第058話 フィオナ皇女、再び
シリウスの運命を奪ってから一ヶ月が経過していた。
書き加えられた記憶のおかげで、王子殿下という重責も何とかこなせている。
しかし、本日は少しばかり戸惑っていた。なぜなら、唐突に婚約者であるフィオナが王城を訪問したというのだから。
「ルカ様、背筋を伸ばして。ほら、タイが歪んでます!」
どうしてかメイドではなく、リィナが着付けの世話をしてくれている。
現状は必要以上にジャポタイを締め付けられているところだ。嫉妬の炎を燃やしているのか、リィナは俺を窒息死させようとしているのかもしれん。
「苦しいって。フィオナは婚約者なのだから会いにもくるだろう?」
「分かってます。でも、分かってないかも。やはり私は殿下のこと……」
独占欲が強いのは知っている。
何しろ前世界線において、リィナは浮気など許さないと語っていたのだ。現状はリィナこそが浮気相手であり、俺を咎める理由など彼女にはなかったのだけど。
「リィナ、俺も君を愛している。だが、俺はフィオナのフィアンセでもあるんだ。両国の関係もあるし、無下にはできないんだよ」
「分かってます。私が健常でさえあればと考えてしまうだけですわ」
この世界線において、俺とリィナは口づけくらいしかしていない。改変された記憶には肉体関係の事実などなかった。恐らく前世界線における相棒の無能ぶりが反映されているのだろう。
「リィナ、俺は君を愛している……」
侍女はいない。リィナと二人きりだ。
俺は愛を語ったあと、彼女にキスをした。
どれほど世界が変貌しようと俺の気持ちは同じ。その感情を確かめるように、彼女と唇を重ねるのだった。
ドレッシングルームを出たあと、俺はフィオナが待っているという貴賓室に。
流石にリィナはここまでだ。侍女ですらない彼女の入室は許可されていないのだから。
部屋に入ると、真正面にフィオナが座っていた。
やはり美の女神の使徒。ヒロイン感を過剰に撒き散らしているような佇まいである。
「初めまして、ルカ殿下。わたくしはフィオナ・イリア・イステリアですわ」
とても上品なカーテシーだ。立場的には皇配となる俺よりも優位にあるはずだけど。
まあそれで、微笑むフィオナに俺は息を呑んでいた。
彼女と会うのは前世界線を加えて二度目だというのに、気品溢れるその美貌に意図せず見入ってしまう。
「ああ、初めまして。しかし、俺で良かったのか? アークライト兄様には婚約者がいないけれど?」
とりあえず、話題の一環として。
世界がどのような格好で収拾を付けたのか知りたいと思う。それに彼女は使徒だ。イリア様に色々と聞いている可能性もあった。
「イステリア皇国には、わたくししか後継者がおりません。故に第二王子殿下である貴方様が望まれるお方なのですわ」
なるほどね。流石に第一王子を皇配として迎えるわけにはならないもんな。
既にアークライトが戦死する未来はなくなっているのだし、シルヴェスタ王はその申し出に快諾されたのだと考えられる。
「それで本日は何用で? 訪問予定は聞いていなかったが……」
「その件に関しては誠に申し訳なく感じております。聖七神教会に婚約の報告をする必要ができましたので、足を運んだわけでございますの」
聖七神教会の本堂は王都クリステラにある。
婚約をして約一ヶ月。教会の重鎮たちは彼女自ら報告するようにと通達したらしい。既にシルヴェスタ王が報告していたにもかかわらず。
「それは大変でしたね? 我が国は歓迎致します。どうぞ長旅の疲れが癒えるまで、王城にてお過ごしください」
俺としては間違いがないように返答しただけだ。ところが、フィオナは口を尖らせ、不満そうにしている。
「他人行儀ですのね? わたくしは貴方様に会いたい一心で登城しておりますのに」
どうやら俺の対応がマズかったようだ。
政略結婚であったのは明らかだが、フィオナは婚約者としての対応を希望しているらしい。
「どうして俺に興味を? ただの第二王子ですが?」
「卑下しないでくださいまし。正直にこの縁談は拒否されると考えられていました。なぜなら、貴方様は世にも珍しい三柱女神の加護を持つ者。王国において加護がそこまで重要視されていないのは分かっておりますが、流石に三柱女神の加護を持つ貴方様を迎え入れられるとは考えておりませんでした」
駄目元で申し出たという話なのだろうか。
引き継がれた世界なので受諾は決定的なのだが、どうやらフィオナはイリア様に何も聞いていないようだ。俺が引き起こした改変について何も伝えられていないのかもしれない。
「じゃあ、どうして話を持ちかけたのです?」
疑問しかないな。
第二王子に断られてから、第一王子に話を持って行けるはずがない。第一希望が第二王子であるのなら、プライド的にもアークライトが受諾できるはずもなかった。
「わたくしの一存ですわ。美の女神イリア様が仰っていたのです。ルカ様こそがこの地上で一番の美貌を備えていると。ならば素敵な王子様であるのは明白でしょう? わたくしはその話を伺ってから、昼夜を問わず貴方様のことばかり考えていました。だからこそ、お父様に婚約話を進めて欲しいと願ったのですわ」
フィオナは続ける。この婚約が彼女の希望であることについて。
やはりイリア様は詳しい話をしていないようだな。リィナも知らない感じだし、女神たちの間で箝口令が敷かれているのかもしれない。
「イリア様のお話は正しかった。正直にわたくしは正しい選択をしたようです。政略的でありながらも、わたくしの幸せをも同時に成し遂げられたのだと」
言ってフィオナは頬を染める。
この反応は過度に嫌な予感しかしない。
困惑する俺に構うことなく、彼女は真意を告げた。
「どうやら一目惚れしたようです……」
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