第53話 この世界線にさよならを
ミリアへの用事を済ませた俺は皇城をあとにして、街へと戻っていた。
とはいえ、リィナがどこに泊まったのか分からない。俺たちは宿を決めるよりも早く、皇城へと来ていたのだから。
「ここはリィナの幸運に期待しようか……」
俺は彷徨くだけだ。
下手に捜すのは悪手。俺の悲運を信じるのなら、捜すつもりはなく彷徨くだけで良い。それだけでリィナが俺の元へとやって来るはずだ。
「ルカ!?」
ほらな?
リィナの幸運に敵うものなんて存在しないのだ。彼女は愛する俺を求め、一秒でも早く会いたいと捜していたはず。
「ちょうど殴りたいなって思ってたのよ!」
「ほらな!?」
どうやら、今もリィナは昨晩のことを根に持っているらしい。でも、俺に当たられてもなぁ。あれはリィナの戦略ミスだろうに。
「それでルカ、昨晩は何もなかったのでしょうね?」
「当たり前だろう? 俺は会食をしてミリアと会っただけだ」
婚約話をする必要はない。発表があるとして王国に確認を取ったあとだろうし。
「そうなのね! やっぱルカは一途で良い男だわ」
リィナはご満悦だ。
もし仮にこの世界線が終わりを告げるとしても、やはり彼女には笑顔でいて欲しい。苦しむのは俺だけでいいのだから。
「リィナ、王国へ帰ろう」
「ええ、食べ物とかも買い足しといた。失礼な皇国から早く出たいわ」
トンボ返りに近いのだが、俺たちは帰路に就く。
一つの思い出すら必要ない。
何しろ、この世界線はもう直ぐ終焉を迎えるのだから。
◇ ◇ ◇
約十日間の旅程。俺たちは再びシルヴェスタ王国へと戻っていた。
当然のこと、毎晩トライした俺たちなのだが、反抗期である俺の息子は命令に背いたままだ。
「とりあえず、ルカは王様に魔将軍の討伐を報告すべきね。それだけで騎士団長くらいは任命されてもおかしくないし」
「まあ、そうだな。世界線が変わる前に済ませておくべきか……」
「世界線が変わる?」
「ああいや、こっちのこと! さあ、謁見しようぜ!」
トントン拍子で話が進む。王様の都合もついたようで、魔将軍の討伐報告は簡単に終えられていた。
謁見の間をあとにした俺たち。しかし、部屋を出て直ぐに、待ち構えるような人物と出会ってしまう。
それはシルヴェスタ王国の第二王子。できれば鉢合わせしたくない人物であった。
「シリウス殿下……」
後でこちらから会いに行こうと考えていた。
ネルヴァ曰く、喫緊の問題。俺は彼の運命を根こそぎ手に入れようとしていたのだ。
しかし、急な邂逅は躊躇いしか生み出さない。俺があの呪文を唱えたことで、彼がどうなるのか聞いていなかったからだ。
王子殿下という肩書きを失ったシリウス。王子殿下という現状より悪くなるのが目に見えている。
「よう、聞いたぞ? よくも私を騙してくれたな?」
思わぬ出会いから、考えもしない第一声。けれど、騙したという台詞に俺は気付かされていた。
(早いな……)
十日という期間。婚約破棄から再婚約に至るには短すぎると考えていたというのに、睨むようなシリウスを見る限りは既に全てが伝わった後なのだろう。
「昨日、イステリア皇国から魔道通話があった。フィオナ様はお前と婚約するらしいじゃないか?」
この会話は予定していない。完全に迂闊だった。
出会い頭に俺はあの呪文を使うべきだったのだ。使用を躊躇ったせいで、先の婚約話をリィナに聞かれてしまうことに。
この世界線の記憶は少なからず引き継がれるらしい。だから、リィナには疑念を抱くことなく、新しい世界線を迎えて欲しかった。
「えっと……」
咄嗟に横目でリィナを見る。
やはり彼女は放心状態だ。俺の思惑を知らない彼女は、俺がただ婚約を受けたという事実しか理解していないのだろう。
「リィナ、違うんだ!」
「ルカ、私を騙したのね!?」
愕然としてしまう。
これから俺は世界を救うために運命を変えようとしているのに。
愛する人の信頼を失った状態で俺は実行しなければならなくなった。
弁明は口を衝かない。何しろ、それは事実なのだ。
断り切れなかったせいではあるけれど、世界はフィオナを必要としているし、俺自身もそう考えているから。
リィナに嫌われたんじゃ、もう未練はない。これから先は笑顔すらなく、使徒としての使命を淡々とこなしていくだけだろう。
だからこそ俺は告げるだけだ。
これまでの感謝と、これからの覚悟を。
「リィナ、ありがとう。君がいてくれたからこそ頑張れた。俺はこの先に希望を失っても、世界だけは守ると約束する……」
どうあっても俺は悲運の青らしい。
どれだけ女神に愛されようとも、現実世界で好きになった人に嫌われてしまうなんてさ。
本当に女神たちは役に立たねぇな。
弁明の余地すら与えず、最後の台詞を俺に強要するだなんて。全てが茶番だったと思えるほどに最低な最後だ。
過度に胸が痛む。
父上、母上、今までありがとう。アルク、立派な子爵になれよ。
きっと俺は忘れないだろう。家族の愛や俺自身が愛した人のことを。
しかし、それらは全て過去ですらなくなる。俺だけが知る妄想にも似た何かへと変換されていくだけだ。
嘆息したあと、俺はシリウスの名を口ずさむ。更には躊躇うことなく、この世界線に別れを告げた。
さよならだ。
ルカ・アルフィスが生きた愛すべき世界よ。
ディヴィニタス・アルマ――――。




