第073話 幸運に導かれて
私は久しぶりにセラ様との邂逅を果たしていました。
いつ以来だろう。セラ様が仰った通りにルカが迎えに来て、聞いていたように私は彼と結ばれています。
幸せの絶頂にいた私は感謝の言葉を述べなければなりませんね。
「お久しぶり、リィナ……」
美しいご尊顔は記憶のまま。といっても数ヶ月ぶりくらいだから、そこまで古い話じゃないよね。
「お久しぶりです。セラ様が仰ったままの未来に私はいます。婚約破棄されたはずなのに、本当に私とルカ様は結ばれましたよ!」
「それは良かったです。ワタクシは貴方の幸せを第一に考えております。使徒の喜びは主神として嬉しいものですね」
「それで私は騎士学校に入ります。世界を救って英雄になる。彼の心と世界の記憶に私が生きた証しを残したい」
短い人生だけど、私はもう嘆息したりしない。
強い輝きを放ち、私はその軌跡を残すんだ。
愛する人に見守られながら逝くなんて最高のハッピーエンドだもの。
「リィナ、予想以上に魔国が力を付けています。魔将軍はあと五体ですけれど、もう直ぐ王国と隣接することでしょう」
ここで予定と異なる話が続けられる。
どうやらイレギュラーは魔神側の問題であり、女神様たちの管轄外。向こう側の動きが活発化しているからのよう。
「一刻も早くレベルを上げなさい。世界が滅びるよりも早く強くなるのです」
「そんなに切羽詰まっているのでしょうか?」
私の質問返しに、セラ様は黙り込む。
充分と思える時間を費やしてから、セラ様は見解を語り始めました。
「シエラがまたも裏切ったみたいです……」
はい?
シエラって悲運の女神様よね?
ルカ様に加護を与えた一柱。原初の三女神様は世界を救うために、全員が一人の人間を使徒に選んだ。
ルカ様は私の運命を背負うと言ったそうですけれど、三柱女神様はそれを阻止した。世界にはルカ様が必要だと説き伏せたのだと聞いています。
「シエラ様が何を裏切るのです?」
まるで分かりません。原初の三女神様は全員が世界の安寧を願っておられるのですし。
長い息を吐くようなセラ様。美しいお顔に似合わない表情です。
「実をいうと、リィナが考える世界と現実は異なっております」
え? それってなに?
現実は現実でしょ?
私が生きてきた人生は夢でも幻でもないはず。
「どういうことですか?」
「話せば長くなります。端的に言うと、現状の世界は大きく書き換えられた世界なのです。実際に起きた事象とは似ても似つかない世界……」
いや、全然分かんないって。
実際に起きた事象こそが過去であって、私たちにある記憶だと思うけど。
「とある問題が起きて、修正された世界と申し上げましょうか。現状はルカが創り出した世界。行き詰まった末に選択した現実です」
「ルカ様が創り出した……?」
「そもそも彼は子爵家の長男として誕生しています。王国に存在した第二王子にディヴィニタス・アルマを使用し、世界が激変しました」
信じられません。ルカ様は産まれてからずっと王子殿下。私は彼の許嫁であったはず。
「ただし、混乱はなく良い方向に世界は動いていました。けれど、再び危うくなっております。貴方の運命が今しがた揺れ動いたのです。シエラが裏切ったというのは、ルカが貴方を救う決断をしたということ。彼女はそれを容認したようです……」
「嘘でしょ!? 彼は王子様なんですよ!?」
激変した世界についてはよく知りません。だけど、ルカ様が間違っていることくらい私にも分かります。
「彼は今もその結末を望んでいるようです」
「いや、しかし……」
言いかけて恥ずかしくなる。
だって、理由はよく理解できたんだもの。このところ毎晩のように愛してくれるのだから。
よって私には分かる。彼は私を失いたくない。たとえ自分自身が失われたとしても。
「シエラは世界の破滅を望んでいる。勇者を失った世界は滅びるだけだというのに」
「そんなこと絶対にさせません! 私はもう人生を満喫しました。いつ死んだとして悔いなどございません!」
「良い子ね。恐らくルカは貴方を説得しようとするでしょう。けれど、使徒としての使命を全うしてください。最後は安らかに逝けるよう配慮しますから」
初めから私の死は確定していたの。
祝福の儀で聞いたときには落胆したけれど、既に私の望みは叶った。ルカ様と愛し合うという願望をセラ様は叶えてくださったのだし。
「私は死を恐れない。けれど、一つだけ心残りがございます。それさえ叶うのなら、この命は世界のために使うと約束いたします」
「貴方の献身に感謝します。心残りについて聞かせてください。できる限りを尽くすと約束いたしましょう」
どうやらセラ様はまたも私の願いを叶えてくれるみたい。
ルカ様との関係だけでも充分だというのに、私は恵まれすぎているわね。
ならばと、私は希望を伝える。図々しいけれど、迷わず逝くために。
「私の死後。そのあとの結末についてです……」
死ぬことに異論はない。どうせ長くない身体だもの。私は世界のために命の灯火を使う。
「ルカ様とフィオナ殿下の再婚約を希望します」
私の願いはそれだけよ。
ずっとお似合いだと思ってた。私なんかよりずっと綺麗で、お淑やかで気品に溢れている。王子殿下の隣にいるべき人だと私は嫉妬していたんだ。
「よろしいのですか? 貴方の恋敵でしょうに?」
「良いのです。ルカ様は死ぬ寸前まで愛してくれる。でも、私が死んだあと独りぼっちになってしまうのは可哀相だもの。私への想いを引き摺るなんて意味がない。残りの人生の方が長いルカ様には支える人が必要です」
これで良いんだ。
私は充分に愛されたわ。独り占めしたい気もするけれど、それはエゴでしかなく、間違ってもルカ様のためじゃない。だから、この身体が滅びると同時に私は身を引くんだ。
「なるほど、承知しました。今さら魂の紐付けはできませんけれど、イリアとワタクシが手を結ぶと、ルカとフィオナの運命は少しだけ近づくことでしょう」
残念だけど、晴れ晴れとしている。
死後の後片付けを自分でできたから。私は失われたあとまで、ルカ様を縛り付けるべきではない。
「ありがとうございます。私はセラ様の使徒で幸せです。本当に幸運に恵まれていましたね?」
「ふふ、貴方は幸運に愛された魂。これまでもこれからも幸運の黄色を纏っておりますよ」
言ってセラ様が薄く消えていく。
私はやはり幸運の下にあった。
満足な身体ではなかったというのに、愛する人に愛された人生を送れたんだ。こんな今は私以外の誰にも迎えられないことでしょう。
女として人として。幸運であったと確信できるわ。




