惚れですわ」
まあ、でしょうねぇ。
ルカ様は見た目と言動が一致しない人ですけど、一目見て恋に落ちる女性は多いかと思います。フィオナ殿下も例に漏れず、ルカ様を一目見て気に入られたみたい。
「胸が高鳴りました。わたくしはようやくイリア様のご要望にお応えできると確信したのです。わたくしが愛に溺れる様を見ていただけると直感しました」
「えっと、美の女神イリア様はそういったことをご所望なのですか?」
「そうなのです。わたくしが殿方から寵愛を受ける様が見たいと常々仰っておられますの。結果的にまだ見せられておりませんけれど」
ひょっとすると私の幸運が勝っているからかもしれない。
彼女が婚約破棄に至った理由に私は関与している可能性がある。
「そうでしたか……。申し訳ございません」
「いえいえ、わたくしは現状を楽しんでおりますの。好きな殿方に振り向いてもらいたい。このような感情は初めてですし、とても新鮮に感じられておりますわ」
本当にできたお人ですね。
私であれば嫉妬で頭がおかしくなりそうなのに、フィオナ殿下は楽しんでおられると言います。授かった美貌からの余裕かもしれませんけれど、私には真似できそうもありません。
「あの……、もしもルカ様が私の運命を背負ったとすれば、どう思われますか?」
何を聞いているのかな。
どうしてか私はずっと懐疑的に感じていた話を口走っています。
「リィナ様、未来は誰にも分かりません。その未来については、わたくしもイリア様から伺っております。非常に危うい状態にあるのだと……」
「知っておられましたか。ルカ様には前例があるそうです。ご存じでしたか?」
私の話には首を振られています。どうやら、セラ様に聞いた話をフィオナ殿下は知らされていないようです。
「実はこの世界の現状はルカ様が作り出したそうです。彼は行き詰まった末に、世界の改変を選んだ。信じられないでしょうけど、ルカ様は元々子爵家のご長男であったと聞いています」
「はい? ルカ殿下は第二王子様ですよね?」
私だって分かりません。
ですが、セラ様曰く、現状の世界はルカ様が改変した結果なのだと言います。全ての記憶が書き換えられた世界なのだと。
「私も信じられないのですが、この世界線になる前、ルカ様は世界の救済に行き詰まったそうです。それで前世界線の第二王子殿下にディヴィニタス・アルマを使用した。その効果によって、ルカ様は王子殿下となり、権力を得られたのだと」
「あの呪文は世界を変えてしまうものなのでしょうか?」
「基本的には運命を背負うだけらしいのですけれど、相手が王子殿下だったもので大事になってしまったようです。ルカ様は生まれ育った土地と家族を捨て、王子殿下になったのだとか……」
セラ様が仰る話ですので、真実なのだと思う。現実に生きる私たちには想像もできない話なのですが。
長い息を吐くフィオナ殿下。前例として口にした話は彼女としても思うところがあったのでしょう。
「ルカ殿下ならば、躊躇うことなどなかったのでしょうね。世界を救うための自己犠牲には感服してしまいます」
「だから困っているのです。殿下はきっと我が道を行く。世界救済を急いでいる背景には私の病気があると思えてならないのですよ……」
私は望んでいないと言った。殿下の代わりに生きる価値がないのだと。
しかし、ルカ様はそんなこと気にしない。きっと最後の場面で彼は私を助けてしまうはず。
「それはリィナ様の運命を彼が背負うという話でしょうか? 女神様たちはルカ様を信頼しておられるはずですけれど?」
「世界を救ったあとの話です。既に殿下の人生はディヴィニタス・アルマによって著しく変化しています。王子殿下という身分を捨てるくらい、彼にとっては簡単なことだと思うのです」
ルカ様だけが前世界線を引き摺っているらしい。従って、現状の親であるシルヴェスタ陛下や王妃様を家族として見ておられない気がする。最後の時、躊躇する家族の存在は既に他人となっているのですから。
「では、現状の世界線は前世界線というものと、まるで異なるのでしょうか? 改変結果までルカ殿下は知らなかったと?」
「知らなかったと思います。改変は世界が矛盾の消去に努めた結果らしいので。まあでも、世界が激変することは知っていたでしょう」
子爵家の長男から王子殿下になる。
それだけでも、激変する世界が予想できます。何しろ王子殿下を知らない人はいない。よって、彼が知る世界ではないと明確に分かります。
「それでは元の王子殿下様はどうなさったのですか?」
ここで思わぬ問いが返されています。けれども、私はある程度の予想を済ませていました。数ヶ月前、殿下がとある孤児を優遇していたのですから。
「恐らく、元の王子様は孤児になられたのかと。私には彼と出会った記憶がございますが、改変された記憶だと思います。それでもルカ様は金貨をお与えになっていましたし、悪いようにはなっていないかと」
悪いようになっていたけれど、最悪ではないと思います。あの慈悲こそが謝罪。私はあの彼こそが元の王子殿下だと疑わない。
「そうでしたか。では、リィナ様が危惧されていることは現実味があるということですかね。彼は現状の世界線に少しの執着もしていないと?」
「それは分からないです。でも、彼は私を助けると思えてならない。だから、フィオナ様には頑張っていただきたいのです。彼が異なる未来を見据えられるように」
それは本心であり、本心を欺いてもいる。
私を愛してくれることには感謝しかなく、私だけを見て欲しいのも事実。しかし、私は彼の代わりに生き続ける価値がない。皆に愛されるルカ様こそが生き続けるべきだ。
「その意見には反対ですわ。リィナ様の代理となるのは、わたくしの望むところではありませんの。たとえリィナ様を愛していようと、わたくしも愛されたいだけ。代用品は所詮、劣化したものでしかありませんからね」
確かにそうだわ。とても失礼な話をしてしまった。
フィオナ殿下は唯一無二の存在になりたいだけであって、私の身代わりになりたいわけじゃない。私が彼女の立場でも、そう思うかもしれません。
「とにかく、わたくしはこの先にどのような世界が待っていようと、ルカ殿下を尊重いたします。改変がどうあったとして、わたくしは現実に惚れておりまして、婚約破棄をした側の人間ですの。殿下に口出しできる立場ではありませんわ」
やはり聡明な方なんだ。
フィオナ殿下はルカ様に全てを一任するみたい。最後に私の身代わりとして失われるとしても。
「フィオナ様は構わないのですか? 彼がいない世界に価値を見出せるのですか?」
最低な質問だと思います。ですが、私は聞いておきたい。あとになって恨まれはしないかと。
フィオナ殿下は少しばかり逡巡したあと、徐にその口を開きます。
「ルカ殿下のいない世界は無価値ですわ。口出しはできませんが、容認できません。彼はわたくしが生きる希望。よって、わたくしはその決断を好ましく思いませんの」
フィオナ殿下はルカ様の話を受け入れたようで、その実は反対であるみたい。理由はただルカ様の存在でした。
「最後まで愛を語らい合いとうございます……」
この方も私と同じだ。
自分自身の価値をルカ様に見出している。彼が失われたあとの人生に希望は残っていないのだ。
「私も同じです。自分勝手に死なれては辛すぎる。残された者たちの心情など殿下は考えておられないのですよ」
「かもしれませんね。もしも、この先に殿下がまた違う人になったとして、わたくしは側にいたい。世界とやらの改変にはそれを望みます」
ひょっとしてフィオナ殿下は再び世界が改変を引き起こす事態を予感しているのかもしれない。
私は頷いていました。
あり得る話なのだと。ルカ様はそれでなくても慈悲深いお方。私だけでなく、他の誰かを救おうとする可能性が充分に考えられる。
「大丈夫ですよ……」
気休めにしかならないかと思います。だけど、フィオナ殿下の立場は問題ないと考えられます。
何しろ、婚約者だったのです。どれだけ世界が変わったとしても、接点を失うようなことにはならない。
「私もフィオナ様も……」




