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第059話 一目惚れ

「どうやら、わたくしは一目惚れしたようです……」


 マジっすか。

 以前にネルヴァが言ってたけど、俺はやはりモテるのかもしれん。皇国一の美貌と名高い姫君に一目惚れされてしまうなんて。


「あ、ありがとうございます……」


「ルカ様、どうか名を呼んでくださいまし。フィオナと口にしてくださいまし!」


 身を乗り出すようにフィオナ。どうやら一目惚れは嘘でもないようで、彼女は真っ直ぐに俺を見ていた。


「フィオナ……」


「はい、わたくしはフィオナですわ! 貴方様の婚約者でございます!」


 フィオナはテーブル越しに俺の手を握る。


 えっと、視線を合わせづらいな。なぜなら、身を乗り出した彼女の胸元が大きく開いていたからだ。


「落ち着いてください、フィオナ殿下……」


「敬称は不要ですの! わたくしは貴方様の婚約者。誰よりもお慕い申し上げております。わたくしを呼ぶときには必ずフィオナとだけ口にしてくださいまし!」


 敬称を付けられると悲しくなるとフィオナ。こんなにも愛される理由が分からないけれど、彼女は大真面目に語っている。


「俺はまだフィオナについてよく分かっていない。だからその……」


「胸のことでしたら故意ですの! まだ侍女にしか見られたことはございません!」


 はだけた胸はわざとそうしているとのこと。


 明らかに大きい。何がとは言わないけれど、滅茶苦茶に大きい。今すぐ国宝に指定すべきだと考えてしまうくらいに。


 とても平常心でいられそうにない。前世界線において、俺はリィナの胸を見ていたけれど、フィオナのは破壊力がありすぎる。


「ルカ様、わたくしを見てください!」


 この姫様、積極的すぎね?

 俺の相棒がノーライフじゃなければ、絶対に爆発しているところだぜ。


 しかし、いつまでも視線を外しているのは悪いような気もする。

 なんてか、男は度胸だ。フィオナを悲しませないためにも、はだけた胸元に俺は視線を向けるしかない。


「ぅっ……!?」


 嘘だろ?

 マジなのか、相棒?


 それは久しぶりの感覚だった。

 これまでピクリともしなかった俺の相棒が、あろうことかこの場面で目を覚ましている。


 これまでの体たらくを相殺するかのように力強く、ズボンを突き破る勢いで隆起していたんだ。


 まるで聖なる丘に突き立てられた聖剣。錆び付いた俺の愛剣はそのポテンシャルをようやく発揮している。


「マジ……?」


「まあ、ルカ様ったら!? わたくし、イリア様に教えていただきましたの! それって、わたくしをお求めになられている証拠ですわね!?」


「いやその……まあ……」


 このままだと理性が吹っ飛んでしまいそうだ。

 彼女は婚約者であったけれど、行為を済ませるのはリィナに悪い気がしてしまう。


「あれ?」


 リィナのことを考えるとと、相棒は瞬時に眠りに就く。一転してシオシオになっていた。


 どうやらリィナに対して罪悪感があるのは相棒も同じらしい。

 まあしかし、一時でも復活したことは喜ばしいことであり、その点に関してフィオナには感謝すべきだな。


「どうされたのでしょう? 元気一杯でしたのに……」


 流石にフィオナも気付いたようだ。再び冬眠状態となった我が愛剣の状態に。


 さて俺はどう答えるべきなのだろうな。正直に話すべきか、或いは誤魔化すべきか。


 悩んだ末に出した結論は弁明でも詭弁でもない。俺の気持ちを余すことなく込めた本心というべき理由であった。


「元婚約者について考えてしまったんだ……」


 俺は本心を伝えることに。

 フィオナが婚姻を申し込むよりも前のこと。俺には許嫁がいたという話だ。


「許嫁に悪いような気がした。俺と彼女は愛し合っていたから……」


 一転して表情を曇らせるのはフィオナだ。


 知らなかったのだろうか?

 現状の俺に婚約者がいないことしか伝えられていないのかもしれない。


「どうして……破談となったのでしょう?」


「それには理由がある。生まれる前から彼女との婚約は決まっていたんだが、魔力循環不全という病気を抱えていてな。もう回復する見込みがなくなったから、破談にしようと相手先から申し出があった」


 この話題は、やはり心を病む。元気一杯だった我が愛刀は今やなまくらの剣。何の役にも立ちそうになかった。


「そうでしたか……。素敵なフィアンセを失うことになったそのお方は、さぞかし辛かったでしょうね」


「まあ、君が気にすることじゃない。だけど、俺が踏み込めない理由はそこにある。俺は今も彼女のことを愛しているから」


 こんな話をしていいのか不明だ。

 政略結婚であったとしても、俺たちは世界救済のため、関係を維持していかねばならなかったというのに。


「ルカ様、わたくしの気持ちは変わりません。わたくしに心が向いていなかろうと、貴方様を想い続けます。どうしてもと仰られるのであれば、側室に迎えていただければよろしいかと。わたくしはこの婚約を破棄できませんし、するつもりもございません」


 そもそも政略結婚だもんな。


 既に成立したそれを彼女は破棄できないだろう。ましてイステリア皇国から持ち掛けた話であるのだから。


「側室に迎えて構わないのか? 跡継ぎが生まれる前に……」


「わたくしは貴方様に疎まれたくありませんの。ルカ様が求められることには全てお応えする所存です。嫉妬はしますけれど、貴方様を失うことで心が痛むよりも、ずっとマシなのですわ」


 強い女性だと思う。この世界線の彼女は俺が知るフィオナと異なっているように感じた。


 アークライトとの婚約に憂鬱さを浮かべていた彼女とは明らかに違う。今の彼女は感情に真っ直ぐであった。


「悪いけど、そうさせてもらう。俺には彼女が必要なんだ」


 了承を得られたのは前進だ。

 俺はどのような世界線でもリィナと共にある。フィオナには悪いと思うけれど、それが俺の本心だった。


「では、早速と婚姻の準備に取りかからなくてはなりませんね?」


「はいぃ?」


 どうしてかフィオナは婚約したばかりだというのに、もう先の話を始めている。


「気の抜けた返事をしないでくださいまし。だって、そうでございましょう? 側室を迎えるのであれば、わたくしと結婚していなければなりませんもの」


 そういやそうだな。

 側室を先に向かえるとか意味不明だし。そもそもそれは側室じゃねぇな……。


 過剰に逡巡してしまうが、もっともな話だ。

 リィナには時間が残されていないし、フィオナが乗り気なのであれば俺は承諾するべきだろう。


「分かった。結婚しよう」


 軽はずみな決断であるが、それ以外に俺が望む未来はない。俺は覚悟を決めて、フィオナの申し出を受けるだけだ。


 対するフィオナは満面の笑み。とてもじゃないけれど、側室前提の結婚だとは思えないほどの喜びようだった。


 まあそれで俺は前世界線と同じような言葉をもらう羽目に。

 フィオナの一途な想いをそのままにぶつけられている。


「ふつつか者ですが、末永くご寵愛くださいまし……」

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