第055話 リィナと……
シリウスの運命を背負ってから、数日が経過していた。
世界が作り上げた記憶によると、俺は強者を各地から集めていたらしい。
リィナを所領から引っ張ってきたこともその一環であって、現在は他の使徒を捜索している途中みたいだ。
「使徒は分かってんだけどな……」
勇者と賢者がリストから外れた今、一番必要なのは精霊術士であるフィオナ殿下だ。しかし、前世界線の最後で婚約者に納まったフィオナのことは問題視していない。
残りの使徒である錬金術士ミリア・ルシアン・マルカリオンと時空術士フィン・ニルス・クロノリアの二人だけが心配の種である。
「いずれもイステリア皇国の使徒だもんな。フィンは何をしているんだろう? もう俺の命を狙うような真似はできないと思うけど……」
前世界線では痛い目に遭わされた。
かといって、もう恨みなんかない。世界線は明確に切り替わっているし、彼もまた改変を受けているのだから。
時空術士がいるいないで、要所の防衛力が変わる。彼の部隊は移動力が半端なく、直ぐさま駆けつけることができるのだ。
「もう好き嫌いじゃねぇな。フィンをどうにかして取り込まないと」
問題は彼に加護を与えた女神様だ。
悠久の女神ニルスは今も俺の死を待ち侘びていることだろう。よって、俺に協力するとは思えない。
「もうあの呪文は使えないよな……」
現状の俺は王子殿下だ。
もし仮にフィンに対してディヴィニタス・アルマを使うのであれば、イステリア皇国にある伯爵家の人間になってしまう。
完全に上書きされるのかどうかは不明だけど、現状の権力を失うのは愚策に違いない。
「最悪の場合はフィオナだけか……」
錬金術士であるミリアは戦力として考えられない。最悪の場合は彼女抜きでも大丈夫だと思える。そうなると、イステリア皇国内にいる戦力はフィオナのみとなるのかもしれない。
「現状は想定に近い。何も間違っちゃいないさ」
フィオナとの関係は変わらなかった。前世界線と同じく婚約者として収まっている。
ツンケンするリィナは彼女との関係に嫉妬している。俺が皇配としてイステリア皇国へ婿入りすることをリィナは良く思っていないのだ。
「現状で婚約者だし、会いに行ってみるか……」
改ざんされた記憶によると婚約が決まったのは数日前らしい。ここも前世界線から繋がっているのだと思われる。しかし、面識はなく、俺とフィオナは再び初めましてからのスタートになるようだ。
世界救済という側面でいうと、フィオナとの婚約関係は望ましいものだ。
リィナには嫉妬されてしまうけれど、仲間に引き入れる絶好の立場に違いない。
「まずはマルシェ様の話を聞こう」
新たな加護を得られたのだ。
俺は大聖堂に向かい、新しい主神様の話を聞くべきだろうな。
狙い通りにマルシェ様が現れる確率は低かったけれど、午前中であれば厄介な青の女神は眠っているはず。
そうと決まれば外出だ。他の女神が出てきても、交代してもらったら良い。少なくともネルヴァなら、俺の意を汲んでくれるだろう。
「ルカ様!?」
部屋を出ると、どうしてか廊下にリィナがいた。
俺に何か用事でもあるのか?
「リィナ、どうした?」
「べべべ、別に? わた、私は殿下のことなんか気になっていませんわ!」
改変された記憶によると、俺たちの婚約破棄は三年も前の話なのだが、恐らく彼女は今も俺を気にしている。
そもそも婚約破棄はサンクティア侯爵からの提案であり、回復の見込みがないリィナを王家に差し出せないという話であった。
「リィナ、教会へ行こうと考えている。護衛してくれるか?」
ただ誘ったのでは断ってくるだろう。だから、俺は彼女が付き添いしやすいように話を誘導する。
「殿下は既に婚約者がいる身ですわ。私が出しゃばるのは……」
「嫌なら構わん。俺は一人で教会に行く」
「一人とか駄目ですって! 分かりましたよ。私が護衛すれば良いのでしょう?」
魔将軍マステルの討伐により、俺の実力はよく分かっていただろう。誘う口実であったのは明白であって、リィナもそれを分かって受諾してくれたはず。
「頼む。一人で外出すると怒られるからな……」
「しょうがないですね。殿下は……」
俺たちは二人して長い廊下を歩く。
立場や関係は大きく異なってしまったけれど、見慣れた金色のツインテールが俺の隣で揺れている。それだけの事実だけで俺は幸せを感じられたんだ。
「なぁ、リィナ。悪く思ったなら忘れて欲しいのだけど……」
俺は切り出しておこうと思う。
この世界線においても、あの呪文の使用を辞さないつもりだが、それ以前にも幸せをリィナに与えたかった。
「君は側室でも我慢できるか?」
現状でフィオナとの結婚は確定的。恐らくフィオナは俺を気に入るだろう。だとしたら、リィナに手を挙げる覚悟があるのかどうかを俺は知りたかった。
キョトンとするリィナ。しかし、小さく頷いてみせる。
「よろしいのですか? 私はあと二年も生きられない身体なのですが……」
リィナは婚約破棄に怒っていたようで、納得もしているのだろう。
不治の病といわれる魔力循環不全。治療法が確立しない現状で結婚などできないのだと。
「もちろん。俺は今も君が好きだ。最後まで一緒にいて欲しいと思う」
俺の返答にリィナは頬を染めた。
正妻ではなくなったけれど、彼女もまた俺と同じ気持ちであったらしい。
誰もいない廊下。
俺たちは婚姻関係を破棄したはずなのに唇を重ねていた。




