第047話 新たな世界線を
「もちろん、絶望的となったシリウスだよ」
絶望的だって? それほどまでにシリウスは落胆するってことか?
愛する人が手に入らないと知ってしまった彼とは絶対に相容れないのかもしれん。
「アークライトから奪った方が運命は派手に動くんじゃねぇか?」
「ルカ、よく考えて欲しい。運命と一言で片付けるのは簡単だ。しかし、運命とは生きとし生けるもの全てに影響を与えている。ルカでさえ派手に動くと考えるなら、世界的な影響は計り知れない。魔将軍マステルが失われただけで、僕たちは決断を迫られているんだよ? 強者の運命を背負うことは世界が激変することなんだ」
いや、それは俺も分かってるよ。だからこそ、シリウスを退場させるより、無関係であったアークライトの運命を背負ったらどうかと意見しているんだ。
「どうしてシリウスの方が良いと考える?」
選択ミスなどあり得ない。だから、俺は詳しく聞いて判断しよう。
司教様の運命を背負ったときとは異なる。大国の王子殿下は影響力が段違いらしいし。
「どちらの影響力も半端ないけどね。いずれにせよルカの人生は激変する。生まれ育った家だけでなく、家族を捨て、王族として生きる覚悟があるのかどうか。他者の運命を背負うということは単なる変化ではない。改変と呼ぶに相応しい新たな世界が再構築される。過去と現在までを捨て、未来にのみ生きるということ。それがルカに求められる覚悟だ」
やはり簡単なことではないみたいだ。
俺はこれまでの人生を捨てる覚悟がなければ、激変する世界に対応できないのだという。
「俺の記憶はどうなる?」
「君は使用者だからね。今までの記憶にプラスして、世界にとって都合の良い改変された記憶が流れ込むだけだ。だからこそ、辛くなる。父や母が他人と認識する中で、君には元の記憶が残っているんだ。逆にシルヴェスタ王はルカのことを息子だと認識するけれど、君の中の記憶はシリウスの記憶。本当に父だと思い込むのは難しいだろうね」
なるほどな。要は信頼できる家族が一人もいなくなるってことか。だけど、俺は現状でもそれなりの覚悟を決めている。愛する人がいるのなら問題ないと思う。
「リィナはどうなる? 俺は彼女なしでは生きられない」
「妬けちゃうなぁ。リィナが羨ましいよ」
「真面目に答えろ。俺は真剣なんだ」
「ま、そうだね。僕としても世界が第一であるべきだ。それでリィナだけど、恐らく彼女は何も変わらない。君の現状も改変に影響を与えるから、彼女はルカのことを王子殿下だと認識するだけだろう。変化の及ぶ範囲は狭いと考えられる」
とりあえずは安心していいの?
俺は絶対にリィナを失いたくないんだけど。
「じゃあさ、ジョブだけを奪うことはできないのか?」
「最初に言っただろ? あれはシエラが上手くやったのだと。ディヴィニタス・アルマの効果範囲を彼女が限定させていた。ジョブと運命は紐付けされているんだ。シエラが介入していなければ、現状の君は存在していない」
シエラが上手くやったおかげで、俺はまだアルクの兄でいられただけか。
「司教様のジョブを奪ったときのように、ネルヴァがフォローできないか?」
「王族ともなれば不可能だ。王国民全員の記憶を復旧させるなんて、最高神でもできないだろう。だから、ルカには覚悟が必要なんだ」
脳筋子爵の父上、溺愛してくれた母上。更には優しい弟のアルク。ディヴィニタス・アルマを唱えたのなら、俺は三人の家族を失うことになる。
「シエラの協力は得られないのか?」
「まあ、無理だろうね。僕がこうしてルカと会っていることにも不満を持っているんだ。今以上に加護を与える女神が増えることを彼女は望まない」
だろうな。悠久の女神ニルス様の使徒を殺せと命令するくらいだ。シエラが協力してくれる可能性は限りなくゼロだと思われる。
「叡智の女神マルシェ様がシリウスを説得できないか?」
「難しいね。マルシェを通じて命令はできるけれど、行動するのは使徒自身だから。君を信頼しないのだから、騎士学校にルカが入ることを良しとしない。仮にリィナの推薦で入ったとして、共闘するのは難しいよ」
フィオナに関しても同じだろうな。
アークライトが生きている事実は明確に彼女の運命を動かしてしまうのだから。
「なら、俺はやはり王子殿下の運命を背負うべきなんだな?」
「現状では戦えないからね。シリウスの運命を推す理由は彼は加護を持っているからだ。加えて第二王子という立場は第一王子に比べて動きやすい。理由は他にもあるけれど、今の君が知る必要はない」
一応は俺のことを考えての結論というわけか。
確かに第一王子だと王太子に指名されるのは確実だし、面倒な仕事も多くあるはずだ。
「だけど、アークライト第一王子の運命を背負ったなら、フィオナを戦場に呼びやすくならないか?」
「君が何を知っているのか分からないけれど、それは無駄だと思うよ? どうもあの子は現状に不満があるらしい。騎士学校への入学はアークライトの弔いなんかじゃない。それは表向きの理由であって、彼女が秘める思惑とは異なる」
えっと、それって本当なのか?
傷心の末にフィオナは騎士学校へと入るはず。実際にゲームでは落ち込んだフィオナに騎士学校への入学を勧めていたんだ。
「俺が知る未来と違うな……」
「君はきっとニルスに並行世界の情報を与えられたのだろう。所謂、神託という夢だね。どうしてもニルスはルカに死んで欲しかったのだと思う。結末の選択を誤らないように、数多ある世界線から似たような世界を選び出して君に見せたはずだ」
まあ、そんなところだろうな。
あの夢を見てから、俺はリィナの代行者になることを意識している。あの世界はゲームとかいう疑似世界だったけど。
「なら、俺がシリウスになって、フィオナを騎士学校に誘い出せるか?」
俺としては賢者も精霊術士も失いたくない。
二人の活躍を知っているからこそ、必ず仲間に引き入れたかった。
「五分五分かな。でも、アークライトを選んだのなら、フィオナを引き入れるのは不可能だ。アークライトの好感度は低すぎるし、彼を選ぶと世界が問題を多く抱えてしまうからね」
どうもフィオナとアークライトは不仲であるらしい。政略結婚によくある構図なのは明らかだ。
「しかし、兄の婚約者を戦場に導くなんてできるか? 俺には不可能だと感じるけれど」
「そこは君次第だ。ルカ、君は美の女神イリアが真っ先に希望した魂。最初にモテるはずと言っただろ? 過度に躊躇われるけれど、ここはフィオナを説得して欲しい」
皆まで言わなかったけど、ネルヴァは俺にフィオナを口説けと命じている。出会うべき女性の一人がフィオナなのだと。
「リィナは滅茶苦茶に嫉妬深いんだぞ? 殺されるかもしれん……」
「そこは上手くやりなよ。計画通りに進めばルカは王子殿下。側室として迎えてあげたら良いんじゃない?」
軽く言いやがって。
嫉妬の炎を身に宿すリィナが容易に思い浮かぶ。しかし、現状において、ネルヴァの意見しか先々を見通せないのも明らかだった。
「とりあえず、王国に戻ったなら即座に実行して欲しい。最早、喫緊の問題となっている。今回の訪問でフィオナの気を惹いておくこと。君が経験したことは確実に新たな世界線でも継承されるからね」
どこまでも俺が中心なのな。
呪文を唱える俺こそが世界の基軸となり、改変されていくという話なのだろう。
最後までシエラは現れなかった。ひょっとしたらと考えていたけれど、俺の思考を改めさせる女神様はまだ眠りについたままらしい。
ネルヴァに命じられたまま、俺は新たな世界を背負う覚悟を決めていた。




