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第049話 フィオナ皇女殿下

 私とルカはミラグレイス皇城へと来ています。今は親書を手渡して、皇国側の応答を待っているところです。


 座っているだけなのに、吐ききれぬ溜め息が何度も零れてしまう。


 私はルカの言い分を受け入れていました。けれど、全てを整理できたわけじゃない。ネルヴァ様の指示によると、ルカがフィオナ皇女のものになる可能性がある。


 フィオナ殿下を騎士学校に入学させるためとはいえ、私にとって納得できる理由ではありません。


「女神様は何と惨い話を……」


 思わず女神様の命令に反するようなことを口走る。


 ルカもネルヴァ様も世界のことを第一に考えた結果でしょうが、ルカは私が生きている理由ともいえる人。私は彼を失いたくありませんでした。


 新しい世界線の私はまともに戦えるのか分からない。

 もし仮に目と鼻の先でルカとフィオナ皇女がイチャイチャしたとすれば、正気でいられる自信がないわ。


「お待たせしました。こちらへどうぞ……」


 人知れず悩んでいると、執事が私たちを迎えに来てくれます。どうやら、フィオナ皇女殿下の準備が整ったみたいです。


「ま、堂々とぶつかるだけよ。別に私が側室と決まったわけじゃないもの」


 うん、それだ。

 皇女殿下って肩書きだけで萎縮してたけど、私だって侯爵令嬢だもの。


 先に出会っているのだし、何なら愛し合っている。フィオナ皇女こそ側室で我慢してもらえばいいのよ。


 心を強く持つ。

 とにかく前向きに考えなきゃね。後から現れた横恋慕皇女には側室で我慢してもらいましょう。


 案内されたのは謁見の間ではありませんが、調度品に溢れた豪華な部屋。奥側のソファにフィオナ皇女は腰掛けていました。


「姫殿下、初めまして。俺は勇者のジョブを得ましたルカ・シエラ・アルフィスと申します」


 まずはルカの自己紹介。少しばかり声を張ったように聞こえたのは、そう名乗ることが少なくなっているからでしょう。


 シリウス殿下の運命を背負うと決めた彼はルカ・シエラ・アルフィスであることを再確認しているかのようでした。


「初めまして、フィオナ皇女殿下。私はリィナ・セラ・サンクティア。聖女であり、ルカの恋人ですわ」


 先制攻撃よ。

 流石にルカは驚いていたけれど、私だって使徒である前に女なの。簡単に差し上げられる恋人なんてあるはずがない。


「あらまあ、長旅で芽生えた恋でしょうか? よろしいですわね。憧れますわ……」


 思いのほか普通の反応ね。

 まあでも、そうか。この時点でルカは子爵家の長男でしかないし、まだ王子殿下ではないのだから。


「憧れだなんて。殿下には素敵な王子様がいらっしゃるではないですか?」


 私の問いを受けて、どうしてかフィオナ殿下は執事を下がらせている。

 ひょっとして、私は何かやらかしたのかしら?


 執事が部屋をあとにすると、フィオナ殿下は小さく咳払いをします。


「アークライト殿下のことでしょうか? わたくしは会ったことすらありませんのよ? 王子殿下であることしか知らない。そこに愛があると思って?」


 思わぬ質問返しに、私は声を詰まらせる。


 往々にして王族は政略結婚を強いられてしまう。私だって健康でさえあれば、きっと婚約者くらいはいたはずだもの。


「申し訳ございません……」


 謝罪しか口を衝きません。

 やはりフィオナ殿下も乙女なのでしょう。恋に恋するお年頃。名前しか知らない人を好きになるなんて不可能だものね。


「良いのよ。わたくしも皇家の一員。甘んじて婚約を受けております。真実の愛を手に入れられたリィナ様が羨ましく存じますの」


 のっけから喧嘩腰になるのかと身構えていましたが、そのような現実はありません。

 嘆息するフィオナ殿下を見ると、彼女が可哀相だと同情心すら沸き立ってしまう。


「えっと、それで殿下。俺たちは後宮で働いているミリアという女性に会いたいのです」


 私が言葉に困っていると、ルカが話を進めてくれました。

 流石はマイダーリン。気が利いてますね。


「後宮? あそこはお父様以外の男性が立ち入ることなどできませんよ?」


 どうやらフィオナ殿下はルカの目的を理解していないみたい。恐らく女神の使徒が後宮で働いていることを知らないのでしょう。


「後宮でメイドをしているミリア・マルカリオンは女神の使徒です。俺は貴方様が精霊術士であることを知っていますし、ミリアが愚者の女神の使徒であって、錬金術士であることも分かっております」


「あら? わたくしのこともご存じなのですね? というより、そのメイドが使徒であることは確かなのでしょうか?」


「間違いありません。恐らく祝福の儀を受けていないのではないかと。少なからず寄付金が必要ですし」


 下級民の使徒が見つからない理由はまさにそれであります。


 全人口の半分程度しか祝福の儀を受けられないのです。相場は田舎へ行くほど安くなる傾向にありますが、大都市では大司教クラスにより催されますので、必然と高くなってしまいます。


「なるほど、ならばその娘のジョブを調べましょう。数日お待ち頂いてもよろしいでしょうか?」


「問題ありません。俺たちはミラグレイスの宿に泊まることにします」


 ルカの話に、どうしてかフィオナ殿下はクスッと笑っています。


 何やら嫌な予感がするのは気のせいじゃないよね? 婆やが話していた修羅場に対する女の勘ってやつなの?


「それには及びませんわ。どうかミラグレイス城にお泊まりくださいまし。素敵な勇者様……」


 あ、これは宣戦布告じゃない?

 素敵なとか付ける意味がないもの! 絶対に横恋慕皇女が爆誕したんだわ。


「それこそ必要ございませんわ。私たち既に宿を取っておりますので!」


 完全に嘘だけど、これで良いはずよ。

 残念だけど私がいる限り、貴方とルカに蜜月なんて訪れないのだからね?


「それは確かに勿体なく感じますわね」


「そうでございましょう? なので私たちは宿に泊まります!」


 大勝利よ。

 次なる世界線ならともかく、この世界線にまで出しゃばりは許さないわ。私とルカは愛し合っているのだから。


 ところが、雲行きが怪しくなる。またもクスリと笑ったフィオナ殿下は平然と言ってのけたのです。


「ルカ様は皇城にお泊まりください。来賓を街の宿に押し込むなどあり得ませんので。わたくし共は盛大に歓迎せねば、同盟国に顔向けできませんわ」


「ちょっと、どうしてルカだけなのですか!?」


 ここで私は失態に気付かされています。

 思いもよらぬ展開になっていたこと。皇女殿下の術中に嵌まっていたことに。


「親書には勇者様について頼むと書かれております。聖女様の話は一つとして明記されておりませんの」


 何てことなの!?

 シリウス殿下は本当に馬鹿ね。せめて聖女くらい書いておきなさいよ。私だけが皇城から追い出されてしまうじゃないの。


「まま、宿に支払ったのは、たった金貨一枚ですし……」


「金貨一枚でも無駄にしてはなりませんし、精一杯のおもてなしを考えていた店主も悲しみますからね。敢えて宿に泊まられるだなんて、流石は心優しき聖女様だと感服いたしましたわ」


 やられた……。

 聖女を盾にしてくるなんて。こうなったら、ルカに釘を刺しておくしかないわ。


「ルカ、私は宿に泊まるけど、分かっているでしょうね?」


「もも、もちろん! 歓待を受けるだけだ。俺はリィナを愛している」


 よろしい。その言葉が聞きたかった。

 急に出てきたお姫様なんかに、私たちの絆をどうこうできるはずもないわ。


 私は丁寧なカーテシーをして、この場を去る。


 あとのことは勇者様に一任するとして……。

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