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第061話 予期せぬ事態に

 フィオナが王城に間借りしてから二日。


 俺たちはまだ適切な関係を守っている。彼女のことも守ろうと誓った俺であるが、やはり踏み込む勇気が足りていない。


 まあそれで、俺は父上ことシルヴェスタ王陛下に呼び出されていた。色々と悩ましい問題を抱えているというのに、一体何の用事だろうな?


「ルカ、お前は何という馬鹿な行いをしたのだ?」


 開口一番、俺は馬鹿だと罵られている。

 父上、そんなことは重々承知しておりますけれど、俺だって精一杯に王子を演じているのですがね?


「何事でしょうか? 俺が何をやらかしたというのです?」


 まるで意味が分からない。

 フィオナとはまだ何の関係もないのだ。馬鹿な行いといわれても、ピンと来るはずがない。


「分からんのか? お前は聡明な人間だと考えていたのだがな……」


 嘆息する父に俺は小首を傾げている。まるで想像できないのは父上が話すように俺が馬鹿だからかもしれない。


「フィオナ殿下に側室を要求しただろう?」


 言われて気付く。

 そういや婚約早々に俺はリィナのことが好きだと言ったのだ。それでフィオナが提案をした。リィナを側室にしてはどうかと。


「皇王陛下は激怒されたようでな。本日予定されていたグラハム教皇への報告も取りやめとなった」


 まるで言葉がない。弁明の余地すらなかった。


 やはり俺は馬鹿なのだろう。順追って伝えるべき話を二段飛ばしにした結果、王国として救世主として最悪の展開を招いている。


「つまり婚約は白紙に戻された」


 俺は目先のことばかり考えていたんだ。

 つまりイステリア皇王陛下の心証まで考えていなかった。一人娘を嫁がせるというのに、いきなり側室を要求するのは明らかに間違いだ。即座に撤回されるのは自明の理である。


「あれ程までに器量の良い姫君が第二王子で構わないと仰ったのだぞ? お前は何を考えている?」


「父上、俺は本心を告げただけです。リィナを愛していると……」


 弁明など意味を成さないのは分かっている。だけど、俺は伝えておきたい。俺にとって愛する人はリィナだけであるのだと。


「リィナのことは儂も心苦しく感じておる。だがな、現実を見据えろ。リィナはもう長くない。主治医の所見でもそれは明らかだ」


 俺だって知っているさ。なんなら誰よりも分かっている。けれど、俺には彼女を救う術があって、俺はそれの行使も辞さないつもりなんだ。


「だからといって、彼女を見捨てるなんてできません。だからこそ、俺は側室を要求しました。せめてリィナにも幸せを感じて欲しくて……」


 俺の返答に父は長い息を吐いていた。

 分かってくれるはず。リィナと俺が歩んだ軌跡は明確に残っているのだし。


 いつ何時も一緒にいた。俺の記憶にあるものは全て父も知っているはずなんだ。


「フィオナ殿下に謝罪します。客間にいらっしゃいますか?」


 一応は謝罪が必要だろう。

 俺の我が侭で立ち消えとなったんだ。彼女は一目惚れしたと話していたし、きっと破談は皇王陛下の一存に違いない。


「いや、早朝に帰り支度を済まされた。朝一番でクリステラを発たれている」


 嘘だろ?

 俺は別れの言葉すらかけられていないってのに。


「馬で追いかけます!」


 いてもたってもいられなかった。

 俺は父上との話を中断して、部屋を飛び出していた。


 衛兵が引いていた馬を無理矢理に借りて、東側の街門からフィオナを追いかけていく。


「半日もあれば追いつけるはず」


 二頭引きとはいえ向こうは馬車であり、加えて兵を引き連れている。

 休まずに追いかけたのなら、王国を出る前に接触できるはずだ。


 何時間が経過しただろうか。何もない荒野の先。俺は街道の先に影を見つけていた。


「陽炎じゃない。あれは馬車か……?」


 近付くにつれ大きくなる影が陽炎であるはずもない。どうやら俺はフィオナを乗せた馬車の車列に追いついたようだ。


「あれ……?」


 刹那に前方で火の手が上がった。

 荒野のど真ん中で火柱が立ち上るなんて考えられない。何事かと思うけれど、俺はその理由を推し量ってもいた。


「魔物か!?」


 火を吐く魔物は多くない。往々にして、それは竜種であった。


 それも遠くから確認できるほどの炎。フライリザードのような半端な魔物ではないと思う。


「って、嘘だろ!?」


 迫る巨大な影に俺は焦っていた。

 見えていた影は馬車の車列などではなく、それこそが竜種であったらしい。


「ファイアードラゴン……?」


 巨大な火柱を吐くドラゴンが他にいるはずもなかった。

 ただでさえ竜種は脅威だというのに、圧倒的火力のブレスまで吐くなんて理不尽な存在だと言える。


「俺はまだ謝罪してねぇんだよ!」


 突然、別れることになった。それも俺の我が侭によって。

 フィオナは何も悪くないというのに、彼女の一目惚れは最低な結末を迎えている。


 悲運なのは俺だけで充分だ。

 破談となっただけでなく、帰路にて竜種と鉢合わせてしまうなんて。フィオナもまた悲運の星の下に産まれちまったのか?


「いや、俺と出会ったからこそか……」


 普通の魔物であれば、フィオナの護衛でも何とかなっただろう。しかし、危険度一等級ならば、一国の軍隊をも必要とする相手。連れていた兵たちでは一溜まりもないはずだ。


 脳裏に渦巻く不穏な予感を振り払い、俺は馬から飛び降りてファイアードラゴンへと斬りかかっていく。まだ生きていてくれと願いながら。


「クソがぁぁっっ!!」


 業物の愛剣を力任せに振り下ろしている。しかし、固い鱗は同等の金属であるかのように、乾いた音を響かせるだけだ。


 俺は直ぐさまスキル豪腕を使用し、再び斬りかかっていく。


「ちったぁ効いただろ!?」


 今度は鱗を砕いている。血が流れ出ているのだからノーダメージではないはずだ。


「フィオナは!?」


 向こう側はドラゴンの巨躯によって確認できない。


 俺は直ぐさま駆け出し、ドラゴンの脇をすり抜けていく。まだ生きていてくれと、一心に祈りながら。


「フィオナァァ!!」


 俺は希望を抱いていた。なぜなら、回り込んだ俺の視界には彼女の精霊術が見えたからだ。


 それは青い光を発している。

 恐らく水精霊の力。フィオナは兵たちを守るために大精霊を喚び出していたんだ。


 ならば俺は駆け付けるだけだ。懸命に走っては、声の限りに叫ぶ。


「間に合えぇぇっ!!」

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