第048話 生きた証し
目が覚めると、肩と足の痛みが引いていた。
どうやら女神との邂逅時は本当に時間が止まっているらしい。誰にも驚いた様子はなかった。
「ルカ、大丈夫?」
「ああ、治ったよ。流石はハイヒールだな……」
大司教様に礼を言ってから、俺たちは皇城を目指す。
喫緊の問題といっても、俺たちの目的はリィナの病状を緩和させる術を探すこと。錬金術士ミリア・マルカリオンに会い、薬を錬成できないかと頼み込むことだった。
俺は女神ネルヴァの意向をリィナに伝えている。
既にアークライト殿下が戦死する未来はなくなったこと。それにより戦力が大幅ダウンしてしまうこと。更にはフィオナ・イリア・イステリア殿下を口説かねばならないことまで。
「反対、反対! 絶対に反対! どうしてルカがシリウス殿下になって、フィオナ皇女を口説かなきゃいけないのよ!?」
想像通りの現実である。
リィナが賛成してくれるはずもなかったけれど、俺は伝えるしかなかった。あとで半殺しにされるよりも、絶対に良いと思うし。
「他に手がないらしい。世界を救うこと。それは俺たちの使命なんだ。それにリィナは現在のリィナとは異なる。俺が王子殿下だと認識し、俺を敬う立場になっているはず」
「私はどのような世界になったとして、ルカが好き。誰よりも愛されたいと願っているのに、そんな世界は受け入れられないわ」
リィナの言い分は理解できる。
彼女は俺を愛しているから。婚約すらしていないというのに、操を捧げようとした。その覚悟は簡単に覆るものではないだろう。
「リィナ、俺だって辛いんだ。もし仮に、俺がシリウスにあの呪文を使ったなら……」
俺は覚悟を示すだけ。リィナだけが失う世界線ではないってことを伝えるだけだ。
「現在の家族や故郷の知り合いは全員が俺のことを忘れてしまう……」
リィナは息を呑んでいた。
俺は孤独な世界に身を投じる。
偽りの記憶を与えられ、シルヴェスタ王や王妃様を父と母と呼ぶしかない。愛されたはずの家族とはもう会えないんだ。
「ルカ……」
「分かって欲しい。たとえ世界がどれだけ変わろうとも、俺にとっての一番はリィナだ。絶対に君を手に入れるし、俺はその世界線でも君を愛すると誓う」
これ以上の言葉は絞り出せない。
仮に収まる形が異なったとして、根底にある感情に変化はないのだと。俺だけがこの世界線の記憶を持ち続けているのだから。
「だから言っておく。次の世界線がやって来たとしても、俺は最後のときリィナを生かすよ」
第二王子という立場はあれど、俺はただのルカだ。第一王子アークライトが存命であるのだから、リィナのためにこの命を使おう。
「やだよ……ルカ……」
しかしながら、リィナは尚も拒絶するようだ。まるで未知なる世界線の到来に怯えているようにも感じる。
「俺は本気だ。世界もリィナも救う。それこそが俺の天命。生きている意味だ」
もうリィナは不満を並べなかった。
俺の覚悟は彼女の真っ直ぐな心に届いたのだろう。
使徒に選ばれることは決して幸運じゃないな。俺は改めてそう思った。何もなければ、俺は片田舎で冴えない領主として生きていけるのだから。
しかし、悲運の女神に魅入られた俺は幸福とは縁遠い立ち位置にいる。
そもそも幸せを願うなんて筋違いであり、せめて愛する人が幸せになれるのなら御の字という立場だと思う。
まあでも、何も問題ねぇよ。
俺はそれでも満足だ。
この世界に少しでも生きた証しを残せるのであれば……。




