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第057話 叡智の女神マルシェ

 徐に浮かび上がる人影。若葉色に輝くそれは間違いなく叡智の女神マルシェ様だ。


 しかし、何やら様子がおかしい。マルシェ様は真っ赤にした顔を背けている。


「えっと、マルシェ様……?」


「あっ、ひゃい!?」


 声をかけると、彼女はビクンと飛び跳ねてみせる。


 いやいや、俺はかなりビビってたんだけどな。ネルヴァ曰く、圧倒されるという女神様に。


「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ?」


 視線すら合わせないマルシェ様に俺は微笑む。このままでは会話すらできない。ならば、俺から歩み寄るべきだろうと。


「そそそ、そうですよね!? シリウスなんて痴れ者とルカ様が同じなわけありませんよね!? わたしは貴方様の下僕! 何なりとご命令くださいまし!!」


 うん、ネルヴァは間違っていないようだ。

 何しろ俺は既に圧倒されている。思いもしない方向からだけど。


 てか、マルシェ様の腰が低すぎる。俺を慕う以前の問題じゃないか。


「いや、俺は使徒ですし……」


「使徒様! わたしにできることは何かございますでしょうか!?」


 駄目だな、これは……。

 本当に女神様はろくな人材がいない。数多あるという他の世界のように、最高神が一柱いたら良かったのにと思わず考えてしまう。


「えっと、俺がすべきことって何かあります?」


「滅相もございません! ルカ様のお手を煩わせるようなことは何もございませんです!」


 えっと、シリウスは一体どうやってコミュニケーションを取ったのだろうな。これは俺の手に負えない女神様じゃねぇか。


「シリウスには何を話されて……」


「あのようなゲスに一時でも加護を与えていたなんて! ああ、申し訳ございません! 決して、わたしの本意ではなかったのでございます! わたしは初めから新緑の如き輝きを発する貴方様に惚れているのですから! お慕い申し上げます!」


 どうやら俺に対する好感度が高すぎるせいかもしれない。シリウスは酷い言われようなのだから。


「じゃあ、聞きますけど、リィナを助ける術はないのですか?」


 どうせ会話が成り立たないのなら、俺は知りたいことを聞くべきだ。何しろ彼女は叡智の女神。他の女神が知らない話を知っているかもしれない。


 地上に女神は関与しないとネルヴァは話していたけれど、マルシェならばうっかり口を滑られてしまうような気がするし。


「ディヴィニタス・アルマ以外でしょうか……?」


 急にテンションが下がった。

 やはりマルシェにも躊躇いがあるのだろう。どこまで伝えられるのか分からないが、俺は聞いておきたい。


「そう。あの呪文以外で……」


 頷くマルシェ。

 ネルヴァは教えてくれなかったけれど、あいつは方法があるようなことを話していた。このエクシリア世界において治療法がないだけだと。


「あの病気は基礎疾患です。生まれつき魔力を生成できない子は直ぐに死んでしまいます。けれど、循環させられないだけであれば、治療法がないわけではありません」


 俺は鼓動を速めていた。

 ネルヴァが語ったものと似ているけれど、マルシェの話にはまだ続きがありそうなのだ。


「魔腑という器官で生成した魔力は魔管を介して体内を循環します。また魔腑は心臓と直結しており、生成されるや体内を循環する仕組みです。彼女は十五歳まで生きていられたのですから、恐らく僅かには循環しています。けれど、充分ではない。となると、放出側に生成された魔力の大部分が垂れ流しになっているということでしょう……」


 非常によく分かる説明だった。何でも命令してくれと言った通りに、マルシェは答えてくれている。


「解決方法は二つ。一つは魔腑の生成量を増やすこと。もう一つは放出側の魔管容量を減らすことです」


 どうやらリィナは生成した魔力を使用の有無にかかわらず垂れ流していたらしい。


 マルシェの話から察するに、魔法に使うための魔管が太すぎるのだろう。体内に循環させる心臓側へ流れ込む圧が足りない。よって少量しか循環していないみたいだ。


「てことは魔管を細くするのが手っ取り早いか?」


「数多ある世界の中で、人口魔腑を錬成できた例は一つしかありません。残りの世界において、その治療法は魔管をどうにかしております」


 明言はしないが、俺の推測は当たっているようだ。

 臓器を錬成するなんて不可能に近い。それこそ神の領域に首を突っ込んでいる。


「魔管なら、どうにかできるってことだな?」


 確認には頷きがあった。

 これにて確信する。俺はディヴィニタス・アルマを唱えずともリィナを救えるのだと。


「方法は錬金術か?」


 再度の質問には何も答えない。

 恐らく、その返答は踏み込めない領域なのだろう。


「じゃあ、話題を変えよう。俺はミリアという錬金術士に会った。彼女は加護として天則履行というジョブを授かったらしい。だけど、俺にはそれが最大級の加護だとは思えないんだ……」


「天則履行は錬金術士としては中難度のスキルです。最高難度のスキルは他にございます」


 質問を変えたからか、マルシェは答えてくれた。やはり踏み込みすぎない話であれば、問題などないらしい。


「てことはミリアのレベルアップが必須……」


 ゲームでも途中で諦めていた。

 そもそも戦闘員でないミリアを高レベル帯まで上げるのは困難極まりない。


 レベルは敵を倒してこそ上がるのだ。まして、エクシリア世界はゲームではない。現実においてミリアを育てきるのは難しいと思われる。


「じゃあさ、俺が今以上に運命を奪うとどうなる?」


 現状は王子殿下。戦う土壌は今以上の立場を望めない。だからミリアのジョブを奪った場合の弊害が知りたかった。


「ディヴィニタス・アルマは上書きではございません。貴方様は背負うだけ。今も根底にあるのはルカ・シエラ・アルフィスでありまして、矛盾を生む要素を世界が排除ないし、改変しているに過ぎません」


 煮え切らない返答だった。

 まあでも分かっている。書き換わるのではなく、上乗せされていること。

 俺は前世界線の情報を引き継いでいるんだ。根本から書き換わっていないのは明らかである。


「錬金術士を手に入れると、恐らく世界が歪みます。シエラの協力が得られないのであれば、ご使用は控えていただきたく存じます」


「世界が歪むとは具体的にどうなる?」


「王子殿下という立場は削除しきれないように思いますが、その結果は実行しないことには分かりません。何しろ世界に対して影響力が強すぎます。立場だけでなく、皇女殿下との婚約も改変しきれない事象です。どうあっても矛盾を生む。加えて錬金術士は女性。異性の運命を背負うことになれば、世界が処理できなくなってしまう。酷く歪んだ世界が出来上がることでしょう」


 なるほどな。確かに、なかったことにはできそうにない。

 女性の運命を背負うとフィオナとの婚約は肯定できなくなる。それだけでも矛盾を生むというのに、立場は王子殿下なのだ。


 滅茶苦茶な改変が入っても世界を責められないだろうな。


「分かった。俺は錬金術士を喚び寄せて、育てることにするよ」


「そうしてください。彼女の運命を背負うことは性別の概念すら消失するかもしれませんから」


 シエラが協力的でないのなら、俺が錬金術士となってリィナを救うことは不可能ってことだな。


 流石に性別がなくなる世界なんて、俺は望んでいないのだし。


「ルカ様、わたしは期待しております。いつまでもお守りいたしますので……」


 言ってマルシェは消えゆく。大きな宿題を俺に残したまま。


 俺はやはり世界を救って、リィナも助けたい。


 苦難が俺を待ち受けていたとしても、やり遂げるだけであった。

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