第054話 新しい世界
「ディヴィニタス・アルマ――」
そう口にした瞬間、視界が真っ暗になった。加えて頭が痛い。流れ込む情報を処理できないのか、俺の頭は破裂する寸前のように感じられている。
刹那に視界が回復。しかし、今もまだ頭が酷く痛むままだ。まるで、あの悪夢を見た朝のように。
「世界線は移行したのか……?」
今まで女神が側にいる状態でしか、あの呪文を使ったことがない。従って成功したのかどうか分からないままである。
眼前にはリィナとシリウスがいた。どうやら世界線は同じ場所から始まるらしい。
「リィナ……?」
「殿下、気安く未婚の女性に声をかけないでくださいまし」
殿下との呼び声にドキリとする。だが、それにより世界線の移行は確認できた。
俺はもうルカ・シエラ・アルフィスではない。シリウスの運命を背負っているはずだ。
透かさずステータスを呼び出す。以前の結果からも名前は変わっていないと思う。しかしながら、前回はネルヴァが手助けしてくれたのだから、今回はどうなっているのか不明である。
【名前】ルカ・シエラ・シルヴェスタ
【年齢】15歳
【ジョブ】賢者
【加護】シエラの加護・ネルヴァの加護・マルシェの加護
洗礼名は同じであるらしい。
しかし、叡智の女神マルシェ様の加護がある。どうやら俺はシリウスの運命を乗っ取ることができたようだ。
「ああ、すまん。こんなところで何をしていた?」
とりあえず、シリウスの記憶に沿って話をする。
酷い頭痛の代償として、王族に相応しい立ち振る舞いがそこには記されていたんだ。
「殿下の魔将軍討伐報告に付き合ったところですわ。ボケてらっしゃるのではないですか?」
リィナの口調がまるで違う。それは恐らく移行前の感情が引き継がれてしまったからだろう。
そんな俺も徐々に記憶の整理ができていた。
偽りの記憶。シリウスが過ごした十五年間の記憶が俺の中にある。
それによるとリィナを戦線に投入するため、俺は侯爵領まで彼女を迎えに行っていたらしい。その帰路において魔将軍マステルと遭遇し討伐したという。
(ここでオマケシナリオと同じ展開になったわけか)
リィナを迎えに行った帰路。ゲーム内でもマステルとの戦闘があったんだ。つまり此度の改変により世界はゲームに近づいたと言える。
「そんなにツンケンするな。俺はリィナを必要としている」
「殿下は勝手ですわ。許嫁だった私との婚約を破棄されただけでなく、必要とあらば道具として使う。私は嫌気が差しておりますの」
世界は俺とリィナの関係をそんな風に解釈したらしい。
愛し合っていた二人だが、最後に軋轢が生じた。だからこその婚約破棄。他人事ならば感心するところだが、生憎と俺自身の話だ。好きな人に疑われた結果が、婚約破棄だなんて笑えねぇよ。
「俺は君の病状について今も考えている。俺の特異性については知っているな?」
「許嫁だったのですよ? 誰よりも知っています」
ツンケンしているけれど、完全に嫌われたといった感じじゃないな。
世界線が移行する前のリィナは疑念を覚えつつも、俺のことをまだ信じていたのかもしれない。
「最後のとき、俺は君を助けようと考えている」
「お止めください! それこそ私は軽蔑します。貴方様と私では価値が違う。悲運の女神様の加護を私に使うのは絶対に駄目ですからね!?」
実のところ俺にとって、かなり都合の良い改変だった。
世界の理を無視していたというのに、俺の加護は三つあるということで調整されている。世間の認識は勇者であり、賢者であり、更には代行者であった。
「愛しい姫君のためだ。悪く思わないでくれ……」
「だだだ、駄目だって! わたわた、私は……!?!」
慌てるリィナはクッソ可愛い。
正直に落胆していた俺なんだが、この世界線でも何とか頑張れそうな気になっている。
「それで、シリウスといったな。不運だったが、これで何とか強く生きて欲しい」
ここでシリウスに話しかける。
改ざんされた記憶によると、シリウスは魔将軍マステルが滅ぼした村の住人らしい。マステルはそのあと俺に討伐されるのだが、唯一の生き残りであるシリウスを俺は王城まで連れてきてしまったようだ。
「殿下、孤児にそのような大金を!?」
「リィナ、シリウスは何も悪くない。なのに全てを失ってしまった。彼が人生を見つめ直し、前へと進むには金が必要だ。俺は彼に強く生きて欲しいと願っている」
「殿下は慈悲が過ぎますから! 孤児に金貨を与えたとして、悪漢に奪われるだけですよ!?」
「うるさい。俺の金だ。もう少し早く村に辿り着いていたら避けられたんだ。この金で成り上がるかどうかはシリウス次第。奪われないように行動することも彼次第なんだ」
流石にリィナもそれ以上の文句は並べない。
今の俺は第二王子殿下。侯爵令嬢でしかないリィナは強く意見できなかった。
「殿下、ありがとうございます……」
先ほどまでの喧嘩腰はどこへやら。シリウスは完全に孤児となっていた。
まあ既に成人年齢に達しているのだから、孤児とするのは間違っているのかもしれない。
「俺こそすまなかったな? 強く生きるんだぞ?」
間違っても慈悲じゃない。金貨は俺の謝罪だ。
華やかだった君の人生を奪った詫び。まるで足りない金額だけど、今の君にしてあげられることはこれしかない。白金貨を手渡すなんてことになれば、再びリィナが文句を口にするだろうし。
兵に命じて、シリウスを城下町へと案内させる。
とりあえず、数週間分の宿を手配させ、生活する基盤を調える時間を与えた。
「すまんな。俺にはこれくらいしかできない……」
「殿下、誰にでも慈悲を与えていたのでは、この先が思いやられますわ!」
「君はギャンギャンとうるさいな……」
「もう婚約者ではありませんからね! 私は堂々と意見するだけですもの!」
俺たちの関係は少しばかり歪んでいたけれど、そこまで関係は悪くない。
さりとて、俺は世界を優先すると決めたのだ。王子という責任と使徒としての責務を勘案しながら、動いていかねばならない。
「リィナ、俺はもう休むことにする。君も休んでくれ」
「騎士学校の手続きはどうなさるのですか?」
「どうせ二ヶ月以上もある。明日手配するさ。他にも強者を集めなければならないし」
俺には考える時間が必要なんだ。
リィナを見る限り、他の使徒も改変に気付いていないことだろう。しかし、女神様たちは違う。彼女たちはこの世の埒外であるし、事実を使徒に伝えることもできる。
俺が自分本位で世界を動かした事実は協力を得られない可能性を残すんだ。
溜め息しか出ないけれど、俺は進むだけ。
救世主として戦うだけなんだ。




